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しおりを挟む風が吹くとパラパラとどんぐりが落ちます。
首が痛くなるほど見上げなければいけない大きな木は、二種類あるようで長細くて小粒の実とまんまるの実。
秋になって、まず料理長と話しましたら創作意欲を刺激されたようでした。
最初に調理場内で盛り上がり、使用人達もどんぐり菓子が楽しみになったようです。
手の空いている屋敷の者達を集めて、半日がかりで一緒に拾い集めました。
たくさんの籠が並び、嬉しいことにみんな笑顔です。
幼い頃の倍以上拾っても、来た時とほとんど変わらないくらい一面に転がっています。
残りは野生の動物のためにも残しておくこととなりました。
「つい、夢中になってしまったな。……腰が痛い」
ブレンダン様がそう言って笑います。
私も幼い頃のように無心になってしまったので、頷きました。
「本当ですね。これだけ集まりましたからお終いにしましょう」
使用人達が私達のために木陰にブランケットを敷いてくれました。
それから大きなバスケットとクッションを置いて、彼らは帰り支度を始めています。
「明日の昼頃迎えにまいりますので、ゆっくりおくつろぎくださいませ」
「ありがとう、よろしく頼む」
ブレンダン様が答えますと、頷いた使用人が私のほうを向きました。
「奥様、さっそくどんぐりの下準備に入りますね」
「ええ、ありがとう。しっかり休憩はとってね」
「はい、ありがとうございます。奥様のおかげで楽しみが増えました! 頑張りますのでしばらくお待ちください」
「まぁ。……こちらこそありがとう」
面倒くさいことに巻き込んでしまったかと思っていましたが、笑顔で返されてほっとしました。
もう一度頭を下げてみんなの元へ駆けて行きます。
そうして私達は二人きりになりました。
「アリソン、こっちへおいで」
ブランケットの上に腰を下ろしたブレンダン様が、私を手招きします。
隣に座ると、冷たい手拭きを渡されました。
私が手を拭いている間にお茶を注ぎ、籠からパンを取り出します。
「準備するからお茶を飲んで待っていてくれ」
「はい」
手際良くナイフで横にパンを割り、厚切りのハムとチーズを挟んで私に差し出しました。
「先に食べて」
「ありがとうございます。とても美味しそう」
二つ目のパンにはハムと刻んだピクルスを挟みます。
三つ目のパンには別のチーズをのせた後、胡桃とサトウカエデのシロップを垂らしました。
「遠慮しないで食べていて。私は食べるのが早いから」
「はい。ブレンダン様の手際がいいので、見惚れてしまいました」
そういうと笑って、私の頬に口づけました。
「これくらいで喜んでくれるなら、次は何をしようか」
「心臓が持ちませんから、これ以上は困ります」
「あなたが可愛いからなんでもしたくなるんだ。わがままの一つもいってごらん?」
わがまま、と言われてもすぐには思い浮かびません。
そんなふうに考えている間に、ブレンダン様は全てのパンに具材を挟んでしまいました。
「さぁ、食べよう。食べ終わるまでに何か思いついたら教えるように」
「……わがままをですか?」
予想通りでしたが、私が一つのパンを食べる間にブレンダン様は二つは召し上がります。
「とてもおいしいです。幼い頃のようにどんぐりを拾って、こうしてピクニックができて……私、今とても幸せで、満たされていて、わがままなんて浮かびません。ブレンダン様は? ブレンダン様こそ私にわがままを言ってください」
「……考えておく」
その後しばらく黙ったまま食事をしました。
近くをリスが通り抜けるのを静かに眺めながらお茶を飲みます。
二人でいると、沈黙も怖くありません。
時々お互いの目が合い、微笑み、この時間がとてもかけがえのないものだと思いました。
「ブレンダン様、横になって少し休みますか?」
「それもいいが、少し早めに別宅に行こうか」
ほんの少し、ブレンダン様の考えていることがわかってしまいました。
思わず顔が赤くなってしまいます。
「あの……」
「何を考えた? 私と同じ?」
ブレンダン様が私の頬を撫でてそっと唇を重ねました。
「どうでしょうか?」
私の言葉に笑いを漏らして、戯れるように何度も唇を啄みます。
「あなたが可愛いすぎて、丸ごと食べてしまいたくなる」
私の腰を引き寄せて、体をなぞるように彼の手が動きました。
「ブレンダン様っ、こんなところで……」
「いやか?」
「いや、です……誰が来るかもわかりません」
「それは残念」
ブレンダン様はそう言うと、一度強く唇を押しつけてから、立ち上がります。
私に手を差し出して立たせるとその場を手早く片付けました。
「私のわがままを聞いてくれるか?」
想像と違いました。
別宅の温泉に入った後、しっかりとガウンを着込み私は鏡の前に座らされています。
ブレンダン様が私の後ろに座り丁寧に髪の水分をとると、香りの良い香油を塗って下さいました。
ブレンダン様が使用しているものと同じ、森のような深い香りです。
「痛くないか?」
「はい、大丈夫です」
ブレンダン様は私の髪の手触りを楽しむように大きな手で髪をすきます。
髪の手入れをさせて欲しいと言われましたが、これがブレンダン様のわがままなのでしょうか。
「私はあなたの髪を乱すことが多いからね。それに私の香りをまとって欲しかった」
そう言って私の髪に口づけを落としました。
鏡越しに見つめられて、恥ずかしくなります。
その仕草も、言葉にも……。
「私もブレンダン様の香り、好きです。包まれているみたいで」
「……アリソン」
ブレンダン様が私の髪を片側に流して、うなじに唇を寄せました。
この先を予感して私は震えてしまいます。
「あなたはいつだって甘くて、可愛い」
ブレンダン様が小さく笑って私を抱き上げました。
私は彼の首に腕を回して、香りを吸い込みます。同じ匂いに体温が上がりました。
「ブレンダン様、もっとわがままを言って下さい」
これが彼のわがままだというのなら、私はもっと叶えたいと思ったのです。
「……アリソン、あなたを甘やかしたいのに私のほうが……」
息を奪われるような激しい口づけにくらくらします。
今夜も長い夜になりそうだと感じながら、私は彼に身を委ねました。
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