2 / 29
1 小さな恋
しおりを挟む風が吹くと、金色の髪がお日様に透けてきらきらと光る。
男の人だけど、すごくきれい。
私と目が合うとにっこりと笑って抱き上げてくれる。
それがとっても幸せな時間。
「甘やかしすぎよ」
彼の隣に立って、私を見下すのは赤みがかった金髪が華やかな、美人の姉ミア。
二人が並ぶと一枚の絵画のようにきれい。
だけど、なぜか胸がぎゅってつかまれたみたいになる。
二人は幼いときからの許嫁だから、私が今さら好きになってもどうしようもない。
「エラ、今日もかわいいね」
「オーブリーも、かっこいい」
私は彼にとってただの妹になる女の子。
同い年の子たちよりも小柄だから、いつも子供扱いされてしまうのが悲しいけれど、抱きしめられるのは嬉しい。
「そんな子ほっておいて、早く出かけようよ」
私はぎゅっとオーブリーに抱きつく。
このままくっついていたい。
いい匂いがしてぐりぐりと顔を押しつけた。
オーブリーはふっと笑って一度ぎゅっと強く抱きしめる。
それから頭のてっぺんにキスしてから下ろされた。
「またね、エラ」
寄り添う二人の後ろ姿を見つめることしかできない。
十二歳の春はあっという間に過ぎていく。
四つ年上のミアは、ちやほやされるのに慣れている。
オーブリーがいるのに、時々違う男の人と一緒にいるのはおかしいと思う。
それを言うと、私を見て馬鹿にしたように笑うのだ。
「お前みたいな醜い小娘じゃわかんないだろうね。白髪みたいな髪して。……そんなの見苦しいからまた切ってあげる」
ミアは髪を切るのが下手だ。
ただの嫌がらせとしか思えないけど、今もうさ晴らしのように切れ味の悪いナイフを片手に私の髪を掴んだ。
「痛いっ!」
「おとなしくしてれば痛くないわよ! ほら、暴れるからきれいに切れないじゃない」
ブチブチと千切れるような音を立てて笑いながら話す。
「……とにかく、男の方から近づいてくるし、タダで物をくれるんだからいいじゃない」
確かにうちは裕福じゃない。
だけど、お金に困っているわけでもない。
私が黙っていると、口元を曲げて言う。
「それにね、結婚はオーブリーとするわよ。見た目もいいし、医者の家系で金持ちだしね」
「……オーブリーのこと好きじゃないの?」
ミアは呆れたようにため息をつく。
「あんた本当に馬鹿ね。結婚はお金がなくちゃ。だから……お前には渡さないわよ、あははっ。指咥えて見てたら」
「私は……兄として好きなの」
自分に言い聞かせるように言う。
けれど、少し胸が痛い。
「あ、そう。……つまんない子」
私に興味をなくしたミアは、私の髪を床に落として部屋から出ていく。
肩先まであった髪は首がむき出しになるほど短い。
ますます子供っぽくみえる。
部屋を片づけた後、弟のデーヴィドは昼寝をしていたから一人で森に向かった。
デーヴィドを連れて遊べるくらい穏やかで明るい場所だから、私が一人でいても誰も気にしない。
時間ができれば私はここで自由に過ごす。
お腹がすいたら、綺麗な湧き水も甘酸っぱい果物もあるし、裸足になって走り回ったり、寝転んだりするのも気分が良くなる。
今日はまだそんな気持ちになれないけれど。
私、間違ったこと言ったのかな?
「ミアなんて大嫌い」
ポツリと漏らしたら涙があふれた。
どうして、ミアなの?
オーブリーのこと好きじゃないのに。
私のほうが大好きなのに。
大きな木の根元で丸くなる。
どうして、先に生まれなかったのかな。
そしたら、私がオーブリーを大切にするのに。
風が流れて葉っぱがさわさわと鳴る。
森に慰められている気持ちになって私はごしごしと目元をこすった。
「……エラ? どうした?」
ふわりと髪を撫でられてゆっくりと顔を上げた。
オーブリーが心配そうに私を見つめる。
「ミアと喧嘩した? おいで」
私はオーブリーに抱き上げられて背中をぽんぽんと撫でられた。
あまりに優しいから、止まったはずの涙がまたあふれる。
「髪、切られたのか? まったく、相変わらず下手くそだな」
私が泣き止むまで待ってから、髪を整えてくれる。
今日は父親の往診の手伝いの後、先に近道して戻るところだったらしい。
オーブリーの話に私はぼんやりと頷く。
「……エラ、ちょっと待ってて」
目の前のシロツメクサを器用に編んで花冠を作る。
「ほら、もっと可愛くなった」
私の頭にそっとのせて柔らかく笑った。
オーブリーが、好き。
「ありがとう、オーブリー……嬉しい」
この時間も、この花冠も。
私だけの宝物。
オーブリーは医者になる為、町の学校に通っていて、今年になってからは村にいる時も父親の往診について行って忙しそう。
ミアに会いに来ることも減って家に来ることも少なくなった。
私も森でばったり会うことが減って寂しい。
ミアは夜になるときれいな服に着替えてこっそりと部屋を抜け出すことが増えた。
翌朝汚れて丸まった服を私に洗濯するよう押しつける。
何の汚れか固まって取れないから、川にしばらくつけておく。
今みたいな暖かい季節じゃなかったら辛い作業になるのに。
ミアに文句を言えば、鼻で笑うだけ。
「今だけよ。あんたにもそのうち服をあげるからいいでしょ」
女らしい体型のミアの服を着ると悲しいくらい似合わないし、私に回ってくるのは色あせてからだから、ハーブで染め直して着ることになる。
その上首回りと袖丈を詰めるから別物の不格好なワンピースになるけれど、他に着るものもないからどうしようもない。
忙しいオーブリーを支えるのがこれから奥さんになる人の役目じゃないのかな?
ミアはどうして彼以外と会うんだろう。
私だったら、彼だけいれば満足なのに。
13
お気に入りに追加
1,450
あなたにおすすめの小説
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
【R18】ヤンデレ侯爵は婚約者を愛し過ぎている
京佳
恋愛
非の打ち所がない完璧な婚約者クリスに劣等感を抱くラミカ。クリスに淡い恋心を抱いてはいるものの素直になれないラミカはクリスを避けていた。しかし当のクリスはラミカを異常な程に愛していて絶対に手放すつもりは無い。「僕がどれだけラミカを愛しているのか君の身体に教えてあげるね?」
完璧ヤンデレ美形侯爵
捕食される無自覚美少女
ゆるゆる設定
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる