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しおりを挟むマルコ殿下の言葉に私は視線をさまよわせた。
王宮は厳重に警備されているけれど、それぞれ連れて来た護衛が部屋の前に立っているはず。
もしかしてこの部屋のどこかにエルがいるのかも。
それなら――。
抵抗するのをやめて、力を抜いた。
マルコ殿下が嬉しそうに笑って、私の口元を押さえていた手を外す。
「あぁ、やっぱり待っていたんだ。いい子だね。間近で見ても造られていない美人は素顔もきれいだな。大丈夫、大丈夫……」
そう言いながら私の肩口に唇を寄せた時、ドンと鈍い音がして彼が倒れ込んだ。
全体重がのしかかり、重さと苦しさに喘ぐ。
「ロー、遅くなった」
剣を手にしたエルがマルコ殿下を横に転がす。
もしかして剣の柄の部分で殴った?
マルコ殿下はピクリとも動かない。
「エル」
「ごめん」
「ちゃんと間に合ったわ、来てくれるって信じてた」
エルは私が一番信頼する護衛騎士だもの。
しばらくの間、お互いに見つめ合って動くことができなかった。
不思議なことにマルコ殿下からいびきが聞こえてきて、はっとする。
エルが手加減したとは思うけど、殴られて眠ってしまうなんて相当深酒をしたのかもしれない。
「この後どうしたらいいの?」
「殿下のことは大丈夫だ」
エルがそばに置いてあったブランケットで私を包んで抱きしめる。
震えていたことに今さら気づいた。
「エル、ありがとう」
「ごめん、隣の小部屋じゃなくてこの部屋にいればよかった」
「エルはすぐ来てくれたわ」
「それでもごめん。ロー、愛している」
エルがゆっくり背中を撫でてくれる。
私が大きく息を吐いた時、見知らぬ男二人が静かに入ってきてマルコ殿下をそっと抱えた。
彼らは一礼して無言のまま出て行ったけれど、状況がよくわからない。
殿下に仕えている人たち?
「悪い夢を見たみたい」
なじんだ大好きな人の腕の中でゆっくり呼吸する。
激しく打っていた鼓動も少しずつおさまっていった。
「ロー、もう心配いらない」
「うん、ありがとう。今夜のこと、殿下が覚えていないといいのだけど」
「そうだな」
エルの腕の中ほど安心できる場所はない。
私が十分に落ち着くのを待ってから、彼が話し出した。
「実はカルメン様が殿下の酒に睡眠薬を入れたようだ」
既成事実を作るつもりが一緒に飲んでいたカルメン様がなぜか先に寝てしまい、薬に耐性のあるマルコ殿下が酔いにまかせて私の部屋にやって来てしまったらしい。
結局は薬が効いたのか眠ってしまったようで、難を逃れた訳だけど。
「アンネッテ様が計画に気づいて、俺にも注意するよう教えてくれた。ローに睡眠薬を飲ませて、隣に見知らぬ男を寝かせてスキャンダルを起こすこともあり得るからと」
エルが私の部屋の隣にある小部屋で待機していたのは、きっと侍女が協力したのだと思う。彼女には感謝しきれないくらい助けられている。
「そう、アンネッテ様が」
アンネッテ様なら花嫁候補者全員を調べていてもおかしくない。
お茶会でも色々な情報を持っているようだったから。
でも今はもう、花嫁候補者のこともマルコ殿下のことも考えたくない。
「ねぇ、エル。怖いからこのまま一緒に横にいて」
「…………」
「安心して眠れないもの」
無言のまま、葛藤しているらしいエルの背中で指を深く絡み合わせた。このまま離したくない。
「お願い、殿下のことを忘れたい」
「何かされた?」
「エルが一緒に寝てくれたら話すわ」
「……わかった、そばにいる」
深いため息とともにようやく頷いてくれた。
上着を脱いだエルはトラウザーズからベルトを引き抜いて私の隣に横たわる。
「それも脱いで楽にしていいのよ」
「ローは俺の忍耐力を試すつもりか?」
私の額に口づけを落とし、そっと髪を撫でてくれた。
「そうじゃないけど……エルにも休んでもらいたくて」
「十分楽だよ。ロー、何をされた?」
唇が重なって、話ができない。
話そうとすると唇をついばむのだもの。
本当は聞きたくないのかもしれない。
「殿下に口を塞がれたわ……手で。それからのしかかられて重たかった」
「そうか」
「気持ち悪かった、エルじゃないんだもの」
「そうか」
エルが仰向けになり、私を上に乗せる。
「これなら重くないな」
「エルが眠れないわ。でも……心臓の音が聞こえて安心する。大好きよ、エル」
エルがそばにいてくれたら、何も怖くない。このまま時が止まればいいのに。
「俺も大好きだ。間に合ってよかった」
「うん、助けてくれてありがとう」
無言のままエルの手がゆっくりと背中を撫でた。
きっとまだ、もっと早く駆けつけられなかったのかと気にしている。
昔からそうして考え込むのは変わっていない。私が転んですりむいただけでも、鍛錬の時間を増やしていたから。
「そばにいてくれてありがとう。エルの重みなら、私歓迎するわ」
エルが喉の奥で唸るような音をたてた後、大きく息を吐いてからつぶやいた。
「……おやすみ、ロー」
「エルも、おやすみなさい」
眠れると思わなかったのに、そのまま私はうとうとして彼の腕の中で幸せな夢を見た。
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