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蘇った記憶
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「千佳、この子らどこの子?」
グループの女子のひとりが床田千佳に聞いた。
「海潮高《うみこう》のかるた部の一年の子」
「へえ、かるたなんて、あんなマニいことする子、よその高校にもおるんじゃ」
たぶん、語尾に(笑)をつけながら、その人はニヤニヤと笑ってる。
「あら、ユウカ。ずいぶんね。まあ、高度な知的ゲームのおもしろさは、体育会系のユウカにはわからんのんよね」
床田千佳も負けてはいない。彼女の同級生だと思われるユウカと呼んだその人とバチバチに視線を闘わしている。きっと憎まれ口を言い合うほど仲がいいんだろう。
「君もかるた部なん?」
そのユウカが風花の隣にいた孝太を見上げた。
「あっ、はい。一応……」
突然話をふられて、孝太もドギマギしているようだ。ボソボソと返事をした。
「なんね、もったいない。そんだけいい体を持ってんだから、畳の上でチマチマかるた遊びなんかせんで、スポーツしんさい。なんなら、昇華に転校しておいで。うちが水泳を教えてあげるわ」
ポン、とユウカは孝太の二の腕あたりを一回叩いた。
「だからあ。かるたは畳の上の格闘技なんよ。ユウカはそこの後輩たちとチャプチャプとプール遊びしときんさい。その彼は将来の名人目指せる器なんじゃけ、これからうちらが鍛えるんよ。水泳部にはやらんからね」
ねえ? そういう顔で床田千佳はミオに相槌を求めた。
そっか。この人たちは水泳部なのか——
水泳部と聞いて風花は少しドキッとした。そういえば、昇華高校に行ったときに屋内の50メートルプールがあった。水泳部があるのは当たり前だ。
風花は思い出してなぜか胸が詰まりそうになり、視線を皆からそらした。
「大道さん。もしかして大道風花さん、だよね」
突然、グループの中のひとりがスッと近寄って風花に話しかけた。
えっ? 風花はその声に思わず振り向いた。
学年はおそらく自分と同じ1年生だと思われる。目が合うと彼女はニコッと微笑んだ。
〈だれ?〉
すぐに返事が返せなかった。
「うちのこと覚えてるかな」
〈ええっと、誰だっけ〉
グルグルと必死に頭を回転させる。
この尾道に知り合いは——
〈あっ、もしかして、この間のかるた部の人?〉
「あっ、やっぱり覚えてないよね。去年一度だけ会ったっきりだもんね」彼女は少し残念そうにスッと目を伏せた。「全中の決勝で2コースを泳いでた、長江南中の——」
——第2のコース、サカモトリコさん。ナガエミナミ中学
彼女の言葉に被さるように、去年の場内アナウンスの声が頭に響いた。
「おめでとう。すごいね! 日本新だよ!」
レースが終わった直後に、二つ隣のコースから誰よりも真っ先に泳ぎながら近寄ってきた彼女は、そうだ、サカモトリコさん——
長江南は尾道の中学名だと今頃になってやっと気がついた。
あの決勝の日、風花は自分に集中していた。決勝の相手はそれまでの自分自身の記録とオリンピック標準記録だけ。中学レベルでは誰と一緒に泳ぐのかなんて全く興味がなかった。
「こんなすごい記録を出したレースに一緒に出てたなんて、一生の思い出になるよ。ありがとう」
そう言ったサカモトリコさんが出してきた手に、風花はパチンと手のひらを合わせた。
それが1年前の彼女との会話。ほんの一瞬の——
自分の心臓の音が聞こえる。
こんな尾道の片隅にも、去年の自分を知っている人がいる。
だけど、去年までの自分を私は見失っているのに。
風花は返事ができなくて体がこわばってしまっていた。
返事をしたら、返事をしてしまったら、自分の体がガラスのように割れてしまいそうで。歯がガチガチと音を立てて震えていた。
「橘、そろそろ花火の場所取りせんといけんから、港に降りようか」
そのとき孝太が風花の手を握った。
サカモトさんが、えっ? っという顔をして見ている。
「ごめん、人違いかも。この子は橘さん。尾道の子じゃないけ、言葉がわからんかもね」
今度は反対の手をミオが握ってそう言った。
「千佳さん、この子は橘百合子先生の孫なんよ」
今度は床田千佳が驚いた顔をした。
「あなた、橘先生のとこの子だったん。知らんかったわあ」
尾道でかるたをやる人間なら、風花の祖母である橘百合子は誰でも知っているのだ。床田千佳が驚くのも無理もない。
サカモトリコさんは、それこそ狐につままれたような顔をしていた。
「マジで? 大道風花さんにそっくりで——」
サカモトさんは、それっきり言葉を失った。
「大道風花って、日本記録出した、あの大道風花? あんた知ってんの?」
水泳部のユウカ先輩から言われ、
「うちも一度会っただけだから……」
口ごもりながら、サカモトリコが「本当、似てるんです」と必死に言い訳を始めたのを横目に、ミオは
「じゃ、うちらは先に会場に行きますね。また試合しましょう、千佳さん」
