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47 浜辺の大詩人フェスティバル ※

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 夏が始まる頃、海辺の街では文学史に名を残す大詩人で劇作家の作品が上演されるそうです。
 いくつものテントを張り、階段状に設置された椅子に座って自然を背景に演劇を観ることができるとのこと。

 まだ数年前に始まったばかりのお祭りだそうですが、年々人気でブレンダン様が希少なチケットを二枚手に入れてくださいました。
 観劇は着飾って、かしこまった劇場で観るものと思っていましたから、わくわくします。
 
 出店にはお土産や、劇作家の生きていた時代の衣装まで売っていて、役者の方なのか売り子なのか観客なのかわかりません。
 
「アリソンも着てみたいかい? あなたなら何を着ても似合うだろう」
「……本当にそうお思いですか?」

 穀物の入っていた袋に穴を開けて被るような衣服が一番手前に飾ってあります。
 
「ああ、もちろん。あれを買って帰ろうか、寝室で着て見せてくれてもいい」
「ブレンダン様ったら! 寝衣にして脱ぎませんから」

 ほんの少し眉を上げてブレンダン様が笑います。

「それならお揃いにしようか」

 二人で袋をかぶって横になる姿を想像したら笑いが抑えられません。

「これから暑くなりますから、着ていられませんわ」
「その時は一緒に脱げばいい」

 ブレンダン様は本当に購入してしまいました。生地はざらりとしていますが案外涼しそうです。

 その後も海鮮焼きやお芋のフライ、バーガーと呼ばれる厚切り肉をパンではさんだものを外で食べました。
 この辺りに住む人々は外での食事がご馳走なのだそうです。
 二人きりでのんびり食事をとるのもひさしぶりで、結婚した頃を思い出しました。
 にぎやかなピクニックも楽しいですが、ゆっくり湖や景色を眺めていたあの頃も恋人同士のようで楽しい記憶しかありません。

 ブレンダン様が当たり前のように私の手をナプキンでふいてくださって、食べ終えたものを片づけて下さいました。 
 夫は今のほうが私を甘やかすような気がします。
 
「さて、そろそろ時間だ」

 観たことのない演目でした。
 敵対する家に生まれた二人が恋に落ち、駆け落ちを計画するもののすれ違う悲劇の物語です。
 演者たちが素晴らしく、観終わった後もぼんやりしてしまいました。

 夕陽が沈んで暗くなり、海辺の夜景が美しくて自然と一体化した素晴らしい演目でしたから。

「アリソン、今出ると混雑しているからお茶を飲んでから戻ろうか」

 今夜は二人で宿屋に泊まることになっています。  
 冷めてもおいしい夕食を頼んでいて、もうすぐ部屋に届くでしょう。
 会場を後にする人たちが多いですが、屋台で食事をとる姿もちらほらあります。

「そうですね、一杯だけ」

 もう少しこの雰囲気に浸っていたいと思いました。
 店内の席は半分以上うまっていて、賑やかです。注文は自分たちで店員のところまで行って注文するようでした。

「アリソン、座って待っていて」

 ブレンダン様にお任せして、私は劇場のほうをぼんやり眺めました。
 頭の中で素敵だったシーンを思い出していますと――。

「あの、すみません」

 突然話しかけられて、ゆっくり声のほうに顔を向けました。

「僕のパトロンになって下さい!」

 突然のことに意味がわかりません。
 ブレンダン様は注文中でこちらに背を向けています。
 私がどうにかしなくては。

「さっきの演目に出ていた方ですね。素晴らしかったですわ。ですが、ごめんなさい。ほかの方をあたって下さい」

 彼はヒロインの従兄役でした。
 すらりとしていて顔立ちも整っていますが、まだ成人したてのようにもみえます。
 俳優だから若く見えるのかもしれませんが。

「一緒にいたのは旦那様ですか? 怖そうな方だ。私ならあなたを癒やすことができます。少し抜け出して私と過ごしませんか? 天国に連れてって差し上げます」

 パトロンの話は聞いたことがありますが、まさか私に声をかけてくるとは思いませんでした。
 今日のドレスも宝石もすべてブレンダン様が用意してくださって、とてもいいものだということはわかっています。

 コーツ伯爵領は年々発展していて、今では裕福といえるでしょう。
 裕福な貴族が愛人を持つことは珍しくありませんが……。

「夫はとても優しいです。少しも怖くありませんわ。あなたの活躍を応援したいと思いますが」

 パトロンは無理だと断る前に――。

「私の愛する妻に何かようか?」

 ブレンダン様がやってきました。
 夫の姿にほっとして笑顔になります。

「……いえ、なんでもありません。よい夜をお過ごしください」

 俳優は綺麗なお辞儀をして去っていきました。

「遅くなってすまなかった」
「いえ、大丈夫でしたわ」
「そうか」

 その後は口数の少ないブレンダン様に演劇の感想を浮かれた気分で話して、甘いメイプルティーを飲み干して宿へと戻りました。
 その時にもう少しブレンダン様の様子に気づいていればよかったのですが……。








