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そのに

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 ひとつ後輩として、大学に入った美保は、同じサークルで俺と知り合った。
 サークルと言っても、飲み会以外やった覚えはないが、小柄で気が利く美保に心引かれ、すぐに付き合いを始めた。

 まっすぐに伸ばした黒髪に、花飾りのヘアピン。身なりは落ち着いていて、露出も少なく、可愛らしい服装を好んだ。
 ピュアで真面目な子で、成績も良い美保。

 対照的に、19からサークル仲間と酒をのみ、タバコも吸ってどんちゃん騒ぎする俺。

 そんな美保に酒の味を覚えさせたり、初めてを経験させたりと、自分色に染める感覚がたまらなかった。

 当時、親が離婚したてで、大丈夫だと思えていても、やはりどこか心にわだかまりを抱えていた俺は、美保との時間にのめり込むようになった。
 美保は主体性のない性格だったが、逆に何でも俺のやることについてきて、いつも楽しそうにしてくれた。


 しかし、就職を目前にして、だんだんと美保の存在が鬱陶しくなってきた。
 良く言えば献身的だが、悪く言えば依存。
 メンヘラな、部分もあったのだろう。

 そんな、美保に嫌気がさし。
 就職という新しいステージにあるであろう、出会いに心を惹かれていった。

 苦労はしたが、就職が決まった段階で、俺は美保に一方的に別れを告げ、引っ越しをした。
 別れると言ってもごねるのが判って居たので、携帯を着信拒否して、関係をシャットダウンしたのだ。


 それから半年、上川に告白し人生を踏み外した俺は、惨めにも美保の事を忘れられずに居た。

 あのまま関係を続けていれば、上川に惹かれる事もなく、上司に目をつけられもせず、糞みたいな人生を送ることはなかっただろう。

 家に帰れば献身的に尽くしてくれる美保がいて、安らげる空間を得られただろう。

 そう妄想するしかなかった。
 実際、恥を忍んで着信拒否を解き、電話をかけてみたが、もう電話を変えていたようだ。

 現実に彼女と俺を繋ぐ接点はもう無かった。


 こんなところで名前を見るまでは。


 美保が自殺した。
 もうこの世にいない。

 毎日のように妄想の中に登場していた彼女が居ないなんて、信じられなかった。
 俺と別れて幸せになってくれているだろうと思っていたのだが……
 俺が捨てたから、病んでしまったのだろうか?

 こういうとき、男は本当に自分勝手だ。

「今でも好きで居てくれている」と考えてしまう、あんな別れ方をしたのにだ。


 現実を受け止めきれない俺は、もう一度美保に会いたくなった。この三年間の空白の美保に。


 俺は仕事を抜け出し、朝一番で誰も休憩していない屋上の喫煙室に飛び込んだ。

▲▲町の近くにある葬儀社に電話をかけ。
「中村家の親族の者ですが、お葬儀は何時からでしょうか?」
と聞いて回った。

 運良く2件目に当たり、俺は葬儀の日取りを知ることができた。
 やっていることは質の悪いストーカーみたいなものだが、必死すぎて気づかない。



「すみません、明後日お休みをください」

 俺の言葉に部長はポカンと口を開けた。
 しばらくして、頭に血管を浮き立たせながら、俺に聴いてきた。

「今日は遅刻して、明後日は休みだと? 仕事を何だと思ってる」

「今日飛び込んだ方が知人で、葬儀に参列するためです」

 部長は大きな声で笑う。
 しかしその顔は怒りに溢れていた。

「嘘もつき続ければ真実になるってか? ふざけるなよ三流大学の落ちこぼれが! もっとマシな嘘をつけないのか!」

 フロアじゅうの人間が、その大声にぎょっとし、行方を見守っている。

「はじめから嘘は一つもありません」

「じゃあなんだ、先週も今週も運悪く人身事故で遅刻して、来週も再来週も人身事故か? しかもその度友達が死んで、葬式にでも行くのか?」

「だとしても、運の問題で、俺の責任じゃないです」

 あまりの罵倒に、俺も冷静な判断が出来ずに言い返してしまった。

「なんだと、この穀潰しが!」

 それ以上に部長は理性を失くし、手元のセロハンテープの台を俺にぶん投げた。
 鈍痛が左腕を襲うが、怒りで痛みを感じない。

 右手をあげ、部長をおもいっきり殴った。

 気持ちが良いほど部長は体を捻りながら床に倒れた。
 気絶したらしく、動く気配がない。

 完全に出遅れたフロアの男性陣が、俺に駆け寄るが、俺に追撃の意思がないと見ると。
「やっちまったな」
 とため息と共に俺の肩を軽く叩いて離れた。
 医務室へと運ばれる部長を見送ると。

 デスクを最低限片付けて、早退することにした。

 遅刻して、上司殴って早退して、明後日は休みを貰う。
 確かに社会人としてはいかがなものだろう。
 そう考えると笑いさえ込み上げてくる。


 帰宅しながら、そう言えば喪服を持っていなかったことに気付き、紳士服屋に寄る。
 採寸してお渡しが明日になると言われて。

 明日も休む事にした。
 取り敢えず、部長にメールしておく。

 目が覚めてこれをみた部長の、血管が切れれば良いのにと、思いながら家に帰った。
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