シング 神さまの指先

笑里

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ビザの行方

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 その頃圭太は聖華学園にいた。今日は土曜日で、月に一回のギターを教えに通う日だったからだ。
「ねえ圭太、ここの弾き方教えて」
 すっかり女子高生に呼び捨てにされながら圭太がしっかりと教えていることもあって、聖華の軽音部グループ「スカイ・シー」も短期間に上達している。
「蛇の道は蛇って言うけど、やっぱり、プロってすごいもんよね」と、顧問の西川先生が感心していた。
 実際、圭太のギターの腕はかなりのもので、表舞台には立っていないがギターで生活できているだけのことはある。
「ありがとうございます」と、圭太が頭を下げる。「先生もオールディーズに結構詳しいですよね」
「まあ、私はどちらかと言うとビートルマニアだけどね」
 西川先生は少し照れるようにいう。
「僕もビートルズは好きですよ。あと、古いアメリカの音楽も。まあ、姉が好きだった影響ですけど」
「そうね。早瀬先生は卒論もあの時代の音楽についてだったって言ってましたねえ。なんか、気が合うというか、趣味が合うのよね、彼女とは。少し歳の離れた弟がいるとことかもね」
「へえ、じゃあやっぱり弟さんもビートルマニアとか?」
「ビートルマニアっていうより、ジョン・レノンが好きなのよね。あと、50年代から70年代のアメリカの音楽。でも、結局プロにはなれなかった」
「プロを目指してたんですか」
「一応ね。でも、あなたのギターを聴いてわかったわ。プロとして活動できる人のレベルって、ただ上手いだけじゃないのね。それ以上の、人を惹きつける何かがあるわ」
 真剣に褒めてくれていると思うと、照れくさい反面、やはりうれしいものだ。
「僕も、高橋さんの歌を聴いて初めてそう感じたんです。彼女は何か持ってると思うんです。だから僕にできるなら、サポートしたいです」
 そう言うと、西川先生が小さく頷いた。
「本当言うとね、実は私も思った。何がって言われると答えづらいけどね」と言いながら、上を向いて考えている。「彼女の父親とはちゃんと話したの?」
「ええ、一応姉が向こうのご家族と話せて、音楽活動も認めてもらえることになったらしいんですが……」
「が?」
「実は困った問題があって。彼女は確かアメリカ人ですよね。だからもし歌手として彼女を活動させるとすると、あらためて就労ビザに切り替える必要があるんですよ。でも、そうなると、おそらく短期ビザになるので、それでは学校に通うのが難しくなるんです。となると学校を優先するという約束が果たせなくなるんで、どうすればいいのか」
 すると西川先生がクスリと笑った。
「あら、言ってませんでしたっけ?」
「えっ、何を」
「高橋さんは日本人ですよ? あの子、何も言ってないんですか」
 ——はい?
「あの、エフって確か……」——って、先生が言ったんですよね?
「エフは、外国人の特待生枠ですけど、圭ちゃん、あっ、高橋さんはアメリカと日本の二重国籍だから何も問題ないんですよ」
 ——二重国籍? えーっ!
「もちろん、このまま20歳になったとしたら、どちらかの国籍を選択する必要があるんですけどね。まだ未成年だから。それに——」と、西川先生は言葉を飲み込んだ。「まあ、大声では言えませんが、国籍を日本で選択したとしても、アメリカって国はそんなこと気にしないですからね。もともと戸籍ってない国ですから」
 そう言って、ニヤリと笑った。
「早く言ってくださいよ。この何か月間、僕らはてっきり……」
「だって、誰からも一度も聞かれてないし」と、先生はとぼけたのだった。

 そこへ「圭太! 一曲演奏するから聴いてて」と、向こうから声がかかった。見るとスカイ・シーがスタンバイしている。ボーカルはもちろん圭だ。
 今年のスカイ・シーはオールディーズ路線をとることにした。女子高生のオールディーズは珍しかろうということになったのだ。もちろん戦略としても昨今の複雑な音よりも、ロック初期のシンプルな音楽の方が今の演奏レベルでやるとしても練習になるし、そこからステップアップしていければ、という考えもあってのことだった。
 相変わらず、圭のボーカルは見事だった。バックのバンドをグイグイと引っ張ってゆく。自然と演奏も良くなっていくようだ。
 ——なんか、これだけでも客が呼べそうだな。
 そんなことを思いながら、西川先生とスカイ・シーの音楽を聴いていたのだった。
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