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手の空いた人は集合!
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今日も通学のバスが軽々と孝太を追い越してゆく。ミオと風花が毎朝バスから孝太に声援を送るのがすっかり恒例になり、同じ時間に同じバスで通学する他の生徒まで風花たちと一緒に声援を送るようになった。
孝太がバスに並びかけるとひときわ大きな声で「がんばれ」「ファイッ!」と口々に叫ぶと、孝太が「おー」と返事をしたタイミングでバスは加速する。きっと、このバスの運転手もわかって遊んでる。
「今日から当分の間、かるた部の活動はお休みになるから」
ミオが唐突に風花にそう言ったのは、月曜日の朝のことだった。
「えっ、どうして?」
昨日の試合の後は、みんなそんな感じじゃなかったのに。
「団体戦もとりあえず終わったからね。これから7月の近江神宮と秋のクイーン戦予選に向けて、うちも中堂先輩たちもかるた会に通うし」
ごめんね。ミオはそう言いながら、両手を顔の前で合わせた。
聞けば、ミオは尾道、中堂先輩と上本先輩は隣町の松永のかるた会に所属しているらしい。ちなみに尾道三姫のもう一人、床田千佳はどこのかるた会にも所属していない。もともと床田家は有名なかるた選手の家系で、「床田式」とまで密かに呼ばれるような独特のかるたスタイルは、かるた会に所属していないことも理由のひとつと言われている。
「近江神宮って——」
うちら負けたじゃん。なんで今更蒸し返すの? 風花が少しムッとする。
「ああ、ごめん。言ってなかったっけ。うちらは高校選手権の個人戦にもエントリーしてるから、7月の下旬に近江神宮に行くのよ」
「えっ、個人戦があるの?」
「そうよ。風花も出る? まだ間に合うよ。そうだ。風花もうちのかるた会に入らない? すぐにC級ぐらいならなれるよ」
ミオがポンと手を叩いた。
「うーん、ちょっと考えとく。おばあちゃんから、できれば百人一首はちゃんと覚えてって言われてるから、大会が終わったら競技かるたから少し離れて百人一首を最初から勉強してみようって思ってたの」
「そっか。急がば回れだね。時間はかかるけど、強くなるいい方法だと思うよ」
「俺も今日からしばらくかるたは休むからな」
そこへ孝太の声がした。やっと学校に着いたらしい。
「やっと陸上をやる気になったわけ? 大会、今からで大丈夫なの?」
そういえば陸上の地区大会が近いってミオが言ってた。
「ちゃんと毎日朝晩走っとるわい。それよかさ」
孝太はとても楽しいことが始まるぞというような顔で、風花とミオの間に割り込んでミオの肩に腕を回した。ミオが心底嫌そうな顔でその腕を振り払った。
「そろそろプール掃除も始めようかと思ってよ。ミオも水泳部だろ? 一緒にやらん?」
「なに言うとん。うちは夕方はこれからかるた会に行くんよ。そんな暇ないし、それに水泳部は名簿だけだって言ったでしょうが」
ミオに速攻で断られて、今度はチラッと孝太は風花の方へ視線を送ったが、なぜだか風花にはなにも言わずに立ち上がり、教壇へ向かった。
「おーい、みんな聞いて。来月のプール開きの準備で、プール掃除を手伝ってもらいたいんじゃけど。今日から少しずつ始めるけん、夕方手の空いた人はプールに集合を頼んます」
えーっという声。ざわめき。
「それと、できれば誰か水泳部に入ってほしいんだけど」
孝太が頭を下げる。
「女子もおる? じゃなきゃ入らないよ」
どこからか、ケタケタ笑う男子の声。「すけべー」と言う女子の騒ぐ声。
「女子は——」
チラッと視線が合う。あわててミオと2人、顔と両手を顔の前で横に振った。
「女子はまだおらんけど。とにかく夕方よろしくなあ」
それだけ言うと、孝太は自分の席に戻ってきた。
「水泳部なんて無理よ。水泳やるなら昇華に行っとるわ」
独り言のように、ミオがつぶやいく。
昇華高校で見た屋内50メートルプールがサッと風花の頭をよぎった。
お昼前ぐらいからだんだんと雲行きが怪しくなった。そういえば、朝の天気予報で梅雨入りがどうとか言ってたことを思い出した。
帰るまで降るのは待って。じっと雨雲を見つめ祈った。
5時間目。願いも虚しく、風花が教室の窓から何気なく外を見ていると、近くのコンクリートの手すりにポツポツと水滴が落ちては乾きを繰り返し始め、やがて水滴は乾く間もなく本格的な雨に変わっていった。
後でわかったが、どうやら今日が梅雨の始まりだったらしい。
憂鬱な1ヶ月が始まりだ——
帰りのバスには孝太の姿はなく、もちろんざんざんぶりの雨の中、窓の外を走ってもいない。