と言い、風花は孝太とミオに手を引かれ、その場を後にした。
だが、風花はまだ激しく動揺していた。
グループの女子のひとりが床田千佳に聞いた。
「海潮高《うみこう》のかるた部の一年の子」
「へえ、かるたなんて、あんなマニいことする子、よその高校にもおるんじゃ」
たぶん、語尾に(笑)をつけながら、その人はニヤニヤと笑ってる。
「あら、ユウカ。ずいぶんね。まあ、高度な知的ゲームのおもしろさは、体育会系のユウカにはわからんのんよね」
床田千佳も負けてはいない。彼女の同級生だと思われるユウカと呼んだその人とバチバチに視線を闘わしている。きっと憎まれ口を言い合うほど仲がいいんだろう。
「君もかるた部なん?」
そのユウカが風花の隣にいた孝太を見上げた。
「あっ、はい。一応……」
突然話をふられて、孝太もドギマギしているようだ。ボソボソと返事をした。
「なんね、もったいない。そんだけいい体を持ってんだから、畳の上でチマチマかるた遊びなんかせんで、スポーツしんさい。なんなら、昇華に転校しておいで。うちが水泳を教えてあげるわ」
ポン、とユウカは孝太の二の腕あたりを一回叩いた。
「だからあ。かるたは畳の上の格闘技なんよ。ユウカはそこの後輩たちとチャプチャプとプール遊びしときんさい。その彼は将来の名人目指せる器なんじゃけ、これからうちらが鍛えるんよ。水泳部にはやらんからね」
ねえ? そういう顔で床田千佳はミオに相槌を求めた。
そっか。この人たちは水泳部なのか——
水泳部と聞いて風花は少しドキッとした。そういえば、昇華高校に行ったときに屋内の50メートルプールがあった。水泳部があるのは当たり前だ。
風花は思い出してなぜか胸が詰まりそうになり、視線を皆からそらした。
「大道さん。もしかして大道風花さん、だよね」
突然、グループの中のひとりがスッと近寄って風花に話しかけた。
えっ? 風花はその声に思わず振り向いた。
学年はおそらく自分と同じ1年生だと思われる。目が合うと彼女はニコッと微笑んだ。
〈だれ?〉
すぐに返事が返せなかった。
「うちのこと覚えてるかな」
〈ええっと、誰だっけ〉
グルグルと必死に頭を回転させる。
この尾道に知り合いは——
〈あっ、もしかして、この間のかるた部の人?〉
「あっ、やっぱり覚えてないよね。去年一度だけ会ったっきりだもんね」彼女は少し残念そうにスッと目を伏せた。「全中の決勝で2コースを泳いでた、長江南中の——」
——第2のコース、サカモトリコさん。ナガエミナミ中学
彼女の言葉に被さるように、去年の場内アナウンスの声が頭に響いた。
「おめでとう。すごいね! 日本新だよ!」
レースが終わった直後に、二つ隣のコースから誰よりも真っ先に泳ぎながら近寄ってきた彼女は、そうだ、サカモトリコさん——
長江南は尾道の中学名だと今頃になってやっと気がついた。
あの決勝の日、風花は自分に集中していた。決勝の相手はそれまでの自分自身の記録とオリンピック標準記録だけ。中学レベルでは誰と一緒に泳ぐのかなんて全く興味がなかった。
「こんなすごい記録を出したレースに一緒に出てたなんて、一生の思い出になるよ。ありがとう」
そう言ったサカモトリコさんが出してきた手に、風花はパチンと手のひらを合わせた。
それが1年前の彼女との会話。ほんの一瞬の——
自分の心臓の音が聞こえる。
こんな尾道の片隅にも、去年の自分を知っている人がいる。
だけど、去年までの自分を私は見失っているのに。
風花は返事ができなくて体がこわばってしまっていた。
返事をしたら、返事をしてしまったら、自分の体がガラスのように割れてしまいそうで。歯がガチガチと音を立てて震えていた。
「橘、そろそろ花火の場所取りせんといけんから、港に降りようか」
そのとき孝太が風花の手を握った。
サカモトさんが、えっ? っという顔をして見ている。
「ごめん、人違いかも。この子は橘さん。尾道の子じゃないけ、言葉がわからんかもね」
今度は反対の手をミオが握ってそう言った。
「千佳さん、この子は橘百合子先生の孫なんよ」
今度は床田千佳が驚いた顔をした。
「あなた、橘先生のとこの子だったん。知らんかったわあ」
尾道でかるたをやる人間なら、風花の祖母である橘百合子は誰でも知っているのだ。床田千佳が驚くのも無理もない。
サカモトリコさんは、それこそ狐につままれたような顔をしていた。
「マジで? 大道風花さんにそっくりで——」
サカモトさんは、それっきり言葉を失った。
「大道風花って、日本記録出した、あの大道風花? あんた知ってんの?」
水泳部のユウカ先輩から言われ、
「うちも一度会っただけだから……」
口ごもりながら、サカモトリコが「本当、似てるんです」と必死に言い訳を始めたのを横目に、ミオは
「じゃ、うちらは先に会場に行きますね。また試合しましょう、千佳さん」
と言い、風花は孝太とミオに手を引かれ、その場を後にした。
だが、風花はまだ激しく動揺していた。
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