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 その夜は侍女の手引きで。
 人目を忍んでやってきた私の護衛騎士にためらいなく手を伸ばす。
 薄暗い部屋で抱きしめられると、エルの肌の温かさと力強い鼓動を意識してしまった。
 
 今夜は着ているものがいつもより薄いからかもしれない。それとも後ろめたいことをしている自覚があるから?

「最近はこういうのを着るのか?」
「ううん。さっきの侍女が用意してくれたの」

 エルが深くため息をついた。

「離れたほうがいいのはわかっているけど……困ったな。多分俺がローを」
「私を?」

 一旦ぎゅっと力強く抱きしめてからほんの少し身体を離す。

「王族には乙女でないと嫁げないだろう? だから、俺たちがこの後」

 そこまで言われて気がつかないわけがない。
 かぁっと一気に顔が熱くなる。

「そう、なのね。恥ずかしい」

 でもそうなってもいいと一瞬思ってしまった。
 
「ロー、実は渡したいものがあるんだ。急だったから昼間は持っていなくて」

 エルがポケットから何かを取り出し、私の首の後ろに腕を回す。
 繊細な鎖の先に花が刻まれたロケットチャーム。

「エルの髪をもらえる?」

 手紙を収めるのが流行りだけど、エルからの髪でもいい。エルの一部が欲しい。

「いや、実は……開けてみて」

 少し困ったような表情を不思議に思う。
 ロケットを開けると中には私とエルの顔が描かれていた。

「これ、エルが描いたのよね? 上手だわ……エルはもっとたくましくて格好いいと思うけど」

 幼い頃はよくエルが絵を描いて見せてくれた。
 プロにもなれる腕前だと思うけれど、彼は騎士になることを選んだ。

「この国に来てから時間ができたから。あまり俺に似ていて万一誰かに見られたら困るから、王太子殿下にも見えなくもないかって」

「私がお義兄様を大好きみたいね……ふふっ」

 こらえようと思ったけど、つい笑いが漏れてしまう。ほとんど話したことのないお義兄様だけど、私が社交界にデビューする時にファーストダンスを踊った。

 エルと踊れたら最高だったけど、たくさん練習につき合ってもらったし離宮に戻った後で一曲踊ったんだっけ。

 あの夜会の姿絵が王都で人気があるらしいから、信じる人もいるかもしれない。

「嬉しい、ありがとう。エル、大事にするわ」
「あぁ、国に戻ったらちゃんと書き直す」
「うん……でもこれも素敵」

 背伸びしてエルの頬にそっとお礼のキスをした。
 エルの体が固まったのを感じて、今度は唇を触れ合わせる。
 いつもはエルからしてくれるのだけど、嬉しさと悪戯心と薄暗い暗闇の中だったのもあったかも。
 
「……困った、誘惑されているみたいだ」
「そんなつもりはなかったけど」
「わかってる」
 
「先へ進んだらここにいる必要がなくなるって、思うのだけど……こんな場所じゃいやだと思うの」

 私の独り言のようなつぶやきをエルは黙って聞いていた。
 
「エル、私……ちゃんとあなたの妻になりたい」

 何も言わないままエルにきつく抱きしめられて、私も同じくらい力を込めて彼の背中を抱きしめる。
 
「このままひとつになれたらいいのに」
「それだと、抱きしめることもキスもできなくなる」
「だって、離れたくないの。好きよ、エル」
「ロー、愛している」
「私だって愛しているわ」

 私が見上げると、ゆっくりと顔が近づく。
 
「絶対に一人にならないこと」
「んっ……」

 私の返事は彼の唇に飲み込まれた。









 この国に滞在して二週間が経った頃、マルコ殿下は息抜きと称して思いがけないところに現れるようになった。
 側近たちが探しに来るまで私たちのお茶会に参加することもあったし、私とフェデリカ様で散歩をしていたらガゼボから手を振ってきたことも。
 
 マルコ殿下も花嫁候補との時間を増やして、本気で伴侶を選ぶことにしたのかもしれない。
 王宮の噂話や雰囲気から、カルメン様かアンネッテ様が選ばれるはず。
 ただ、私のことをじっとりした目で見てくるように感じて早く帰りたい。
 
 普段は侍女が近くに控えているし、離れたところにエル以外の護衛もいる。
 夜会の時はフェデリカ様とおしゃべりをして過ごして一人になることはない。フェデリカ様の友人を紹介してもらったからお花摘みだって一緒に行く。
 
 私には見えていなくても必ずどこかにエルがいると思えば、ここに来たばかりの時より気持ちが落ち着いている。
 首元が開いていないドレスの時は、エルからもらったペンダントがあるのも心強い。つい胸に手を当ててしまって、気づいたフェデリカ様にからかわれてしまったけど。
 
 この国が第二、第三夫人を娶る制度がないのも私には嬉しいことだった。


 






「愛妾にしてしまおうか」

 ベッドがきしみ、聞きなれない低い声が届いて私は目覚めた。
 いるはずのないマルコ殿下にのしかかられて、私は思わず声をあげそうになる。

「……声はダメ」

 エルとは違う細くてなめらかな手で私の口を覆う。
 至近距離でささやかれて、アルコールの匂いが強く漂ってきた。
 好きでもない、酔っ払った男にのしかかられて私の身体が震える。
 あんなに注意していたのにどうして。

「怯える姿もかわいいね……君みたいな子、手折りたくなるって言っただろ?」

 エル。
 
「大丈夫。優しくするから……。ただ気持ち良くなるだけだよ」

 エル、どこにいるの?

「入り口に護衛がいないなんて随分無用心だね。……それとも俺を誘っていたの?」
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