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25 メープルシロップフェスティバル※
しおりを挟む小さな街で開かれるメープルシロップフェスティバルは、朝早くから賑わうと聞いていました。
春にサトウカエデからたくさん樹液が採れるので、みんなで収穫を祝うのだそうです。
日が昇るころからパンケーキがどんどん焼かれて、目の前でひたひたになるほどサトウカエデのシロップがかけられていました。
どんどん皆さんのお腹に入っていきます。
ソーセージを焼く匂いもしますから、甘い物と塩気の物が食べられるので、交互にたくさんいただく方も多いのかもしれません。
「甘くて幸せな香りですね」
私がついのんびり歩いてしてしまうので、ブレンダン様が観光客とぶつからないように守ってくださいました。
ごめんなさい、と言うと混雑しているから気をつけてと笑います。
相変わらず、ブレンダン様は怒りません。
たいしたことではないし、朝から怒って一日を台無しにしたくないのだと。
私のほうが気をつけないといけないと思いました。
でも、私が周りを気にしてしまう性質だから、ブレンダン様の前では肩の力を抜いて自然体でいてほしいのだそうです。
いつだって甘やかそうとするのです、今だって。
「好きなだけ食べるといい。帰りは抱っこしてあげるから」
「……動けなくなるほど食べませんわ。ブレンダン様も宿屋まで歩ける程度にしてくださいね」
彼は私の耳に唇を寄せてささやきます。
「あなたを食べるほうが満たされるからね。パンケーキは前菜かな」
「……パンケーキは朝食ですわ」
これではパンケーキを食べた後でベッドに逆戻りしてしまうかもしれません。
昨夜だって、いつもと違う環境で盛り上がってしまったと言うのに。
でもあれは湯船にたくさん花びらがまかれていたり、大人が眠れそうなくらいの大きなソファがあったり、大きな出窓があったり……とにかくいつもと違ったのです。
朝から思い出すのはよくないかもしれません。顔が熱くなりました。
ブレンダン様の腕に腕を絡めて寄り添います。これなら、彼のペースに合わせて歩けばいいので問題ないはず。
安心もします。
近くにいるとどこか触れていたくなるのは、私がとてもブレンダン様を好きだと自覚させられるようで少し恥ずかしくなりました。
ブレンダン様が私の顔をのぞき込みます。
「顔が赤いのは、どうして?」
きっとわかっていて聞いているのでしょう。
「……ブレンダン様の想像通りだと思います」
「そうなのか? それなら早くパンケーキを食べて宿に戻ろうか」
「……どうしてそうなるのです?」
ブレンダン様がいたずらっぽい顔で笑います。
パンケーキは前菜。
メインディッシュは――。
「ブレンダン様! せっかくのフェスティバルなんですから、楽しみましょう!」
ブレンダン様は楽しそうに笑い、色々勧めてくださいました。
屋台を見て回り、さっそくパンケーキをいただきます。
今年採れたサトウカエデのシロップはとても美味しくていつもよりたくさん食べてしまいました。
淡い色のものから濃いものまで、煮詰め方が違うようで、色々味見したくなったのです。
結局私は三枚のパンケーキを。
ブレンダン様は七枚食べたでしょうか。
私の分を手伝ってくださったので。
せっかくなのでシロップをお土産に買うことにします。
一年分の量を買う方も多いようで、大きな瓶に詰めてもらっている人をみかけました。
私達も屋敷の皆さんとも楽しめるようにたくさん買うことに。
パンケーキやお菓子だけでなく、いろいろな料理が生み出されると思います。
今から楽しみで自然と笑顔が浮かびました。
それから香ばしく焼かれた骨つきの鶏肉や、サトウカエデのタルトなど、ブレンダン様のおすすめを端から口にしました。
最後に一番気に入ったサトウカエデのシロップと薄く焼かれたパンケーキを食べて、もうこれ以上は食べられないと思ったのです。
「そろそろ戻ろう」
これでは昼食は入りそうにありません。
こんなはずではなかったのですが……。
