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44 犬ぞりレース ※
しおりを挟む寒さの厳しい一部の地域では、犬ぞりで郵便を届けたり狩りをしたりします。
コーツ伯爵家の屋敷の周りではあまり見かけませんが、山の奥深くの村では犬たちと暮らす人たちもいました。
「年に一度、犬ぞりのレースがあるんだが、今年は領地から女性の操縦者が参加するそうだ」
「それは素晴らしいですね! でも、危なくありませんか?」
七頭の犬をソリにつないでいくつもの山を越え、険しい道を走るのだそうです。
賞金もでるそうですが、ゴールすることができればとても名誉なことだと聞きました。
「そうだね、危険な面もあると思う。せっかくだから支援したいと考えている」
「いいですね、私も賛成です。それに見てみたいですわ」
およそ十日ほどかけて行うレースと聞きましたので、食糧などの物資を援助することとなりました。
父親の跡を継いで出場する女性は私と同じくらいの年齢で、犬が家族だと言います。
健康的に日に焼けた肌も明るい笑顔もとても素敵だと思いました。
「頑張ってくださいね。楽しみにしています」
「ありがとうございます! しっかりゴールを目指します」
ブレンダン様から観戦できる場所を聞きましたので、時間をつくって応援に行くことにしました。
万全の準備をして、だいたいこの頃に通るだろうと予想を聞いて向かいましたら、すでに盛り上がっています。
一瞬だけ遠くであっという間に走り抜ける様子が見えました。
「今のは男性? 彼女たちはもう通ってしまったかしら……?」
「いや、まだみたいだよ。休みながら待ってみよう」
あまり風のない日でしたが、足元から冷えてきます。
ブレンダン様が少しの風にも当たらないように立ってくださいました。
でも少し近すぎるようにも思うのです。周りの視線が気になって少し恥ずかしく思いました。
「ブレンダン様、大丈夫ですわ」
「私のためでもあるんだ。くっついていたら暖かい」
そう言われてしまったらもう何も言えません。
今日は平民と同じ格好で、私たちの領地ではない場所ですから、知らない人々は新婚だと思って声をかけてきます。
「兄ちゃんは傭兵でもしていたのかい? 結婚資金を貯めるのは大変だから、長く待たせた分離れたくないんだろ?」
「わかるなぁ、俺も若かった頃はそうだった。こんなに可愛い妻がいたら、外へなんて一歩も出たくないと思ったもんだ……もしかして新婚旅行か?」
「そうですね、この後は湖のほうへ向かうつもりです」
傭兵と思われたブレンダン様は年配の方々に話を合わせてにこやかに返事をしました。
みなさん、とても想像力の豊かな方たちみたいです。
「そりゃあ、いい。静かでいい夜になりそうだな」
「そうするつもりです」
今夜は二人で一泊してから帰ります。子どもが産まれてから初めて夫婦だけなので少し新鮮に感じました。
その後もおしゃべりをしながら待っていますと、騒がしくなってきたのです。
「アリソン、向こうへ行ってみようか」
挨拶をしてその場から離れます。
十分離れてから、ブレンダン様に小声で話しかけました。
「私たちが新婚にみえたんですね」
「それはあなたが変わらず可愛いから」
言い返そうと顔を上げますと、唇が重なります。
「どのチームか来たようだ」
私の肩を抱き寄せて指を指します。
応援の声が上がる中、犬が走ってくるのが見えました。
「彼女だわ!」
思ったよりも犬たちは小さく、一生懸命走る様子がけなげに見えました。
ブレンダン様が彼女の名前を呼んで、一瞬私も目が合ったように思います。
楽しそうでもありましたが、真剣な表情に胸が打たれ、言葉が出てきません。
通り過ぎた後も無事に彼女たちがゴールすることを祈りました。
「アリソン、もう少し見ていくか?」
「いえ、大丈夫です」
まだ残っていたい気持ちもありますが、次のチームがいつ通るのかもわかりません。
「それなら移動して暖まろう」
「はい、湖も楽しみです」
分厚い氷だとわかってはいるのです。
以前馬車で通ったこともある湖の上にブレンダン様と立っていました。
そこで焚き火をするなんて信じられなかったのです。
「これくらいでは解けることはないよ」
他にも何組か焚き火を楽しんでいます。
万一を考えてしまって思わずブレンダン様の腕をきつくつかんでしまいました。
やっぱり氷の上に立つことは安定しませんし、落ちつきません。
「アリソンは怖がりだね。大丈夫だ」
私を安心させるように抱きしめてくださるから、大きく息を吸って呼吸を整えました。
ブレンダン様の腕の中にいると安心します。
焚き木がパチパチと爆ぜて、ブレンダン様が火の粉が飛んでこないように私を抱き込みました。
いつも大事にされているなぁと感じて胸の中も温かくなります。
「ブレンダン様、早めに宿屋に戻りませんか?」
今夜泊まる宿は初めて利用するのですが、レースを見る前に荷物を置きに寄りましたのでとても暖かくて心地いい部屋だということはわかっています。
「そうだな、少し風も出てきたし戻ろうか」
完全に二人きりになるのは久しぶりでした。
夫婦だけだとこんなに静かだということを忘れていたようです。
部屋に入り、お互いに何も言わずに一緒に風呂に入りました。
お互いの髪をふきあって、寝室へと向かいます。
「ブレンダン様」
口づけを交わすのも私たちにとって自然なことで、深まるのも当然のことで……。
「あなたは日に日に魅力的になっていくね。今日だって隙あらば声をかけようとする男たちがいた」
「お義父様くらいのお年の方ばかりでしたわ」
新婚夫婦かと聞いてきた人たちは娘を見るような目だったと思います。
ブレンダン様はきっと私をからかっているのでしょう。
「若い男が近寄らないように年配の集まりの近くに立ったんだ。きれいな大人の女性に憧れる年頃はある」
笑おうとしましたら、思いのほかブレンダン様が真面目な表情を浮かべていました。
成人したばかりのような青年たちは確かにいましたし、目も合ったとは思いますがそれだけです。
「私はブレンダン様しか見ていませんわ」
「わかっている。私の妻に見惚れる気持ちもわかるし誇らしくもあるが、熱っぽく見つめられるのはおもしろくないね。大人げないと笑ってもかまわないよ」
「私も、もしブレンダン様が若い女の子たちに見つめられたら嫌かもしれません。隠してしまいたくなるかも……」
想像しただけで嫌な気持ちになります。
ブレンダン様のことは信じていますが、結婚していても嫌なものは嫌なのかもしれません。
「私も時々あなたを私の腕の中に閉じ込めてしまいたくなるよ、アリソン」
ブレンダン様はそう言って私に唇を寄せました。
触れる直前、ぴたりと止まります。
「今夜は閉じ込めてもいいだろう?」
私がはいと言うのと同時に唇が重なりました。ベッドに倒れ込み、本当に夫の腕の中に閉じ込められたみたいです。
どきどきしてきました。
今日もブレンダン様の体温が高いです。
どこに触れられても心地よくて、すべてを明け渡しました。
何も身にまとわずに触れ合う今も、とても幸せな時間です。
「可愛いな、アリソン」
夫の昂まりが私の中で脈打つのを感じます。ぐいっと奥を穿たれて声を漏らしました。一気に頂きまで押し上げられて、熱で目の前がゆがんでみえます。
不思議なことですが、子どもを産んでからのほうが、今までより感じやすくなったかもしれません。
「ブレンダン様、私……」
つかまっていないとおかしなことを言ってしまいそうで、腕を背中に回してぎゅっと引き寄せました。
「愛しい人、何も考えないで身をゆだねて」
唇が重なって、私を誘うように舌が絡め取られました。
考え続けるのは難しいです。
ブレンダン様がゆっくりと腰を引き、またゆっくりと前へ進めました。
「ん、ん……っ」
緩慢な動きだからこそ、はっきりと昂まりの形を感じとってしまって体が勝手に震えます。
訳もなく泣いてしまいそうになって、耐えていますと、ブレンダン様は体を起こして私が反応したところばかり攻め始めました。
「ブレンダン、さま……っ⁉︎」
「あなたがとても可愛い顔をするから」
ポロッと涙がこぼれます。
それにかまうこともできないまま、私の両脚が夫の肩にかけられました。
体を倒した夫と唇を重ねながら深い結合に私はなすすべもありません。
「愛しているよ」
「んっ……私も」
指先で私の涙を拭った後、ブレンダン様が笑顔を見せます。
「ブレンダン様、あの」
「あなたが嫌がることはしないから」
私の手をとって指先に口づけした後、思うままに揺さぶったのです。
「……あっ、待って……っ、あ、ああっ」
「あなたが気持ちよさそうにしていると、たまらないな。……抑えられなくなりそうだ」
確かにブレンダン様は嫌なことはしませんでした。
お互いを独り占めして、私も夫も幾度となく達した後、体を重ね合わせたまま眠りに落ちたのです。
夢の中でブレンダン様と楽しくソリに乗ってゴールしたのは昼間の影響でしょうか。
きっと彼女も笑顔で犬たちとゴールするのだと、意識が浮上する中で思いました。
******
* お読みいただきありがとうございます。犬ぞりレースのイメージです。↓
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