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髭面
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次の週の土曜日の朝、いつもは聖華学園に寄って圭を迎えに行っていた圭太が、その日は学校が休みだということで、圭から聞いていた住所へ初めてバイクを走らせていた。最近はスマホに搭載されているカーナビがあるので、初めてでも迷わずに行ける。便利になったものだ。
その家は横浜市内から少しだけ離れたところにある小さな民家だった。表札を確かめてインターフォンを押し、早瀬ですと名乗ると、中からパタパタと走る音。
「ありがとうね、わざわざ」
そう言いながらドアを開けたのは、もうすっかり顔馴染みになった聖華学園の英語教師で軽音部の顧問でもある西川先生だった。
「えっ、先生なんで……」と思わぬ人物の登場に圭太が少し狼狽えた。
「ここ、実は私の実家なのよ。まあ、圭ちゃんの下宿ってとこね」
笑いながら西川先生が言う。そこへ圭が後ろから顔を覗かせた。「おはよう」と言いながら眠たそうな目を擦っている。どうやら起きたばかりのようだ。
「朝ごはん、今からなのよ。上がって待ってて」
勧められて家に入る。部屋はいくつあるのかわからないが、綺麗に整頓されているようだった。
案内されたのはダイニングだった。
「適当に座って」と促され、テーブルの一角に座って待つことにした。圭は洗面所にいるらしく、しばらくするとキッチンから先生が料理を運んできて、圭太の前に「ほい」と言いながらスクランブルエッグを目の前に置いた。ケチャップをかけている。脇にミニトマトとウィンナーを二本。テーブルの真ん中にグリーンサラダ。
「どうせ朝ごはん、食べてないんでしょ?」と、先生はバターをたっぷり塗ったトーストも2枚目の前に置いた。圭が来るのを待って三人で4人掛けのダイニングテーブルを囲んだ。
先生には言わなかったが、この一週間明け方までの仕事が続いたこともあり、実際今日の朝食はありがたかった。恐縮しながら飲んだコーヒーが睡眠不足気味の体に染みた。
「アパートか何かかと思ってました。一戸建てだったんですね」
圭太が言う。
「日本の地理もまったく知らない女の子をいきなり一人で住まわすわけにはいかないでしょう?」と西川先生がサラダを取り分けながらいう。「だからうちに下宿させることにしたのよ」
「知り合いだったんですか」と聞くと先生に聞くと軽く首を横に振った。
「この子のことは全然知らなかったんだけどね。まあ、部屋も空いてたし」
隣の席で、圭が黙って食べている。時折チラリと圭太を見た。
「だから警察まで引き取りに来たんですね」
「そうね。まあ、保護者みたいなモンだから」そう言って屈託なく笑った。
食事が終わると、圭がテーブルの上を片付けてから出かける準備をして出てきた。
「バイク、気をつけてね」
西川先生に送り出されて「大丈夫ですよ」と軽く返事をしてフルフェイスのヘルメットを圭に渡す。圭はそれをしっかりとつけると圭太のバイクの後部座席に収まった。そして「行ってきます」と先生に手を振った。
「あっ、そうだ。学園祭でスカイシーのライブをやりたいから、できれば近いうちに、学校へ来てもらえますか」そう言って頭を下げる西川先生に、圭太は親指と人さし指で輪っかを作ったのだった。
⌘
圭太のバイクは中野の事務所には行かず、そのまま代官山にあるレンタルスタジオの駐車場に入った。
今日はOver The Sea——邦題は未定だが——のバックで演奏してくれるミュージシャンたちとの顔合わせの日だった。社長の菊池とマネージャー兼社長秘書の恵もスタジオで待ち合わせていた。
「坂崎君、久しぶり!」
