【新編】オン・ユア・マーク

笑里

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俺と僕

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 確かに幼馴染だとは聞きました。ええ。でも、この距離は幼馴染というより、ふ、夫婦と言える距離感——
 いやいや、付き合ってないって言ってたけど、やっぱりこの2人は実は恋人同士なのでは?
 風花の頭の中でいろいろな妄想が渦巻いていた。

「風花、おぬし、よからぬ妄想してない? 前も言ったけど、うちらは、たぶん風花が今想像してるようなそんな関係じゃないから」
 まるっきり風花の頭の中を見透かしたようにミオが言った。
「だって、誰だって思うじゃん。この距離の幼馴染なんて……」
「風花さあ、ちょっと少女漫画の見過ぎ。現実は近すぎて、恋愛対象にはお互いにナッシングなのよ、うちらは。だって孝太なんか、もう弟としか思えんし」
 屈託なくカラカラと笑うミオ。
「まっ、俺が兄貴だけどな」
 窓の向こうで孝太が訂正した。
 うわ、だめだ。私にはそんな関係は想像すらできないよ、と風花は思うその横で、
「誰が兄貴よ。ガキのくせに」
と、ミオと孝太の丁々発止のバトルが始まり、しばらく付き合わされることになった。

「で、なんか用か?」
 やっとまともな発言を許された孝太に、
「風花がそろそろ帰るんだけど、暗くなり始めたし。ひとりで帰していいのかな、孝太くん」
 ちょっ、何を言い出すのかと思ったら!
「いやいやいや、家はそこまで遠くないし、この時間に帰るのは、たぶんこれから毎日のことだし。だ、大丈夫だから。ホント、全然」
 慌てて風化がお断りをしたときには、孝太は既にダウンのジャケットに袖を通しており、
「下で待っとる」
と言い残して部屋から消えた。

「えーっ、近所なのに送らせるなんて悪いよ」
「いいのよ、遠慮しなくて。ほら、孝太が待ってるから急いで」
「だってさ、男の子と2人で帰るなんて、なんか恥ずかしいよ」
「じゃ、慣れるために毎日送ってもらえば?」
 ミオという小悪魔が笑った。

 階段を下り、ミオと一緒に再び着物屋の中を通り外へ出ると、孝太が写真屋さんの前に立っていた。よくよくミオと孝太の窓の位置を考えてみれば、孝太の部屋は写真屋さんの2階になる。もっと早く気がついてもよかった。写真館を通り過ぎるときウインドウに飾ってあるミオの子供の頃の写真に気を取られ、店の名前を見ていなかった。
 風花は改めて写真館を眺めてみた。少し古めかしい味わいのある書体で「大河内写真館」という看板が掲げてあり、ディスプレイとして先ほど見たミオの写真の他にも数枚の写真が飾られている。
 その中に少し古い写真が1枚あり、着物を着て赤ちゃんを抱いた女性の写真が飾ってあった。後ろに向島の造船所が写っているので、この近くの海岸沿いで撮影されたものとわかる。
 えっ、この写真——
 風花は初めて見る写真だったが、写っていたのは随分若いが、間違いなく風花の母だと思う。そうすると、母が抱いているのはもしかして自分——
 写真館に入って、この写真のことを聞いてみたくなったが、孝太は風花とミオが来たことを確認すると先に歩き出したので、「じゃあ、また明日」とミオに手を振り、慌てて跡を追うように風花も少し離れて歩き出した。
「孝太、頼むね」
 そういうミオの声に、孝太は振り向かずに「おお」と言いながら右手を振って応えた。

 商店街を抜け、さっきはミオと歩いた道を逆方向に、孝太の背中を追うように少しだけ距離を置いて風花は歩いていたが、国道を渡るための横断歩道の信号が赤となっていたため、自然と肩を並べることになった。
「あの……孝太君、道はわかるからここでいいよ」
 風花が周りを気にしながら言ってみたが、孝太は「いや、俺は大丈夫だから」と言い帰ろうとはしなかった。
 実は、風花は男の子と2人でこんな形で肩を並べながら歩いたことは、東京にいた頃を含めて初めてだった。誰かに見られているかもという恥ずかしさと緊張で顔を上げられなかった。
 信号が青に変わると、さっきまで少し先を歩いた孝太が風花に合わせるように横断歩道を一緒に歩き、渡り終えて左へ曲がってしばらく歩道を歩く。この歩道はさして広くないため、自転車などとすれ違うと、ややもすると肩が触れそうになる。
 しばらく歩いて、途中から石の階段を上がりJRの線路を渡る。そこからは小さな階段込みで尾道独特の坂道が待っていた。こんな坂道を、この辺りに住む人々は毎日生活のために使っているのだ。
 一歩一歩、2人で坂を無言で登って行く。そういえば、ミオといるときは見かけより饒舌なほどしゃべる孝太とほとんど会話をしていないことに気がつき、逆に妙な緊張感に支配された気分になる。
「孝太君は、毎日どの辺を走ってるの」
 無言でいることに耐え切れず、風花は当たり障りのないことを話しかけてみる。
「あちこち走ってるよ。この坂もしょっちゅう走って上がってるね」
 そう言われて、思わず坂を見上げてみる。
「歩いてじゃなくて、走ってなんだ。さすが」
「まあ、他人が見たら歩いてるように見えるかもしれないけどね。でも僕は走ってるつもりなんだ」
 孝太は少し照れるように言った。
 ミオにはいつも「俺」という孝太が、今「僕」と確かに言った。
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