「抱っこして帰ろうか?」
私よりたくさん食べたはずのブレンダン様はけろりとして言います。
「大丈夫です。歩いたほうが良さそうなので」
「そうか? 美味しそうなものは全部アリソンに食べさせたくなったんだ」
「全部……」
ブレンダン様は私がお腹に手を当てているのを見て、心配そうな顔をしました。
一年に一度、一日限りのフェスティバルなので、私は欲張りになってしまったようです。
「ブレンダン様、大丈夫ですよ。全部おいしかったです。来年もまた来たいですね」
私に手を伸ばして抱き上げようとしましたので、慌てて一歩後ろに下がりました。
こんなに人通りの多いところで抱えられるのは恥ずかしいです。
「アリソン、遠慮しなくていいのに。ほら、周りだって愛しい人を抱えているよ」
ぐるりと見渡すと、親が子どもを抱っこしている姿はちらほら見ることができましたが――。
「……ブレンダン様、歩きます。宿屋でゆっくりしましょう」
「わかった。ちなみに夜は音楽家の演奏があって、窓を開ければ部屋からでも聞こえるらしい。近いから観に行ってもいいが」
どうしたいか訊かれて、迷ってしまいました。
「興味はありますが、今はお腹がいっぱいでその時になってみないと……。部屋から聴こえるならのんびり過ごすのもいいですね」
「わかった。一休みしてから考えよう」
ブレンダン様はとてもいい笑顔を浮かべました。
宿屋に戻って一休みした後、私は睦み合うことになるとは思わなくて。
気怠いままうとうとしていますと、かすかに音楽が聴こえ始めて慌てました。
「ブレンダン様! もうそんな時間に⁉︎」
「少し待っていて」
起き上がった彼がわずかに窓を開けますと、程よい音量です。
人々のざわめきも感じますが、ここは三階なので人目を気にする必要もありません。
再びベッドに上がったブレンダン様が私を抱きしめました。
「今年はここで聴こう。来年は観に行ってもいいね」
「はい」
春の夜はまだ少し寒いです。
隙間がないくらい抱きしめ合って、唇を合わせました。
啄むようなそれは、次第に熱を帯びて――。
「ブレンダン様、窓が……っ!」
私の片脚をつかんで持ち上げ、ブレンダン様の昂まりが私の中へ収まります。
「アリソンが声を出さなければ大丈夫だよ」
「そんな……っ、待って……んんっ」
再び唇が重なり、私のくぐもった声は彼の口内へと消えていくのですが、高まってくると口づけをやめてしまうのです。
これでは外に声が漏れて――。
「アリソン、可愛いな」
さっきまでは穏やかでしたのに、ブレンダン様が激しく揺さぶり始めました。
慌てて唇に手を当てて声を誤魔化すのですが、私の体のすべてを知っていますので容赦なく攻め立てるのです。
「声を出しても音楽にかき消されて、聞こえないよ」
そう言うのですが、どこからかおしゃべりや笑い声、それに時々歓声が聞こえてくるのです。
口を押さえたまま顔を横に振りました。
昼間のブレンダン様はとても甘かったのに、今夜の彼はいつも以上に意地悪です。
ほろりと涙がこぼれました。
気持ちいいのに、苦しいのです。
「……まいったな。あなたに優しくしたいがいじめたくなってしまうんだ」
動きを止めたブレンダン様が、私の涙を拭い、目尻に口づけを落としました。
「窓を閉めたら、遠慮しないで声を出してくれるか?」
「え? あの……」
「待っていて、愛しい人」
ブレンダン様が私の頬を撫でた後、返事を待たずに体を引きます。その刺激に声を漏らさぬよう耐えていますと、すぐに窓を閉めて戻ってきました。
ブレンダン様の体力はどうなっているのでしょう。
「遠慮しないで。ただ、あなたを甘やかしたいんだ」
「あの、ブレンダン様……?」
「せっかく、フェスティバルに来たから、あなたにしてあげたいことがある」
「あの、それは……?」
ブレンダン様はにっこりと笑います。
メープルシロップフェスティバルが終わって、宿屋から軽食が届いても、私達はベッドの上で過ごすのでした。
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