菊池が顔を見るなり声を掛けたのは、「髭のムーさん」ことドラムスの坂崎晃一だ。年は圭太の少し上で、なぜムーさんと呼ばれているかは誰も知らない。ムーさんはペコリと頭を下げて「ご無沙汰です」と短い挨拶を返し、圭太を見てニヤリと笑って片手を上げた。
ムーさんは表舞台には出ないが、スタジオミュージシャンとして知る人ぞ知る腕が良いと評判の「ドラム職人」だった。圭太もムーさんとまた組めると聞いて興奮が止まない。
今日もう一人来るのは、パーカッションの上田真也の予定だが、まだ到着していないらしい。
「いやあ、圭太がアイドルと組むなんてな。あれか? 社長の気まぐれかい。まあ、お互い仕事だから、せめて楽しくやろうよ」
ムーさんが菊池に聞こえないように、そっと耳打ちをした。
「いや、それがすごいんですよ、この子」
「わかってるよ、皆まで言うな。そうでも思わないとスタジオミュージシャンなんてやってらんねえからな」と笑っている。
圭太は敢えて反論しなかった。そう、自信があったのだ、奇跡のボーカリストを見つけてきたことに。
「圭ちゃん、ちょっと何かセッションしてみようか」
上田がなかなか来ないので、待っている間に久しぶりに圭の歌を聴きたくなった圭太は、そう声をかけた。圭が小さく「うん」と頷く。
今日は顔合わせだけの予定だったが、圭太はギターを一応持ってきていた。
「何がいい?」と聞くと、圭はボソボソと耳元で囁いて、「知ってる?」と聞いた。圭太はニヤリと笑うとアコースティックギターをリズムよくかき鳴らし始めた。圭太も大好きな曲だ。
It‘s Still Rock And Roll To Me ——アメリカのミュージシャン、ビリー・ジョエルのロックンロール曲。圭太のギターに乗せて、圭が軽やかに歌い上げる。
いつの間にかスタジオにいた人々が集まってくる。ムーさんが最前列で聞いていて、驚いたような顔で足がドラムのリズムを刻んでいた。
そして遅れてきた上田が慌てて走ってくるのが見えた。そして手で太ももを打ちながらノリノリになった。
——どうです、ムーさん。うちのボーカル、最高だと思いませんか。
どうだと言わんばかりのそんな感情をギターに乗せて、圭太はギターを弾き続けたのだった。
その家は横浜市内から少しだけ離れたところにある小さな民家だった。表札を確かめてインターフォンを押し、早瀬ですと名乗ると、中からパタパタと走る音。
「ありがとうね、わざわざ」
そう言いながらドアを開けたのは、もうすっかり顔馴染みになった聖華学園の英語教師で軽音部の顧問でもある西川先生だった。
「えっ、先生なんで……」と思わぬ人物の登場に圭太が少し狼狽えた。
「ここ、実は私の実家なのよ。まあ、圭ちゃんの下宿ってとこね」
笑いながら西川先生が言う。そこへ圭が後ろから顔を覗かせた。「おはよう」と言いながら眠たそうな目を擦っている。どうやら起きたばかりのようだ。
「朝ごはん、今からなのよ。上がって待ってて」
勧められて家に入る。部屋はいくつあるのかわからないが、綺麗に整頓されているようだった。
案内されたのはダイニングだった。
「適当に座って」と促され、テーブルの一角に座って待つことにした。圭は洗面所にいるらしく、しばらくするとキッチンから先生が料理を運んできて、圭太の前に「ほい」と言いながらスクランブルエッグを目の前に置いた。ケチャップをかけている。脇にミニトマトとウィンナーを二本。テーブルの真ん中にグリーンサラダ。
「どうせ朝ごはん、食べてないんでしょ?」と、先生はバターをたっぷり塗ったトーストも2枚目の前に置いた。圭が来るのを待って三人で4人掛けのダイニングテーブルを囲んだ。
先生には言わなかったが、この一週間明け方までの仕事が続いたこともあり、実際今日の朝食はありがたかった。恐縮しながら飲んだコーヒーが睡眠不足気味の体に染みた。
「アパートか何かかと思ってました。一戸建てだったんですね」
圭太が言う。
