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33 メープルパイと古城の宿①

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* 今回の話は全2話の予定です。








******


 サトウカエデの葉が色づいて来た頃、私たちは古城を改装したという宿へ馬車に乗って向かいました。
 メイプル街道と呼ばれる長い長い道を進みます。

 この時期は紅葉を楽しみながら旅する人々も多いのですが、北の端から南の端まで馬を急がせても二月以上かかると聞きました。
 のんびり各所に立ち止まっていたら半年はかかるそうで、紅葉を楽しむ旅とはかけ離れてしまいます。

 馬車に乗り続けるのも疲れますから、好きな街に立ち寄ってのんびり過ごすのが秋の旅の楽しみ方なのかもしれません。

「もともと隣国の影響を強く受けている土地だから、言葉も訛りが強いし、食べ物も味付けが違う」

 名物料理はサーモンを使ったものや、野鳥や野うさぎの料理。他にも、ミートパイやメープルパイなのだとか。
 特にサトウカエデの一番の産地と聞いています。

「メープルパイは普段食べているパイとどう違うのでしょうか?」

 サトウカエデを使ったナッツが香ばしいパイだと思っていましたが、興味がわきます。

「いろいろ食べてみるといい」

 ということは、きっと種類が多いのでしょう。
 ブレンダン様は美味しいものをたくさん知っているので、とても楽しみになりました。
 
「街を散策するから、きっとお腹も空くよ」
 
 石畳や街並みが異国のようだと聞いています。
 きっと本や絵で見たものとは違うのでしょう。
 サトウカエデ――シュガーメイプルの木はオレンジ色の葉をつけますが、レッドメープルはその名の通り真っ赤に色づきます。
 山が燃えているように赤くなると聞いて、ますます楽しみになりました。











「大きい城ですね。本当に別の国に来たみたいです」

 宿は古城の良いところを残したまま、過ごしやすいように改装されていました。とても良い雰囲気です。
 
「私たちの部屋から、山が大きく見えるようだよ」

 過去に何度も改築してきたのか、入り組んだ造りです。
 ダンスホールになりそうな大広間や着飾って入るようなレストラン、開放感あふれるカフェからは甘い香りがしましたし、ゲームルームもありました。

 部屋に入ると正面の大きな窓から赤く色づいた山が大きく見えます。

「燃えているみたい」
「そうだね」

 部屋に飾られた花や果物、お酒のボトルに気づいたのはしばらく経ってからのことでした。
 いつの間にか荷物も運び込まれています。

 今回は五日ほど滞在予定ですが、馬車できたこともあって荷物も多め。というのもレストランでの食事は着飾る必要があるからです。
 
「ムッシュー、マダム」

 私たちのように景色に目を奪われる客も多いのかもしれません。
 食事や部屋の説明をした後、ベルマンが一礼しました。

「……それでは、ごゆっくりおくつろぎくださいませ」

 私たちは部屋を探索した後、街へ向かうことにしました。
 今回連れて来た御者の親子にはのんびり休んでもらうことにして、私たちは宿から街を往復する乗り合い馬車を使います。

 小高い丘に宿はありますから、歩いて街に向かうのは諦めました。
 明日の朝なら運動になっていいと思いますが、日が短くなってきたのでしかたありません。

 今日は来る途中で見かけた商店街へ向かいます。
 活気があって人々も楽しそうな様子でしたし、サトウカエデの甘い匂いがしました。

「異国に紛れ込んだみたいな気分です」

 ブレンダン様の耳もとでそっと伝えました。
 訛りが強いのかと思いましたら、異国の言葉で話している人たちも多いようです。

「そうだね。長くこの国を治めていたのが他国の民だったから、この土地の言葉となっているようだな」

 ブレンダン様は軍に属していた時にいろんな方々とご一緒して、言葉に慣れているのでしょう。
 だって、なめらかな異国語で挨拶しているんですもの。
 ますます好きになってしまいます。