「ブレンダン様、お腹が空きましたでしょう?」

 私は胸がいっぱいで食べれそうにありませんが、夫はたくさん召し上がるはずです。
 でも、テーブルに置かれた食事とお酒に目もくれず、ブレンダン様は私を抱きしめて深く口づけをしました。
 
「……っ、ブレンダン、さま?」

 そのままベッドへ倒れ込み、私のドレスのボタンを外していきます。

「私はあなたに飢えている。アリソン、あなたが足りない」

 悲恋の物語でしたので、幸せを確かめたくなったのでしょうか。
 私からも手を伸ばして夫のシャツのボタンに手をかけました。

「あなたが可愛いくて愛しくて、魅力的すぎて困る」
「……そんなことはありません。ブレンダン様のほうが素敵です。大好きです」
「アリソン」

 ブレンダン様は私の全身に口づけすることに決めたようです。
 自分のものだというように、丁寧に触れますから嬉しくもありほんの少しもどかしくなりました。
 体は熱くなっているのに、ブレンダン様が足りないのです。

「ブレンダン様……っ」

 夫の腰に手を回して引き寄せましたのに。

「まだ待って」

 そう言って私をうつ伏せにしたのです。
 髪をよけてうなじに口づけ、背中に触れました。 
 夫の熱い体に包まれて、檻に囚われたような感覚に陥ります。
 少しも嫌ではありません、大好きなブレンダン様ですから。

「アリソン、愛しているよ」

 起き上がったブレンダン様が私の腰を引き上げました。いよいよと思いましたのに、夫は臀部に口づけをすると、そのまま脚のあわいを指と舌で弄んで私を追い詰めます。

「あぁ……っ、もう」
「あなたはすべて可愛いね」

 ブレンダン様の声はいつも通り優しくて、甘く響きました。
 私の体はもう夫の声にも強く反応してしまいます。

「ブレンダン様を……ください」

 枕に顔を押しつけていたせいでくぐもった声になってしまいましたが、ブレンダン様にはしっかり届いたようです。
 質量のある昂まりが、押し当てられました。
 私の腰をつかんで躊躇うことなくお互いの肌が重なるまで押し入ってきたのです。
 すでに馴染みのあるものですが、最初につながる時はいつも特別に思えました。

「……あ、んんっ」

 焦らされた分、体も喜んでいるのを感じます。
 ブレンダン様が震える私の耳元でささやきました。

「あなたを信じている。誘いにのらないと分かっていても今日は嫉妬してしまった」
 
 突然何を言われたのかわかりませんでした。体はブレンダン様を受け入れていて、意識がそちらに引き寄せられてしまいます。

「嫉妬……ですか」
「きれいな顔の男だった」

 パトロンにしてほしいと言った俳優のことなどすっかり忘れていたのです。
 
「ブレンダン様のほうが、格好いいです」
「あなたは本当に可愛い妻だね。それに年々美しくなっているように思う」
「……もしそうだとしたら、ブレンダン様のおかげです。嫁いでから私はとても幸せですもの」

 ブレンダン様は何も言わずにうなじに強く吸いつきました。きっと痕が残るでしょうけど、かまいません。
 今夜は態度で愛していると示してくださるようです。
 それから緩急をつけて揺さぶり始めました。

「……っ、ん、ブレンダン、さまっ……」

 向かい合う時とは違う場所に昂まりが当たって、簡単に頂きに押し上げられます。
 涙も出ますし、枕も顔もぐちゃぐちゃです。

「アリソン、顔が見たい」

 見られたくなくて、枕にうずめたまま首を横に振りました。

「私の最愛、あなたと口づけを交わしたい」

 そう言われてしまったら、断れません。
 顔を向けると、ブレンダン様は優しい眼差しで私を見つめていました。
 その表情だけで私を愛してくれているのだと伝わってきます。
 
「ブレンダン様、愛しています。私がほかの男性に惹かれることはありませんし、ずっとそばにいてくださったら、誰も声をかけませんわ」
 
「できる限りそばにいよう。私もアリソン以外を想うことはないよ」

 口づけをするのだと思いましたのに、ブレンダン様はそのまま私を起こして膝の上に乗せますと、私の片脚を持ち上げてくるりと回転させたため、向き合うことになりました。
 その間ずっとつながっていましたので、どれだけ離れたくないと思っているのかと想像してしまいます。

「嫉妬にまみれた顔を見られたくなかったが、やはりあなたと向き合って抱き合うのが好きだ」
「私も同じです。ブレンダン様、口づけをして下さい」

 ブレンダン様が嬉しそうに笑って、私の後頭部に手を添えました。

「あなたにねだられると張り切ってしまうな」
「ブレンダン様⁉︎ んんっ」

 そんなつもりではありませんでしたのに。
 用意された夕食は遅い夜食となって、ほとんどがブレンダン様のお腹に収まりました。

 朝になってひばりの鳴き声に優しく起こされた私ですが、ブレンダン様が夜に鳴くナイチンゲールだというので中々ベッドから出ることができません。
 カーテンからほんのり光が差し込んでいましたが、甘えたくなった私はブレンダン様の腕の中に囚われることを選びました。
 
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