孝太を見かけない。それだけでなぜか気になって、ずっとキョロキョロと目で探していた風花。今朝の踏切のことを、ちゃんと聞きたかったのだ。
3人の学校生活が少しずつすれ違いを始めていた。
孝太がバスに並びかけるとひときわ大きな声で「がんばれ」「ファイッ!」と口々に叫ぶと、孝太が「おー」と返事をしたタイミングでバスは加速する。きっと、このバスの運転手もわかって遊んでる。
「今日から当分の間、かるた部の活動はお休みになるから」
ミオが唐突に風花にそう言ったのは、月曜日の朝のことだった。
「えっ、どうして?」
昨日の試合の後は、みんなそんな感じじゃなかったのに。
「団体戦もとりあえず終わったからね。これから7月の近江神宮と秋のクイーン戦予選に向けて、うちも中堂先輩たちもかるた会に通うし」
ごめんね。ミオはそう言いながら、両手を顔の前で合わせた。
聞けば、ミオは尾道、中堂先輩と上本先輩は隣町の松永のかるた会に所属しているらしい。ちなみに尾道三姫のもう一人、床田千佳はどこのかるた会にも所属していない。もともと床田家は有名なかるた選手の家系で、「床田式」とまで密かに呼ばれるような独特のかるたスタイルは、かるた会に所属していないことも理由のひとつと言われている。
「近江神宮って——」
うちら負けたじゃん。なんで今更蒸し返すの? 風花が少しムッとする。
「ああ、ごめん。言ってなかったっけ。うちらは高校選手権の個人戦にもエントリーしてるから、7月の下旬に近江神宮に行くのよ」
「えっ、個人戦があるの?」
「そうよ。風花も出る? まだ間に合うよ。そうだ。風花もうちのかるた会に入らない? すぐにC級ぐらいならなれるよ」
ミオがポンと手を叩いた。
「うーん、ちょっと考えとく。おばあちゃんから、できれば百人一首はちゃんと覚えてって言われてるから、大会が終わったら競技かるたから少し離れて百人一首を最初から勉強してみようって思ってたの」
「そっか。急がば回れだね。時間はかかるけど、強くなるいい方法だと思うよ」
「俺も今日からしばらくかるたは休むからな」
そこへ孝太の声がした。やっと学校に着いたらしい。
「やっと陸上をやる気になったわけ? 大会、今からで大丈夫なの?」
そういえば陸上の地区大会が近いってミオが言ってた。
「ちゃんと毎日朝晩走っとるわい。それよかさ」
孝太はとても楽しいことが始まるぞというような顔で、風花とミオの間に割り込んでミオの肩に腕を回した。ミオが心底嫌そうな顔でその腕を振り払った。
「そろそろプール掃除も始めようかと思ってよ。ミオも水泳部だろ? 一緒にやらん?」
「なに言うとん。うちは夕方はこれからかるた会に行くんよ。そんな暇ないし、それに水泳部は名簿だけだって言ったでしょうが」
ミオに速攻で断られて、今度はチラッと孝太は風花の方へ視線を送ったが、なぜだか風花にはなにも言わずに立ち上がり、教壇へ向かった。
「おーい、みんな聞いて。来月のプール開きの準備で、プール掃除を手伝ってもらいたいんじゃけど。今日から少しずつ始めるけん、夕方手の空いた人はプールに集合を頼んます」
えーっという声。ざわめき。
「それと、できれば誰か水泳部に入ってほしいんだけど」
孝太が頭を下げる。
「女子もおる? じゃなきゃ入らないよ」
どこからか、ケタケタ笑う男子の声。「すけべー」と言う女子の騒ぐ声。
「女子は——」
チラッと視線が合う。あわててミオと2人、顔と両手を顔の前で横に振った。
「女子はまだおらんけど。とにかく夕方よろしくなあ」
それだけ言うと、孝太は自分の席に戻ってきた。
「水泳部なんて無理よ。水泳やるなら昇華に行っとるわ」
独り言のように、ミオがつぶやいく。
昇華高校で見た屋内50メートルプールがサッと風花の頭をよぎった。
お昼前ぐらいからだんだんと雲行きが怪しくなった。そういえば、朝の天気予報で梅雨入りがどうとか言ってたことを思い出した。
帰るまで降るのは待って。じっと雨雲を見つめ祈った。
5時間目。願いも虚しく、風花が教室の窓から何気なく外を見ていると、近くのコンクリートの手すりにポツポツと水滴が落ちては乾きを繰り返し始め、やがて水滴は乾く間もなく本格的な雨に変わっていった。
後でわかったが、どうやら今日が梅雨の始まりだったらしい。
憂鬱な1ヶ月が始まりだ——
帰りのバスには孝太の姿はなく、もちろんざんざんぶりの雨の中、窓の外を走ってもいない。
孝太を見かけない。それだけでなぜか気になって、ずっとキョロキョロと目で探していた風花。今朝の踏切のことを、ちゃんと聞きたかったのだ。
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