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 確かに、前世ではひと通り経験してるけど、こんなに執拗なキスは初めてで。
 一本一本確かめるように歯列をなぞり、唾液がなくなるんじゃないかというくらい舐め取られる。

 驚いて縮こまる舌を追いかけて絡めてくるから呼吸もままならないし、浅く何度も息継ぎして喘ぎが漏れる。
 上唇も下唇も何度も啄まれるし、しびれて感覚がなくなってきた。
 荒く息を吐いたグレイソンが、唇の上でささやく。

「フレイア様……かわいいですね」
「どう、して……?」

 味見って、私の?
 得体の知れない飲み物コーラじゃないの?
 恋人同士だってもっとあっさりした触れ合いじゃない?
 じっと見つめられて心臓が跳ねる。

「愛しい、と申し上げました。ようやく二人きりになれて嬉しいです……あやしげなものを飲むのは私の前だけにしてください」

 これじゃあ、グレイソンが私を好きみたいじゃない。
 私たちはそんな関係じゃなかったはずなのに。

「……飲み過ぎたけど、怪しいものは口にしてない、と思うの。気をつけるわ」
「……そうですね、気をつけてください。ですが……結婚までも楽しみになりました。これまではあなたに触れたら怖がられるかと思って我慢してきましたが……大丈夫そうですね。これからはこうして二人きりでじっくりお会いしたいです」

 こうして? 
 じっくり?
 二人きりで庭園を歩いたことがあるくらいで、まともにデートもしないまま結婚することになると思っていた。
 
「式の前に子どもができないよう気をつけますから」
「…………あの、そういうことはまだ早いのでは……」

 前世の私は十八で二つ年上の彼氏の子を妊娠して、彼氏の卒業を待って結婚した。
 おままごとみたいな結婚生活は、私が両親に絶対やり切りなさいと言われて通信制の高校を卒業した頃に破綻。
 その後は子育てと仕事で手一杯で結婚に対して夢見ることはなくなった。

 けれど、職場が一緒だった十歳年上のバツイチ男性と再婚したのは恋愛感情でなく信頼関係の上で。
 お互いに求めすぎず、穏やかな生活は平和だった。
 残念ながら事故のせいで長続きはしなかったけれど。
 
 今世では王女という立場だし、十九歳になる前に政略結婚することも受け入れている。
 だけど、三つ年上の彼の態度は予想外すぎた。
 彼とも穏やかな生活が営めると思ったのに。
 さらに言うならもっと淡白だと思ったのに。
 
「あなたのそんな姿を見てしまったら、我慢なんてできるはずがありません」

 にっこり笑うグレイソンに、なんとか微笑んで退出を願った。









「フレイア様、ワイアット様と密会するフリをしてもらえないでしょうか……?」

 小さな三角形の布地で両脇にりぼんがついた、いわゆる紐パンに誘惑されて私はリリアンの相談にのっていた。
 
 この世界には前世のような包まれる安心感のあるパンツがない。
 ドロワース……いわゆるカボチャパンツもない。
 リリアンが言うにはR18の世界観だからいつでもそういう展開に進めるためじゃないかと。
 なんだか納得したくない。

 パンツはゴムがないから紐やリボンで何枚か作成したらしい。
 そんなものをテーブルに並べて会話をする私たちは、もちろん人払いをしてある。

「……さすがにそれは、私の不貞を疑われるから、できない」
「もちろん、フリです! 誰にも見られないような場所です! 密会ですからね!」
「……どういうイベントなの?」

 本来は悪役令嬢がワイアットを東屋に呼び出し誘惑しようとして、現場を見てしまったリリアンが密会していると勘違いして、その場を去るとワイアットが追いかけてきて、君に誤解されたくない、好きだと告白されるらしい。

「……誘惑なんて無理」

 なにその話。
 それに東屋で密会なんて、見つけてくださいって言ってるようなもの。

「そう思ったので、ワイアット様を呼び出してグレイソン様にサプライズをしたいとかなんとか言って、話をしているところに私は通りかかろうかと思います! 一石二鳥でしょ?」

 万一見られても、言い訳がたつ……かなぁ?
 嫌な予感しかしない。

「他の方法ないの?」
「う~ん、そういうイベントなんですよねえ……じゃあ、前払いでパンツこちらを一枚差し上げますから、ちょっと考えてみてください。成功したらあと六枚プレゼントしますからね!」

 さっそく使用した私は、翌日リリアンと決行日の相談をした。










「ワイアット、急に呼び出してごめんなさいね。ちょっと聞きたいことがあるの。いいかしら?」

 王宮の庭園にあるこの東屋は、景色がよく見えるので一般開放されている。
 
「…………どういったご用件でしょうか?」
「ちょっと……寄ってくれる? 聞かれたくないから」

 ワイアットは大きい。
 美丈夫だと思うけど、圧迫感があると思う。
 リリアンはこういうタイプが好きなんだな、と。
 それ以上、思うところはない。

「このままでは……いけませんか?」

 小声でグレイソンに絞められる、と呟くから。
 なんで絞められるのかはわからないけど、会話のつなぎにちょうどいい。

「グレイソンのことで聞きたいの。……彼のこと驚かせたいから、何か教えてくれない? 好きなものとか……」

 何これ、恋する乙女みたいで恥ずかしい。
 リリアンと一緒に考えた通りだし、顔に出さないように意識すればするほど顔が熱くなる。
 私のこれまでの表情を消す訓練はどこにいったの?

「そういうことなら協力しますよ」

 満面の笑みでワイアットが椅子にエスコートする。
 
 おー、なるほど。
 爽やかな笑顔にきゅんときた。
 惚れはしないけど。

「グレイソンの驚く顔なら俺も見たいですね。……あいつ、意外と甘党なんですが、人前では絶対に食べません。顔が緩むからと言って。……それと、あっ!」

 ワイアットが驚いたから、リリアンが来たなと思ってほんの少し彼に近づいててからゆっくり振り向いた。

「…………グレイソン」

 まずい。
 いるはずのない人が立っていた。

 

 
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