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【2】
12 氷の道とタフィ
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* いい夫婦の日で思い浮かんだのがこの二人です。息抜きにどうぞ。
******
「湖の上が歩けるのですか?」
とても大きな湖なので、夏場に訪れた時は風が吹くと涼しくて、心地よい時間を過ごすことができました。
けれど、今目の前に広がる景色は一面が氷で覆われているのです。
「ほら、車輪の跡があるだろう? 冬は湖の上を渡って荷を運ぶんだ」
たしかに目を凝らしてみると、車輪の跡だけでなく、人間や動物の足跡があります。
「氷が薄い場所はないのですか? 誰か落ちたことは……?」
もしも湖の真ん中で落ちてしまったら……。
そう考えると恐ろしくて、見ているだけで足がすくんでしまいそうです。
「私が生まれてからは聞いたことがないな。……この氷の厚さはアリソンの背丈くらいあるらしいから」
「私と同じくらい……? それはすごいですね」
そう答えた時、奥の方から荷車がやってきます。穀物の袋が積み重なって、見るからに重そうに見えました。
「やぁ、こんにちは。あなた達もフェスティバルに行くのかい?」
気の良さそうな農夫です。
今日のブレンダン様と私は簡素な衣装で、隣の領地の伯爵夫妻には見えないように工夫をこらしました。
旅行中の裕福な商人夫妻に見えるように、使用人達が仕上げてくれたのです。
「そうだ。今日は賑わっている?」
「ああ、もちろん。この時期は毎日賑やかさ。……お二人は新婚旅行かな? 急いで行けばサトウカエデのタフィ作りができるよ!」
「タフィ……? やってみたいわ」
私がそう言うと、ブレンダン様がにっこり笑って頷きます。
「教えてくれてありがとう」
「なんてことないよ。良い一日を!」
そういうわけで、私達は湖を渡ることになりました。
御者の待つ馬車に乗り込んだ後、隣に座ったブレンダン様の手をきつく握ってしまったのは仕方ないと思うのです。
「あなたは意外と怖がりだな。そこも可愛いが」
「……初めてのことは、怖いものです」
ブレンダン様が私の手を握ったまま、手袋越しに口づけを落としました。
「抱っこしようか? 万一の時はすぐに助けられる」
「…………」
本当は頷きたかったのですが、ブレンダン様の揶揄いを含んだ声に、大人げなく拗ねてしまいました。
「まいったな……そんな顔も可愛くて」
ブレンダン様には、一体私がどんなふうに見えているのでしょうか。
本当に私に甘過ぎると思います。何をしてもこの調子なのですから……。
私も拗ねたままではいられません。
「ブレンダン様、大好きです。でも」
その続きを言うことはできませんでした。
ひょいっとすくい上げるように、ブレンダン様の膝の上に乗せられて唇が重なります。
「でも? なに?」
続きを話そうとする私に、再度口づけしました。唇を啄んで、それから――。
「最愛の人、言ってごらん?」
「……忘れてしまいました」
ずるいとは思うのです。
ですが、これ以上拗ねてもいられませんし、温かいブレンダン様の腕の中で安心している自分がいますから、これでいいのでしょう。
馬車が止まると、ひらけた場所にたくさんの屋台が並んでいました。
細長く切って揚げた芋が人気のようで、屋台によってチーズソースをかけたり、レモンを絞ったり工夫しているようです。
パンケーキにサトウカエデのシロップをかけたものや、香ばしく焼いた鶏肉、白身魚のフライ、ウイスキーも飲めるようになっているようでした。
それから、綺麗な雪の上でのサトウカエデのトフィ作りは子供達も楽しそうに作っています。
「私達も並ぼうか」
どうやって作るのか近くで眺めながら待ちます。
職人さんがサトウカエデのシロップをとろりと煮詰めて、細長く雪の上にたらしました。
それを細い棒でゆっくり巻きつけていくようです。
慌てるとうまく巻きつかないようですが、のんびりしていると固まってしまってとても不恰好に見えました。
「さぁ、どうぞ」
私達の番がやってきて、雪の上に落とされたタフィを押しつけるように棒に巻きつけていきます。
思ったよりも難しくないかもしれません。
ブレンダン様も問題なさそうです。
最後に形を整えるように転がすと、冷たい雪が表面につきました。
私が作ったものはブレンダン様へ。
ブレンダン様が作ったものは私がいただくことになりました。
「口を開けて」
人前ですのに、当たり前のように差し出します。
新婚さんなのね、そんな声が聞こえてきましたがブレンダン様はいつも通りでしたので、何でもないことのようにいただきました。
「……甘くて、冷たくておいしいです」
私も同じように渡しました。
ブレンダン様はあっという間に食べてしまいましたが、私は口の中でゆっくりとかして楽しみます。
「来年もまた来よう」
「……湖を渡って、ですか?」
行きは無事でしたけど、帰りのことを考えたら少し不安になってしまいました。
私の眉間にブレンダン様の指が触れます。
「今日はずっと抱きしめてあげるから頑張って」
ブレンダン様に守ってもらえるなら、そのうち氷の道も怖くなくなると思います。
