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【3】
51 スタンピードに備えて ※微
しおりを挟む「……愛しているよ」
ブレンダン様はそう言うと、目の前の女性が大きくて愛らしい瞳を潤ませて抱きつきました。
私はいったい、なにを見てしまったのでしょう。
凍りついたように足が動きません。
「初めて会った時から好きでした」
あの女性はとても可愛らしくて――。
コーツ伯爵家の領地では、スタンピードと呼ばれる野生の動物たちの暴走は長い間起きていないそうです。
でも義父が子どもの頃には山奥の集落で被害もあったのだとか。
今は街に住む人が多いのですが、グリズリーなどの動物が増えすぎていないか、柵など壊れていないか等毎年確認するものの、万一に備えての訓練は数年に一度行ってきました。
いくつかの領地で協力して順番に行うためで、今年がうちの領地の番です。
それぞれ家族を連れてやって来るため、にぎやかになり、ちょっとしたお祭りのようでもありました。
ブレンダン様と仲の良い子爵家の子どもたち――子息は数年前に結婚しましたし、子爵の陰に隠れていた少女は社交界にデビューして初々しくて愛らしいレディとなりました。
彼女も自分の魅力に気づいているのかもしれません。とても笑顔が可愛いのですもの。
まだ婚約者はいないとのことですが、いつ決まってもおかしくないように思えます。
彼女は前回、ブレンダン様をじっと見つめていました。
夫は優しくて強くてとても格好いいですから、大人の男に憧れて目で追いかけてしまうのもわかります。
ただ、年の差がありますからまったく気にしておりませんでした。
今回はブレンダン様の周りで見かけることが多いとは思いましたが、彼女の兄もそばにいましたので深く考えなかったのです。
『明日はスタンピードの真似事をして山の中を走り回るよ』
走り回る役はほかの領地の馬に乗り慣れた者たちで、遠乗りの気分で楽しむそうです。
集落の安全確認もしっかり行いながら。
私は屋敷で子どもたちとご馳走を用意して待つのですが、彼女は馬に乗って駆け回ったと聞きました。
馬に乗らない方々は街の市場で買い物を楽しんだり、温泉でくつろいだり、自由に時間を過ごしますから気づきませんでした。
いつの間にか私の知らないところでブレンダン様と彼女が仲良くなっていたのでしょうか。
恋に落ちるのに年なんて関係ありませんもの。
ブレンダン様は――。
「あなたはもう子どもじゃないんだから、むやみやたらに行動してはいけないよ」
夫の諭すような声にはっとしました。
二人からは見えない場所にいますが、思わず口元を覆いました。
夫は後ろに下がって彼女から離れます。
「だって、社交界にはコーツ伯爵よりすてきな人はいないんです! 私のほうが奥様より若いですし、男性は若いほうが好きだって聞きました!」
社交界にブレンダン様よりすてきな人がいないことについては私も大きく頷いてしまいました。
彼女のほうが若いことも事実です。
ブレンダン様が首を横にかしげました。
「若い女性が好きな男はいるが、すべてではないよ。私は妻が歳を重ねて深いしわが刻まれたとしても変わらず愛しているだろう」
「そんな……! でも、私が聞いたのは……!」
「なにを聞いたかわからないが、私から妻と別れることはない。年の近い男を探したほうがいい」
「だってみんな子どもっぽいんです!」
「全員ではないはずだよ。私とは歳が離れすぎていると思うが……賢明なあなたの子爵なら似合いの相手を選ぶと思うから、じっくり話してみたらいい」
彼女は納得していない表情です。
するとブレンダン様が言いました。
「私と妻はお互いに再婚で、妻にとっては望んだ結婚ではなかった。だが時間をかけて仲を深めたんだよ。まだ妻のすべてをわかったとは言えないし、もっと知りたいし一緒に過ごす時間は楽しくて癒されて、とても愛しい存在なんだ」
ブレンダン様は外で寡黙だと思われていますし、こんな風に私のことを話すとは思いませんでした。
少し……いえ、だいぶ語りすぎではないでしょうか。
顔が熱くてたまりません。
「でも……でも 私だって愛されたいんです!」