「日本の地理もまったく知らない女の子をいきなり一人で住まわすわけにはいかないでしょう?」と西川先生がサラダを取り分けながらいう。「だからうちに下宿させることにしたのよ」
「知り合いだったんですか」と聞くと先生に聞くと軽く首を横に振った。
「この子のことは全然知らなかったんだけどね。まあ、部屋も空いてたし」
隣の席で、圭が黙って食べている。時折チラリと圭太を見た。
「だから警察まで引き取りに来たんですね」
「そうね。まあ、保護者みたいなモンだから」そう言って屈託なく笑った。
食事が終わると、圭がテーブルの上を片付けてから出かける準備をして出てきた。
「バイク、気をつけてね」
西川先生に送り出されて「大丈夫ですよ」と軽く返事をしてフルフェイスのヘルメットを圭に渡す。圭はそれをしっかりとつけると圭太のバイクの後部座席に収まった。そして「行ってきます」と先生に手を振った。
「あっ、そうだ。学園祭でスカイシーのライブをやりたいから、できれば近いうちに、学校へ来てもらえますか」そう言って頭を下げる西川先生に、圭太は親指と人さし指で輪っかを作ったのだった。
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圭太のバイクは中野の事務所には行かず、そのまま代官山にあるレンタルスタジオの駐車場に入った。
今日はOver The Sea——邦題は未定だが——のバックで演奏してくれるミュージシャンたちとの顔合わせの日だった。社長の菊池とマネージャー兼社長秘書の恵もスタジオで待ち合わせていた。
「坂崎君、久しぶり!」
菊池が顔を見るなり声を掛けたのは、「髭のムーさん」ことドラムスの坂崎晃一だ。年は圭太の少し上で、なぜムーさんと呼ばれているかは誰も知らない。ムーさんはペコリと頭を下げて「ご無沙汰です」と短い挨拶を返し、圭太を見てニヤリと笑って片手を上げた。
ムーさんは表舞台には出ないが、スタジオミュージシャンとして知る人ぞ知る腕が良いと評判の「ドラム職人」だった。圭太もムーさんとまた組めると聞いて興奮が止まない。
今日もう一人来るのは、パーカッションの上田真也の予定だが、まだ到着していないらしい。
「いやあ、圭太がアイドルと組むなんてな。あれか? 社長の気まぐれかい。まあ、お互い仕事だから、せめて楽しくやろうよ」
ムーさんが菊池に聞こえないように、そっと耳打ちをした。
「いや、それがすごいんですよ、この子」
「わかってるよ、皆まで言うな。そうでも思わないとスタジオミュージシャンなんてやってらんねえからな」と笑っている。
圭太は敢えて反論しなかった。そう、自信があったのだ、奇跡のボーカリストを見つけてきたことに。
「圭ちゃん、ちょっと何かセッションしてみようか」
上田がなかなか来ないので、待っている間に久しぶりに圭の歌を聴きたくなった圭太は、そう声をかけた。圭が小さく「うん」と頷く。
今日は顔合わせだけの予定だったが、圭太はギターを一応持ってきていた。
「何がいい?」と聞くと、圭はボソボソと耳元で囁いて、「知ってる?」と聞いた。圭太はニヤリと笑うとアコースティックギターをリズムよくかき鳴らし始めた。圭太も大好きな曲だ。
It‘s Still Rock And Roll To Me ——アメリカのミュージシャン、ビリー・ジョエルのロックンロール曲。圭太のギターに乗せて、圭が軽やかに歌い上げる。
いつの間にかスタジオにいた人々が集まってくる。ムーさんが最前列で聞いていて、驚いたような顔で足がドラムのリズムを刻んでいた。
そして遅れてきた上田が慌てて走ってくるのが見えた。そして手で太ももを打ちながらノリノリになった。
——どうです、ムーさん。うちのボーカル、最高だと思いませんか。
どうだと言わんばかりのそんな感情をギターに乗せて、圭太はギターを弾き続けたのだった。
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