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潮風のベンチ
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ミオの家を出てアーケードを出て海の方へ向かい、左へ曲がると市役所へ向かう海沿いの通りを反対の尾道駅方面へ歩くと、5分もかからない場所に「手作りアイスクリーム」という数本の赤いのぼりが立っており、そこがミオが「行こう」と言っていた「かるさわ」というお店だった。間口も大きなお店ではないが人気店らしい。
「ここはね、アイスモナカが美味しいんよ」
ミオに言われるまま、ケースの中から透明のビニールに入ったアイスモナカを取り出して、財布を出そうとバッグに手を入れていると、
「今日はいいよ。孝太のおごりだから」
とミオがいう。孝太はほんの一瞬だけ、「おっ?」というような顔をしたが苦笑いをして千円札をポケットから出し、レジに「3個」と言った。
「そんな、悪いよ」
1個150円。驚くほど高いわけではないが、さすがに気が引ける。
「いいのよ。風花はここは初めてじゃろ? もし風花の口に合わんかったら、勧めたうちが気がひけるから、今日は黙って孝太に奢らせておいてね」
ミオが言わんとしていることは理解した。ただ、だからといってお金の出どころが孝太君だということに少々疑問がないこともないけど——まっ、いいか。
3人は店の正面を海の方へ道路を渡り、その先の海に突き出した防波堤に1個だけ置いてある鉄製のベンチに座った。ベンチにはちゃんんと「かるさわ」という店名が入っていて、お店が置いているものなのかもしれない。
3人がけなので、詰めれば座れるのだが、孝太は少し離れて、目の前にある海に降りることができる広い階段に1人で腰掛けて同じものをかじっている。
先ほど買った——いや、買ってもらったアイスの、サクッとしたモナカの皮をかじると、そのモナカに中和された、ほどよい冷たさのアイスが口の中でトロリとほどけた。
「わあ、うまっ」
風花は思わず声を上げた。まだ5月にも入ってないため、夏のような暑さではなかったが、今日はよく晴れていて最高だ。
「よかったあ。孝太も奢った甲斐があるってもんよ。ねえ、孝太」
ミオが石段に座っている孝太に声をかけると、孝太は左手に持ったモナカをちょっと上げて、うんうんと満足そうな顔で首を縦に振った。
「これ、なにアイス?」
「タマゴアイス。この時期はこれしか入ってないんよね」
「この時期って、ほかの季節には違う味もあるの?」
「うん。2月頃はいちごアイスがあるし、秋から冬には抹茶とか胡麻とかチョコとか?」
「マジかあ。よし、私の今年の目標は全種類制覇!」風花は海に誓いを立てた。
「もちろん、孝太の奢りね」
風花の誓いにミオが被せて言うと、孝太がしかたなさげに「おー、わかっとるわい」と言ったのだった。
「そういえばね、うちのお母さんとミオのお母さんは同級生だったんだって」
アイスを食べながら、さっきミオのお母さんとの話を思い出して、風花が言う。
「へえ、マジ? じゃあ孝太んちのおじちゃんと3人が同級生だったんだ。まるで今のうちらみたいだね」
どうやらそのことはミオも知らなかったらしい。
「孝太君ちも同級生? ふーん、そうなんだ」
ああ、そうか。お母さんは孝太君のお父さんと仲がよかったっておばあちゃんが言ってたもんね。同級生だったんだ。
——あれ? なにか……またモヤモヤする。
風花はふと何かが心に引っかかったが、それがなんだったのか結局思い出せなかった。
写真館のウインドウに飾ってある、母が風花を抱いた写真のことは、まだミオには言ってなかった。もしミオがあの写真のことを知ってたとすれば、必ず風花には言うはずだ。言わないと言うことは、知らないと言うことだ。なぜだかわからないが、口にしてはいけない気がしていた。
散歩から帰って小柴呉服店に入ると、ミオのお母さんがスッと近寄ってきて風花の手を取り、「ちょっときて」と手を引いた。
「ちょっと、お母さん。どこに連れて行くん」
ミオがあわててそう言うと、「お隣よ。あなたもついてきて」と言いながら、風花を店の外へ連れ出して、隣の大河内写真館の扉を開けた。
「いらっしゃ……い」
大河内写真館のカウンターの中に座っていた男性が、読んでいたスポーツ新聞を置いて顔を上げた。「いらっしゃい」の最後の「い」は消え入りそうで、きっと「なんだ、わざわざいらっしゃいなんて言う必要はなかったな」と言う感じが見え見えだった。
孝太が父親似なのは風花にも一眼でわかった。キリッとした彫りの深い顔立ちで、立ち上がるとかなり背が高い。孝太はその上背を生かして陸上をやっているのだが、この人は狭いカウンターで小さくなって新聞を読んでいて、風花はつい笑ってしまいそうだった。
「おう、なに」ぷっ、声まで似てる。
「この子さ、着物着せて店の前に写真を飾りたいんだけど、撮ってくれん?」
いきなりおばちゃんが言った。
——えーっ!