「そうだね、だがその相手は私ではない」
ブレンダン様はきっぱりと言いました。
「……っ、私にチャンスは少しもないんですか?」
夫はないと言い切り、
「朝目覚めて、隣に妻がいるのを見て安らぐんだ。それから妻の体温を感じて幸せを噛みしめる。私はささやかなことで喜ぶ、ただの男だよ」
しばらくうつむいていた彼女が顔を上げました。
「……わかりました、あきらめます。代わりに夫人からコーツ伯爵のような人を見つけて逃さない方法を聞いてきます!」
彼女はブレンダン様にくるりと背を向けて早足で去っていきました。
夫がまいったな、とつぶやくのが聞こえてしまい、思わず笑い声を漏らしてしまったのです。
「……そこにいるのは、誰? 野うさぎ?」
ブレンダン様が近づいてきました。
どうしましょう、聞き耳を立てていたのがばれてしまいます。
でも今さら逃げたところで捕まってしまうでしょう。
「ごめんなさい、ブレンダン様」
姿を表すと、夫にすっぽり抱きしめられました。
「私の愛しい妻はどうして謝るのかな?」
顔を上げますと、そっと唇が重なりました。
「二人の会話を聞いてしまったから。でもわざとではないんです」
「なにも聞かれて困ることなんて話してないよ」
そうは言っても、はしたないことをしたと思うのです。
「でもごめんなさい。彼女がさっきの話を広めてしまうことはないでしょうか?」
ブレンダン様が笑われるのはいやです。
「広まっても困らないよ。本当のことだし、アリソンに変な虫が寄ってくるのも嫌だからね」
にっこり笑って私の背に手を当てて歩き出します。
「スタンピードにそなえるのはアリソンのほうかもしれないね」
すぐに意味がわかりませんでした。
もしかして――。
「デビュタントの子たちに結婚生活の秘訣とか訊かれるかもしれない、ということですか?」
そんなことあるのでしょうか。
わかりませんが、念のためそなえておくほうがよさそうです。
「ブレンダン様、疲れましたでしょう? 晩餐まで時間がありますから、湯船にゆっくり浸かってはいかが?」
「いいね、もちろん一緒に入るだろう? あなたと話したい」
軽い気持ちで頷きました。
でもブレンダン様は会話を楽しみたかったわけではなくて、私のことがどんなに好きか、どれほど大切か全身で表したかったようです。
「ブレンダン様っ、私から離縁など、絶対ありませんからっ」
「本当に? 私のほうが歳が上だから飽きられないようにしないとね」
そう言いながら、一定のリズムで揺さぶるのです。
私よりも体力があって、いつだってブレンダン様より先に眠りに落ちてしまいますのに。
「飽きるなんて……あり得ませんわっ」
ブレンダン様はいつも私を外に連れ出して新しい世界を教えてくださいます。
そう考えたら――。
「私のほうが……っ、ブレンダン様、を、知らないのですっ」
ぴたりと動きが止まりました。
「アリソン、あなたは本当に……」
唇を深く重ねましたので、その後なんと言ったのかわかりません。
ですが、ブレンダン様は少し意地悪で、私たちは晩餐に間に合いませんでした。
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これからはブレンダン様に大事にしてもらって幸せいっぱいですね✨
ラブラブの2人の甘い描写が素敵でした。
引き続き読ませていただきます。
どうにもこうにもざまぁが下手くそで!
スッキリしていただけたならよかったです。
アリソンの家庭環境は恵まれたものではなかったので、再婚後は思いっきり幸せになってほしいなーって。
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息抜きにのぞいていただけると嬉しいです。
青空一夏さま、コメントありがとうございました🤗
再びの更新、楽しみにしておりました。
やっと、この2人というかブレンダンさまらしいアリソンラブ❤️の様子が読めて
嬉しかったです😄
もうすぐSummer vacationですし、
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