「ブレンダン様、どこかおすすめのお店がありますか?」
「いや、この辺りはだいぶにぎやかになっていて、よくわからない。アリソンの直感で入ってみようか」

「直感、ですか……? じゃあ、私が選んでブレンダン様の直感がだめだと思ったら止めてくださいますか?」

 そう言ったら吹き出して笑い出しました。
 真面目に考えましたのに。

「アリソンの直感を信じるよ。安全な酒場選びなら私の直感を信じてほしいが、カフェや雑貨屋となるとよくわからないな」
「そうですか、わかりました」

 確かに、この辺りは女性向けのお店が多い気がします。
 特にいくつもカフェがあって、それぞれ雰囲気が違うようでした。
 甘い匂いは、きっとそのせいだと思います。

「ブレンダン様、さっそくメープルパイを食べてみませんか? あのお店で」
「いいね」

 人気のお店のようで、あちらこちらで明るく会話が交わされ、気楽な雰囲気です。
 家族連れも多い印象で、テラス席に座りました。
 通りがかる人々を眺めながら、この後どこへ向かうか考えるのもいいと思ったのです。

「お待たせしました、当店自慢のメープルパイとコーヒーになります」

 見た目から違いました。
 パイというより甘いクッキー生地の上に、サトウカエデをたっぷり使った柔らかいキャラメルのようなフィリングで、とても甘いです。
 苦いコーヒーといただくとちょうどいいのかもしれません。

「とても甘くて驚きましたが、おいしいですね」
「あぁ、コーヒーをおかわりしたくなるが」

 そうかもしれません。
 甘いものがお好きなブレンダン様が、笑ってしまうほどの甘さのようです。
 でも私たちはコーヒーは一杯にとどめて、ほかのお店をのぞきながら歩くことにしました。

 チョコレートの専門店やワインの専門店、もちろんメープルシロップの専門店もあります。

 お店に目をとめると、ブレンダン様がなんでも買おうとしてしまうので少し困ってしまいました。
 ドレスや宝飾品のお店の前は特に速足になってしまいます。
 とても長い商店街なので、運動になってよかったかもしれません。

 だって、ほかのメープルパイも食べてみたくなりましたから。
 
「ブレンダン様、今度はメープルパイとミートパイにして半分ずつにしませんか?」
「いいね、そうしよう」

 薄暗い店内はろうそくのほのかな明かりが頼りで、中にいる人たちは読書したり静寂を楽しんだりして、のんびり過ごしているようです。
 先ほどの店とはずいぶん雰囲気が違いました。

 こちらの店はメープルシュガーパイと言って、ずいぶんと薄いパイです。
 こちらもナッツはありませんが、柔らかめのフィリングと土台のクッキー生地がサクサクして食べやすいです。
 どっしりとした甘さですが、コーヒーとの相性がいいのが共通かもしれません。

「ミートパイ、おいしいよ」

 小さな声でブレンダン様が言って、ミートパイを半分分けてくれました。

「メープルパイもおいしいですよ」

 私も同じようにメープルパイを半分渡しました。
 ミートパイはスパイスがしっかりきいておいしいです。
 ミートパイもほかのお店のものを食べてみたくなりましたが……。

「これ以上食べたら晩餐が入らなくなってしまいそうです」
「それなら部屋に軽食を持って来てもらってもいい」
「でも……」

 この旅行のためにブレンダン様が新しく用意してくれたドレスを着て見せたい気持ちもあります。

「今日は宿に着いたばかりで疲れているだろう。今夜の食事は軽めにしてもらって、明日ドレスを着て見せてくれないか?」

 ブレンダン様は私の心が読めるのでしょうか。
 
「はい、そうしたいです。ありがとうございます、ブレンダン様」

 楽しい旅は始まったばかりです。







******

 お読みくださりありがとうございます。

* ベルマン→宿泊者の荷物の運搬、客室への案内など。ベルパーソンとかベルガールとかページボーイなどほかの言い方もありますが、今回はこちらで。

* メイプル街道は800KMほどあるそうで、ちょっと現実のものも採用してみました。
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