「はい、また来ましょうね」
きっと私は甘くて冷たいトフィをまた食べたくなるのでしょう。
******
「湖の上が歩けるのですか?」
とても大きな湖なので、夏場に訪れた時は風が吹くと涼しくて、心地よい時間を過ごすことができました。
けれど、今目の前に広がる景色は一面が氷で覆われているのです。
「ほら、車輪の跡があるだろう? 冬は湖の上を渡って荷を運ぶんだ」
たしかに目を凝らしてみると、車輪の跡だけでなく、人間や動物の足跡があります。
「氷が薄い場所はないのですか? 誰か落ちたことは……?」
もしも湖の真ん中で落ちてしまったら……。
そう考えると恐ろしくて、見ているだけで足がすくんでしまいそうです。
「私が生まれてからは聞いたことがないな。……この氷の厚さはアリソンの背丈くらいあるらしいから」
「私と同じくらい……? それはすごいですね」
そう答えた時、奥の方から荷車がやってきます。穀物の袋が積み重なって、見るからに重そうに見えました。
「やぁ、こんにちは。あなた達もフェスティバルに行くのかい?」
気の良さそうな農夫です。
今日のブレンダン様と私は簡素な衣装で、隣の領地の伯爵夫妻には見えないように工夫をこらしました。
旅行中の裕福な商人夫妻に見えるように、使用人達が仕上げてくれたのです。
「そうだ。今日は賑わっている?」
「ああ、もちろん。この時期は毎日賑やかさ。……お二人は新婚旅行かな? 急いで行けばサトウカエデのタフィ作りができるよ!」
「タフィ……? やってみたいわ」
私がそう言うと、ブレンダン様がにっこり笑って頷きます。
「教えてくれてありがとう」
「なんてことないよ。良い一日を!」
そういうわけで、私達は湖を渡ることになりました。
御者の待つ馬車に乗り込んだ後、隣に座ったブレンダン様の手をきつく握ってしまったのは仕方ないと思うのです。
「あなたは意外と怖がりだな。そこも可愛いが」
「……初めてのことは、怖いものです」
ブレンダン様が私の手を握ったまま、手袋越しに口づけを落としました。
「抱っこしようか? 万一の時はすぐに助けられる」
「…………」
本当は頷きたかったのですが、ブレンダン様の揶揄いを含んだ声に、大人げなく拗ねてしまいました。
「まいったな……そんな顔も可愛くて」
ブレンダン様には、一体私がどんなふうに見えているのでしょうか。
本当に私に甘過ぎると思います。何をしてもこの調子なのですから……。
私も拗ねたままではいられません。
「ブレンダン様、大好きです。でも」
その続きを言うことはできませんでした。
ひょいっとすくい上げるように、ブレンダン様の膝の上に乗せられて唇が重なります。
「でも? なに?」
続きを話そうとする私に、再度口づけしました。唇を啄んで、それから――。
「最愛の人、言ってごらん?」
「……忘れてしまいました」
ずるいとは思うのです。
ですが、これ以上拗ねてもいられませんし、温かいブレンダン様の腕の中で安心している自分がいますから、これでいいのでしょう。
馬車が止まると、ひらけた場所にたくさんの屋台が並んでいました。
細長く切って揚げた芋が人気のようで、屋台によってチーズソースをかけたり、レモンを絞ったり工夫しているようです。
パンケーキにサトウカエデのシロップをかけたものや、香ばしく焼いた鶏肉、白身魚のフライ、ウイスキーも飲めるようになっているようでした。
それから、綺麗な雪の上でのサトウカエデのトフィ作りは子供達も楽しそうに作っています。
「私達も並ぼうか」
どうやって作るのか近くで眺めながら待ちます。
職人さんがサトウカエデのシロップをとろりと煮詰めて、細長く雪の上にたらしました。
それを細い棒でゆっくり巻きつけていくようです。
慌てるとうまく巻きつかないようですが、のんびりしていると固まってしまってとても不恰好に見えました。
「さぁ、どうぞ」
私達の番がやってきて、雪の上に落とされたタフィを押しつけるように棒に巻きつけていきます。
思ったよりも難しくないかもしれません。
ブレンダン様も問題なさそうです。
最後に形を整えるように転がすと、冷たい雪が表面につきました。
私が作ったものはブレンダン様へ。
ブレンダン様が作ったものは私がいただくことになりました。
「口を開けて」
人前ですのに、当たり前のように差し出します。
新婚さんなのね、そんな声が聞こえてきましたがブレンダン様はいつも通りでしたので、何でもないことのようにいただきました。
「……甘くて、冷たくておいしいです」
私も同じように渡しました。
ブレンダン様はあっという間に食べてしまいましたが、私は口の中でゆっくりとかして楽しみます。
「来年もまた来よう」
「……湖を渡って、ですか?」
行きは無事でしたけど、帰りのことを考えたら少し不安になってしまいました。
私の眉間にブレンダン様の指が触れます。
「今日はずっと抱きしめてあげるから頑張って」
ブレンダン様に守ってもらえるなら、そのうち氷の道も怖くなくなると思います。
「はい、また来ましょうね」
きっと私は甘くて冷たいトフィをまた食べたくなるのでしょう。
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