「いや、でも——」
「頼むわ。長いこと店の前の写真を変えてないんよ。風花ちゃんは絶対に着物とか袴とか似合うから。ねっ、お願い!」
両手を合わせて、おばちゃんが頭を下げた。
「ここはね、アイスモナカが美味しいんよ」
ミオに言われるまま、ケースの中から透明のビニールに入ったアイスモナカを取り出して、財布を出そうとバッグに手を入れていると、
「今日はいいよ。孝太のおごりだから」
とミオがいう。孝太はほんの一瞬だけ、「おっ?」というような顔をしたが苦笑いをして千円札をポケットから出し、レジに「3個」と言った。
「そんな、悪いよ」
1個150円。驚くほど高いわけではないが、さすがに気が引ける。
「いいのよ。風花はここは初めてじゃろ? もし風花の口に合わんかったら、勧めたうちが気がひけるから、今日は黙って孝太に奢らせておいてね」
ミオが言わんとしていることは理解した。ただ、だからといってお金の出どころが孝太君だということに少々疑問がないこともないけど——まっ、いいか。
3人は店の正面を海の方へ道路を渡り、その先の海に突き出した防波堤に1個だけ置いてある鉄製のベンチに座った。ベンチにはちゃんんと「かるさわ」という店名が入っていて、お店が置いているものなのかもしれない。
3人がけなので、詰めれば座れるのだが、孝太は少し離れて、目の前にある海に降りることができる広い階段に1人で腰掛けて同じものをかじっている。
先ほど買った——いや、買ってもらったアイスの、サクッとしたモナカの皮をかじると、そのモナカに中和された、ほどよい冷たさのアイスが口の中でトロリとほどけた。
「わあ、うまっ」
風花は思わず声を上げた。まだ5月にも入ってないため、夏のような暑さではなかったが、今日はよく晴れていて最高だ。
「よかったあ。孝太も奢った甲斐があるってもんよ。ねえ、孝太」
ミオが石段に座っている孝太に声をかけると、孝太は左手に持ったモナカをちょっと上げて、うんうんと満足そうな顔で首を縦に振った。
「これ、なにアイス?」
「タマゴアイス。この時期はこれしか入ってないんよね」
「この時期って、ほかの季節には違う味もあるの?」
「うん。2月頃はいちごアイスがあるし、秋から冬には抹茶とか胡麻とかチョコとか?」
「マジかあ。よし、私の今年の目標は全種類制覇!」風花は海に誓いを立てた。
「もちろん、孝太の奢りね」
風花の誓いにミオが被せて言うと、孝太がしかたなさげに「おー、わかっとるわい」と言ったのだった。
「そういえばね、うちのお母さんとミオのお母さんは同級生だったんだって」
アイスを食べながら、さっきミオのお母さんとの話を思い出して、風花が言う。
「へえ、マジ? じゃあ孝太んちのおじちゃんと3人が同級生だったんだ。まるで今のうちらみたいだね」
どうやらそのことはミオも知らなかったらしい。
「孝太君ちも同級生? ふーん、そうなんだ」
ああ、そうか。お母さんは孝太君のお父さんと仲がよかったっておばあちゃんが言ってたもんね。同級生だったんだ。
——あれ? なにか……またモヤモヤする。
風花はふと何かが心に引っかかったが、それがなんだったのか結局思い出せなかった。
写真館のウインドウに飾ってある、母が風花を抱いた写真のことは、まだミオには言ってなかった。もしミオがあの写真のことを知ってたとすれば、必ず風花には言うはずだ。言わないと言うことは、知らないと言うことだ。なぜだかわからないが、口にしてはいけない気がしていた。
散歩から帰って小柴呉服店に入ると、ミオのお母さんがスッと近寄ってきて風花の手を取り、「ちょっときて」と手を引いた。
「ちょっと、お母さん。どこに連れて行くん」
ミオがあわててそう言うと、「お隣よ。あなたもついてきて」と言いながら、風花を店の外へ連れ出して、隣の大河内写真館の扉を開けた。
「いらっしゃ……い」
大河内写真館のカウンターの中に座っていた男性が、読んでいたスポーツ新聞を置いて顔を上げた。「いらっしゃい」の最後の「い」は消え入りそうで、きっと「なんだ、わざわざいらっしゃいなんて言う必要はなかったな」と言う感じが見え見えだった。
孝太が父親似なのは風花にも一眼でわかった。キリッとした彫りの深い顔立ちで、立ち上がるとかなり背が高い。孝太はその上背を生かして陸上をやっているのだが、この人は狭いカウンターで小さくなって新聞を読んでいて、風花はつい笑ってしまいそうだった。
「おう、なに」ぷっ、声まで似てる。
「この子さ、着物着せて店の前に写真を飾りたいんだけど、撮ってくれん?」
いきなりおばちゃんが言った。
——えーっ!
「いや、でも——」
「頼むわ。長いこと店の前の写真を変えてないんよ。風花ちゃんは絶対に着物とか袴とか似合うから。ねっ、お願い!」
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