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4 婚約まであと少し

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 婚約パーティまでの間、少しでも時間が空くとシェネイの元を訪ねた。
 異母妹夫妻がたびたび子連れで顔を出していて、行くたびに顔を合わせる。
 暇なのかな。

「できれば近くの領地だと嬉しいですね」

 どこの領地がもらえそうなのかとか、探りを入れてくるのはおこぼれがほしいとか?
 元婚約者だからって、シェネイに手を出そうと思っているならそうはさせない。
 彼女が嫌な思いをしていないか、注意深くみる。
 俺ができることはなんだろう。


「イライアス様、こちらへどうぞ」
「ありがとう、シェネイ」

 彼女の部屋に誘われていそいそついていく。
 扉は少し開けたまま。それでもこの部屋に入ると落ち着いた。
 一杯のお茶を飲んで、おしゃべりをして。
 シェネイは最初の頃より口数が増えた。
 やっぱりまだ他人行儀なんだけど、笑顔が増えたから前進してると思う。友達くらい?
 
「じゃあ、出かけましょう」

 婚約の準備だと言って、なるべく彼女を連れ出す。今日は評判の庭園を眺めるつもりだけど、大通りに買い物に出かけたり、流行りのカフェに入ったり、観劇もした。
 初めて2人で出かけた記念に花をあげたら、押し花にしてしおりを作ってくれたのは忘れられない。
 宝物が増えた。

 本当はシェネイを飾るものを贈りたいけれど、成人するまでは俺名義の財産は手をつけられないから花やお菓子になってしまう。
 でも、異母妹がシェネイに渡したものが何かチェックしているようだから、これでいいのかもしれない。

 早く大人になって、領地の経営も頑張らないと!
 シェネイがストレスなく暮らせる生活をして、たくさん贈り物をしたいからね。

「イライアス様、忙しいのでしょう? ご無理なさいませんよう……」
「大丈夫ですよ。シェネイといると元気になりますから。本当は毎日一緒に過ごせたらもっと疲れないです」

 学園に通っていた時期もあるけれど、今は家庭教師をつけてもらっているから、通学の時間がない分楽になっている。

「イライアス様ったら……」
「シェネイが疲れているなら、ここでのんびりしますが……」

 できればここから連れ出したい。ここじゃない場所の方がのびのびしてみえるし、表情がわかりやすいから。
 お互いじっと見つめ合った。
 まだまだ経験も力も足りないけど、いつか甘えてもらえるようになりたいな。

「……イライアス様が平気なら、行ってみたいです」

 俺は彼女の手をとって歩き出した。
 手をつなぐとしっくり馴染む。
 口に出さない言葉が伝わってくるみたい。
 向かった先の庭園の花は人が少なくて嬉しく思ったものの、咲き初めだからか蕾が多く、少し残念に思った。少し寂しい景色。

「……もう一度、ここに来る楽しみができましたね。満開に咲いたら、とてもきれいでしょうね」

 彼女が蕾に目を止めたまま、微かに笑った。
 それがきれいで可愛くて、一瞬心臓が止まるかと思ったほどで。
 俺はシェネイをますます好きになっていく。

「イライアス様?」
「また一緒に見に来ましょう」
「……はい」

 今日も一緒に過ごせてよかった。
 






 俺の部屋に誘うのは3度目だ。
 1度目は宝物を見せるため、2度目はばあやのケーキを食べようと誘って、3度目の今はなぜか兄に邪魔されている。

「……そういえば、昔イライアスが私の部屋に泣きながら飛び込んできたんだ。お化けが出たと言って。あれは……揺れるカーテンの影から現れた猫を勘違いしたんだよな」
「それは、あの日、兄上が冤罪で処刑された悪役令嬢が夜中に自分の頭を探すという怖い話をしたからです! 幼な子には恐ろしく感じるでしょう!」
「12歳だったのに?」
「~~、兄上っ!」

 昔の俺の恥ずかしい話を好きな人に言うとか、嫌がらせでしかない。
 でもシェネイが楽しそうだからいいのかな……。
 どうせなら、俺の美談とか……なにか、美談……ないな。残念ながら。

「私も初めてその話を聞いた時は部屋をのぞかれたらどうしよう、と思いました。……部屋にそのようなものは落ちてないので来ないと開き直りましたが」
「はははっ、まぁ、そうだよな」

 幼い頃から論理的で落ち着いていたんだなぁとシェネイのことを知れて嬉しいけれど、楽しそうに笑う兄にはなぜかイラっとする。

「うまいことバランス取れてるんだな」
「何がです?」

 兄が俺とシェネイを見て言った。

「いや、お前達が仲良くやれそうでよかったと思っただけだ」
「そりゃ、後世に伝わるくらいの仲良し夫婦となりますから。兄上は邪魔しないで下さい」

 今さらシェネイの良さに気づいてももう遅い!
 
「……婚約まで1週間か。シェネイ、まだ間に合うぞ。俺にしておけ」
「兄上~~‼︎ 何、言ってるんですか!」

 兄ならありとあらゆる手を使って、やりかねない!
 にらむが全く効果なし!

「……トリスタン様、おふざけはそれくらいにされた方がよろしいかと」
「シェネイ嬢は俺より弟を選ぶのか?」
「はい。……私も後世に伝わるくらいの仲良し夫婦となってみたいのです」
「へぇ……?」

 兄はにやにやして、シェネイはすました顔をしてお茶を飲んでいるけれど。
 心臓が、俺の心臓が!

「シェネイ、あなたのことが大好きです! 兄上、早く出ていって下さい‼︎ 2人きりにしてっ!」
「あー、わかった。とうとうクマたんを手放す日が近づいたようだな」
「なぜそれを――!」

 俺が生まれた時に父から贈られた熊のぬいぐるみは、今の今まで大切にしてきた。
 つらい時も嬉しい時も抱きしめて眠ったものだけど……。
 
「すでに見せていただきましたわ。好きなものを大切にする姿に心がくすぐられましたの」
「ははは……っ、それはそれは、ご馳走様」

 笑いながら兄は出ていったけど、シェネイにぬいぐるみの名前までは教えてなかったんだ!
 幼い頃からそう呼んでいたからしかたないだろう……。
 
「イライアス様、手放さなくていいですから」
「……ありがとう」

 それ以上何も言えなかったけど、シェネイが赤くなった俺のことを少しも笑わず、手を握ってくれる。
 兄に邪魔されたけど、彼女の気持ちを聞くことができて、今日は特別いい日だ。
 シェネイに一歩近づけた気がする。
 
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