愛されることはないと思っていました

能登原あめ

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 幼い頃はまだ母が生きていて、両親と兄、私の四人で仲良くピクニックへ行くことが何度もありました。
 伯爵領は農業が盛んで緑も豊かです。

 みんなで仲良く食事をとり、私と兄はいくつものかごにいっぱいのどんぐりを拾いました。

 それを持ち帰ると、調理場ではみんなで新しいどんぐりの菓子を作ってくれるのです。
 どんぐりのケーキにクッキー、薄く焼いたパンケーキ。

 栗といっても実はアクが強くて水にさらしたり殻ごと根気よく煎ったり、とても手間がかかる食材でした。
 けれど、たくさんのお菓子が並び、それは私達家族だけではなく使用人達も食べましたから楽しい行事として記憶に残っています。
 あの頃は毎日がとても楽しかったのでした。

 どんぐりのお菓子パーティは母がこの世を去った後は一度も行われず、しばらくして兄が全寮制の学校へ入り、父は他の女性と再婚しました。
 それから私の生活はすっかり変わりました。

 すぐに妹が生まれ、私も一緒にいるのですが父と継母と妹だけの三人家族のように感じたのです。
 多分二つ年上の兄もそれを感じたのでしょう。

 兄は家にいるより寮がいいと言い、長期休みもほぼ帰らず、卒業後は家族の住む王都の屋敷より領地で暮らすことを好みました。

 私もそちらで暮らしたかったのですが、いい嫁ぎ先を見つけるためにパーティに参加するように言われて王都の屋敷に滞在するしかありません。

 父も継母も私が少ない持参金で嫁げる相手を懸命に探していました。
 何年も不作が続き余裕がなかったので、できれば融資してもらえるほどの裕福な相手を求めていたからです。

 それに異母妹のファニーも数年後には社交界にデビューを迎えますから、私がいつまでも未婚でいるわけにはいきません。

『もっと、前に出てにこやかに笑いなさい。あの方の機嫌を取っておきなさい。あなたはもう少し派手に着飾って目立たなくては……』

 継母の用意したお下がりのドレスを着た私を見るなり、父は眉間にしわを寄せました。
 サイズとシルエットを直したと言っても、やはり既婚者が着るような胸元の大きく開いた赤いドレスは相応ふさわしくなかったようです。

『そんなドレスを着るなんて娼婦にでもなるのか』
『…………』
『あら、あなた。この子はこのくらい目立たないと』

 二人がそれぞれ違うことを言うものですから、私は振り回されてどうしたらいいかわからなくなりました。
 何か言ったらまた叱られるのでは、そう思うと口も重くなりますし、前に出るなんて尻込みしてしまいます。

 夜会の会話や仕草や行動を、翌日注意されることが多く私はますます息苦しさを感じました。
 結局、お前の取り柄は若さだけだと言うのです。

 五つ年下のファニーはパーティドレスを着る私を見ては目をキラキラさせて、早く結婚が決まるといいねと羨ましそうに笑っていました。

 結婚なんてしたくない、領地の片隅で静かに暮らしていけたらいいのに、そう思うのです。
 兄は私の不出来を責めませんでしたから。

 ようやく整った結婚は、お相手が体が弱い後継ぎだということもあり、一言で言えば我儘わがままな方でした。
 これまで願いはなんでも叶ったそうです。
 これからもそうなのだと疑いもしない方でしたし、周りもそのように彼に接していました。
 
 女性は若いほうがいいという考えをお持ちの方でしたので、私は十八歳の時に彼の八つ年下の妻になったのです。
 両親は金銭の援助を受け、私は彼に気に入られるように日々気が抜けませんでした。

 いつも綺麗に化粧しろ、友人を退屈させないようにもてなせ、本を読んで要約を話せ、俺が口に出す前に察しろ、俺を笑わせろ、今日はその気分じゃない……等々。
 笑顔で頷く以外は許されません。

 かかりつけ医に時々運動するように言われるくらいでしたので時々私より長生きするのではないかと思っておりました。

 けれど季節の変わり目に体調を崩して、あっという間にこの世を去り、葬儀の後伯爵家から追い出されることとなったのです。
 妻として努力が足りなかったのだと。

 父も継母もその頃には経済状態が持ち直していたこと、ある程度このような状況になることも予想していたのか何も言わずに、私を領地へ送りました。

 よくよく考えてみたら、ファニーの社交界デビューの準備に忙しかったのもあったのでしょう。
 兄からはゆっくりするように言われましたし、私はこのまま一生実家の領地でひっそり過ごすことになると思っていたのです。
 その間、とてもゆったりとした時間を過ごせました。

 ファニーのデビューが上手くいき、さっそくいくつか縁談の話が上がっているようです。
 その年の社交シーズンが終わって珍しく全員が領地に揃いました。

『お姉様、おめでとう! お姉様の結婚が決まりましたわ!』

 無邪気に笑うファニーに私は訳がわかりませんでした。

「私が結婚? ファニー、本当なの?」

 戸惑っていると、父に書斎に呼ばれました。そこには継母もいます。

「アリソン、結婚が決まった。ブレンダン・コーツ伯爵だ。彼はずっと軍隊に所属していたが、最近伯爵位を継いで領地で暮らしている。再婚同士だから気も楽だろう。ただ……」

 父がほんの少し躊躇ためらった後で、彼が顔に傷を負った経緯と、噂で知るよりはと前妻と離縁した理由を教えてくださいました。

「昔お会いしたことがあるけれど、素敵な方でしたよ。こちらから声をかけて良かったですわ。本当に良縁だもの。来月にも向こうの領地で結婚式を挙げますから早速準備に取り掛かってちょうだい」

 継母は嬉しそうですし、困惑したもののすでに断ることなどできない状態でした。
 父はすべて話したとでも言うような態度で、継母が再婚だから小さい式よ、安心してと笑顔で私を書斎から追い出したのです。

 兄は来春、結婚することが決まっていますが、まさか私が先になるとは思いませんでした。
 兄のためにも家を出たほうがよかったのだと思うことで心を落ち着かせようとしていると。

 ファニーが私を待っていて、楽しそうに話し始めました。
 彼女は明るい性格で社交的ですので、色々な噂話を仕入れてきたようです。

「お姉様! 私、お姉さまのためにヴェールをたくさんプレゼントしますわ。そうしたら結婚後もずっとつけていればいいもの! お姉様が怖がっても表情が隠れるでしょう?」

 コーツ伯爵の傷跡は相当酷いようです。
 しばらく社交界から遠ざかっていた私はここ数年の出来事を知りません。
 ファニーなりに考えてくれたようですが、顔はきっと見慣れると思うのです。

 にこにこと笑いながら、コーツ伯爵のことや元妻に関する噂を聞いたまま教えてくれました。
 十八歳にしては無邪気過ぎると思います。

「……ありがとう。ヴェールは気持ちだけ受け取るわね」

 そう答えましたが結婚に希望を見出せずにいました。
 またしても気難しいお方かもしれないと考えたのです。
 ……きっとどの方と結婚しても同じなのでしょうけど。
 そう考えて、思わず苦笑いを浮かべてしまいました。
 ファニーは私の反応をいい方に受け取ったようです。

「お姉様、ここよりも自然がたくさんある場所らしいわ。山に囲まれて静かな場所みたいだからきっとのんびりできて落ち着くと思うの! お姉様、幸せになってね! ふふふっ」
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