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5 婚約パーティは盛大に
しおりを挟むその日のシェネイはきれいすぎた。
空色のドレスは聡明な彼女を引き立てるすとんとした上品なスレンダーラインで、俺のシャツも同じ生地を使用している。
俺のカフスと、彼女の髪飾りにターコイズを使った……彼女にはラブラドライト――珍しい白地に青く光る石も散りばめている。雲の切れ間から青空が見えるようだと彼女が言ったから、すごく好きになった。
少しの時間さえ隣を離れるのが嫌で、ついついじっと見つめてしまう。
困らせたくないのだけど、きれいだって言うと照れたように笑うのも可愛くて、俺も困っている。
こんなにきれいな人を俺が成人するまで待たせるなんて!
「イライアス様、見つめすぎです」
「シェネイはいつもきれいだけど、今日は特別きれいで、私は何も考えられません」
「それは……困りますわ。大きなパーティですから、緊張してますのに」
「……手を握りましょうか」
「イライアス様……、もっと緊張してしまいます」
そんな会話をしていたら、なぜか聞こえていたらしい兄が笑いをもらす。
一言言おうと思ったところで、父から俺達の婚約を発表されて、お祝いの言葉をたくさんかけられた。
ファーストダンスも、幸せで彼女しか目に入らなくて3曲続けて踊ってしまったけど、今夜から婚約者として堂々とできるのだから大丈夫。多分。
俺が浮かれているのはみんなわかっているみたいだし、何を言われても今夜は笑って受け流せる。
シェネイに横恋慕は許さないけど。
「イライアス様、少し休みましょう」
バルコニーへ向かいながら、シェネイにはブルーベリーの果実酒、俺にはウイスキー……に似せたリンゴジュースを内緒で用意してもらった。
一緒に同じものが飲めないのは残念だし、早く大人になりたいし、もっと頑張ってシェネイに近づきたいと思う。
「こんなに楽しく踊ったのは初めてです」
「私も同じです。でも、シェネイに謝らなくては。ごめんなさい、何度も続けて踊ってしまって」
「4回、踊ったこと? 私達の婚約パーティですから、きっと……大丈夫ですわ」
4回⁉︎
それはざわつくわけだ。
シェネイに恥をかかせてしまったか⁉︎
「シェネイ……」
「大丈夫です。だって、後世に残る仲良し夫婦を目指しているんですもの」
シェネイもその言葉を気に入ったらしくて、そう言って笑い声を漏らす。
お酒が少し入っているからかもしれないけど、彼女の肩の力が抜けていて普段より近く感じる。
「シェネイ、そろそろ名前で呼んでもらえませんか?」
「……そうですね、2人きりの時に」
「今は……?」
「イライアス、様。人目がありますから……また後で」
ドキッとしたのに、お預けで。
ホールでは人々が楽しそうに笑い、踊っている。
「そろそろ戻りませんと……」
残念だけど、今夜の主役の俺達がずっとバルコニーにいるわけにはいかなかった。
「そうですね」
「……今夜から、イライアス様と一緒ですね」
そうだ、今夜から彼女と一つ屋根の下で暮らせるんだ。ものすごくやる気が出た!
「一通り挨拶はすませましたが、きっとシェネイの友人は話し足りないですよね」
ホールに戻った後はそれぞれお互いの友人の元へ。俺が旧友と話をしていると、女性に囲まれていた兄が珍しくダンスをしているのが目に入った。
父の友人の隣国に住むネリガン公爵が夫人の代わりに娘を連れてきていて、挨拶は俺もすませている。
華やかなローズブロンドが整った顔を縁取り、明るい笑顔も彼女にピッタリのプリンセスラインのドレスもすべてがゴージャスだった。
挨拶された時に、アマンダと名乗っていたはず。
ダンスは一度踊り始めると次々と女性が寄ってくるから嫌だと言って、踊らなかった兄だけど、もしかしたらアマンダを気に入ったのかも。
隣にいた旧友にそれとなく女性のことを訊いた。
「彼女は隣国のネリガン公爵の一人娘で、アマンダ・ジャネット嬢だよ。今、学園に留学中で16歳だ。才色兼備って彼女のことを言うんだって思ったんだよな」
「俺と同い年なのか」
「あぁ、卒業まで学園で過ごして、国に戻るって決まっている。学園の男達にとって憧れの存在で、お近づきになりたいって思うんだが、女性にも人気があって近づけない」
なるほど。兄が気に入りそうなのはわかる。
「たださ……彼女は隣国の第二王子の婚約者なんだ。卒業したらすぐ結婚ってことになるんじゃないかな」
兄上は婚約者がいるって知ってて踊っているのかな。国内の婚約者のいない女性と踊らない理由にはなるかも……。
「彼女は婚約者といい関係を築こうとしているよ。こうして他国に留学していろいろ学んで支えようとしてる……だけど、長期休みに帰らないんだけどね」
「馬車で隣国へ行くために山を越える時、気分の悪くなる人は多いからね。俺もなるべく行き来したくないと思う」
「まあね、イライアスはもう学園に戻ってこないのか? 楽しいよ」
「成人したらすぐ結婚したいし、領地のこととかまだまだ学ぶことがたくさんあるから」
「そうだよな、しかたないか。……イベントの時は顔を出してくれたらみんな喜ぶよ」
「じゃあ、機会があったら」
「……それ、絶対来る気ない返事だろ」
そんな話をしながら笑っていたら、視界の端にシェネイの元へ異母妹夫婦が向かうのが見えた。
「ちょっと、失礼」
「あぁ、またな」
異母妹夫婦がシェネイと共にホールを出て行く。
時々お祝いの声をかけられて、返事をしていたから廊下に出たところでどこに行ったかわからなくなった。
侍従に声をかけて行き先を訊いて追いかける。
「……だから、あの領地が欲しいってあなたから言いなさいよ。遠くに行かれると私達が困るの」
「…………」
「シェネイ、難しいことじゃないだろう? あれだけ惚れ込んでいるんだ、簡単に聞いてくれるさ」
具合が悪くなった人のために用意した客室から、異母妹夫妻の声が聞こえて、俺は扉に手をかけたまま入り口で立ち止まった。
確かに俺はシェネイにベタ惚れだし、叶えられるお願いならなんだって叶えたいけど!
「うちの領地とも森で繋がっているし、ゆくゆくは私達の子と、あなた達の子を結婚させて領地を一つにまとめたら最高じゃない? お母様もデュランスの家政をシェネイに任せたいって言ってるんだから時々戻って来なさいよ」
「……家のことはお父様もいるし、家令がよくわかっているはずよ」
「家令は口うるさいから、辞めさせたいんだって。お母様も一から教えるのは面倒だっていうから。……これまでだってそうしてきたじゃない」
つまり。
デュランス伯爵家の家政はシェネイが取り仕切ってきたから、今後も手を借りたい。
異母妹夫妻は、自分達の領地に近い領地を俺から奪えると思っているのか。
俺ってそんなに間抜けにみえる?
「……早くお願いするんだ。こんなところに長居すると、怪しまれる。戻ろう」
元婚約者の声に俺は扉から離れてアルコーブへと身を隠す。
俺はあの中で一番年下で子供だし、金もあるし次男でぼんやりしている自覚もある。それにシェネイにメロメロなのをこれからも隠すつもりはない。
だけど、シェネイとの幸せのために俺は俺のやり方を貫く!
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