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17    面倒事2

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「子どもはどうしたの?」

 夕食を出すついでに私は尋ねる。
 ミアは鼻で笑って吐き捨てるように答えた。

「そんなの、山奥でばあちゃんと母ちゃんが育ててるよ、多分。あんなとこ、いられないから私はすぐ出てったけど」

 子どもに対する愛情が少しも感じられなくて私は黙り込む。
 あぁ、この人は昔から男がいないとだめだったっけ。
 今まで金持ちの男を嗅ぎ分けて生きてきたんだろうな。

「……どこまで聞いてるの?」

 探るように私を見る。

「ミアが別れて、あの村にみんな住めなくなったって」
「ははっ! そうなんだっ……いい気味! あんなとこ、二度と戻る気ないけどね。エラも残念ね!」
「……別に。じゃあ、タオルを持ってくるから」
「相変わらず、聞き分けの良いいい子ちゃんね」

 ミアの言葉を聞かなかった振りをして私は部屋を出た。
 

 温かい湯の中にタオルを浸し、自分の手に伝わる熱に癒される。
 
「姉ちゃん、こっち終わるけど、何か手伝うことある?」 

 私はデーヴィドにミアが九号室に居ることを伝えた。
 駆け落ちじゃないことも。
 驚いた彼はまっすぐ部屋に向かいそうになったから、慌てて引き止めた。
 
「デーヴィドがいることも、オーブリーがいることも彼女は知らないの。あと、四、五日くらいで他の宿に移るし、母さんに内緒にしてほしいっていうけど……バレないと思う?このまま静かに帰ってくれればいいけど」
「どういうつもりか訊いて、一言文句言いたい」
「今からタオルを届けるの。一緒に行く? 変わってないよ、彼女」

 私の言葉に口を歪めて笑う。
 
「それなら、なおさら俺も行くよ」 

  







「着替えを買ってきて。宿代差し引いたって十分足りるから。寝間着も下着もいらないからちゃんとしたのにしてよ」

 タオルを届けるなり、ミアが言う。
 デーヴィドに気づかないのか、ちらっと見てそっぽを向いた。

 妹はなんでも言うことをきくと今も思っていることに内心呆れる。
 手ぶらで慌てて出てきたんだろうな、小さな巾着しか持っていなかったから。

「相変わらず、最低な女だな。弟のこともわからないのかよ」

 デーヴィドの言葉にミアが目を見開いた。

「ちびのデーヴィドね。あんたもここにいたんだ。昔からエラにべったりだったもんね」
「どうせ女房持ちにでも手を出して逃げてるんだろ。ここに泊まらなくてもいいんだぜ」
「……っ、違うわよ! 飽きただけ! エラも口が軽いわね!」

 矛先が私に向かったけど、それよりデーヴィドの言葉が私の心にすとんと落ちた。

 ここに泊まらなくてもいい。
 姉だからとかお客さんだからとか、囚われなくていいんだ。

「そうね、別にここに泊まらなくていいんだよね……今夜はいいけど、明日出て行って」

 何も、わざわざ面倒事を抱え込まなくていいんだ。
 それより、大切な家族を守りたい。

「エラまで何言ってるのよ! 二、三日もすれば出航するはずだから、そのくらい置いてくれてもいいでしょう? その後はもっと高級な宿で金持ちを見つけるわ」

「いちいち、ムカつく女だな……姉ちゃん、出てってもらおうぜ」
「そうね……。指輪はそのまま返して、他を紹介するよ」

 私とデーヴィドの会話にミアが慌てて喚く。
 
「文句言わないから! 三日だけここに置いて! それと、着替えを一枚お願い、します……」

 勢いの消えていく声に、私はデーヴィドと目を合わせて頷く。

「じゃあ、明日着替えを買ってくる。三日だけだから」

 姉ちゃん、甘いなってデーヴィドが呟いたけど、洋服を届けたらなるべく関わらないようにするつもり。
 もう、昔みたいに振り回されない。


 



 
 
 翌日、午前中の仕事を終わらせた私は、昼食も取らずに市場へ向かった。
 宝飾店より高く買い取ってくれる馴染みの買取商は昼過ぎに店を閉めてしまう。
 ごくたまにミアのように品物で払うお客さんがいて、父さんに連れられてよく通ったことを思い出す。

「エラ!」
「オーブリー。どうしたの? 今急いでて」
「デーヴィドから聞いて慌てて追いかけてきた。訊きたいこともあるし一緒に行くよ」
「体調は? 眠れた?」

「朝数時間寝たよ……だから、色々気づかなくてごめんな。……エラこそ何かされていないか?」
「うん。平気だよ」

 オーブリーの腕が私の肩に回されて、見上げた私の額に口づけが落とされる。

「本物のエラだ」

 私は笑って彼を見つめる。

「いつだって、俺にとってエラは妖精なんだ……捕まえられてよかった。小さなことでも俺に言って」
「大袈裟だね。まずはこれを売ってから詳しく話すね」


 大きな緑色の石がはめ込まれた指輪はそれなりの値段がついた。
 ミアの着替えと宿泊料と食事代を差し引いても余裕がありそう。

「食事にしてから、頼まれた服を買って帰ろう?」

 街で最近人気の食堂へと向かう。
 異国風のメニューが並んで女性に人気のお店らしく、オーブリーが船員たちから聞いてきたらしい。
 市場からは歩くけど、二人でいたら、その時間さえ楽しい。

 私の視界にミアが好みそうなドレスが飾られた店が目に入った。
 この辺りでも質の良いものを取り扱っていて、価格もそれなりだけど余裕もあるから大丈夫と思う。
 
「サイズに問題なければあのドレスにしようかな」

 何買ったって、一言は文句言いそうだけど、その時は出て行ってもらえばいいんだ。
 いつのまにか、心が軽くなっている。
 今、隣にオーブリーがいて心強いのもあるのかも。

「なんでもいいよ。先に買って、食べている間に包んでもらおう。その方がゆっくりできる」

 私は頷いて店に向かった。





 
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