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6 お店の準備

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 横になったら、一瞬で眠りに落ちた。
 甘い匂いで目が覚めたのは、私のお腹のせいかな。

 キョロキョロ周りを見て、自分の部屋じゃないって気づいて、新しい生活を始めるって決めたんだって思い出した。
 なんだか、わくわくする。

 ストレスの溜まるティボー達の顔を見なくて済むって、何て心が軽く感じるんだろう。
 ジュストさんのところで働くなら、万一会った時のために、もう少し詳しく話したほうがいいかもしれない。
 迷惑をかけるのは嫌だから。

 起き上がって、着替えで持って来たかぶりのワンピースを着て、指輪を通した革紐を首にかける。
 それから匂いのする方へ急いで向かう。

 お店のカウンター内にある調理場でジュストさんが焼いたパンを取り出し、何かスープがぐつぐつ煮えていた。

「ジュストさん、ゆっくり休ませてくださって、ありがとうございました」
「かわ、……うん、いや、よく休めたか?」

 革紐のことかな?
 指輪を掲げて見せながら答えた。

「はい! おかげさまで! スッキリ目覚めました。それに、いつでもこれを身につけていられるので安心です」
 
 よかったって笑いながら、ジュストさんがスープをよそい、焼き立てのパンを添えてくれた。

「もっと食べれそうか?」
「いえ十分です。さっきまで寝てましたから、ちょうどいいです」

 スープには干し魚が入っていて、刻んだ野菜がたっぷり入ってボリュームもあるし、とっても味に深みがあった。
 こんなに野菜が刻んであるって、ジュストさんはプロだから作業が早いのかな。

「ジュストさんの料理はどれもおいしいですね。パンも焼いていたとは思いませんでした。私、ものすごく幸せな再スタートになりました」
「……そうか。よかった……リル」
「あの、ジュストさん!」

 ジュストさんが口を開いたタイミングで話しかけてしまって。

「あ、ごめんなさい。どうぞ」
「いや、あとでいい……先に聞きたい」

 その言葉に甘えて、お金遣いの荒い叔母さんとオレリーが万一やって来たら迷惑がかかるかもしれないことを伝えた。
 だって無銭飲食しそうだもの。
 
 それと、ナルシストのティボー。
 私の結婚支度金欲しさに、二人が彼をけしかけて結婚を迫ってくる可能性を、打ち明けた。
 ティボーが私を本気で好きなんて思ってない。

「……と、言うわけなんです」
「…………なるほど。わかった」

 何だかとっても低い声で。
 それは見た目にぴったりなんだけど、すごく怖い。

「……それで、夜中に逃げて来た?」

 ティボーが部屋にやって来た話はしてないのに、ジュストさんは勘がいいのかな。

「えっと、その……はい。そうです」
「おかしいと思ったんだ」

 ジュストさんが、私をじっと見つめて頬を指で軽く撫でた。
 そこはミミズが落ちてきた場所だから、あの嫌な感覚を消してくれているみたいでちょっと不思議。
 
 全部話していないのに、何でかわかっちゃったのかもしれない。

 それから手を離し、ちょっと頭を振って息を吐いた。
 ジュストさんに触られるのは全然嫌じゃなくて、逆に手が離れて残念と思う。

「リル、俺がさっき言おうとしたことはね。リルは俺の番だってこと。……そわそわして、いても立ってもいられなくて、あんな時間に街へ向かうことにしたんだ」

「番……?」
「そう、番。リル」
「でも、見つけたって……」
「うん、リルをね。真夜中に、『俺の番、結婚してくれ』なんて言えなかった」

 確かに、あの状況で言われたら頷けなかったと思う。
 私、今ならはいって答えちゃうなぁ。
 そう考えて、一瞬で顔が熱くなった。

「……私がジュストさんの番……」

 ジュストさんが見つめたまま黙っているから、慌ててしゃべった。

「私、ジュストさんみたいな人とけ、結婚したいって、私の理想だって思っていたから……っ。でも、番がいるって聞いて。それが私だなんて……だからっ……」

 その先を話せなかったのは、ジュストさんに抱きしめられたから。

「え? え……?」

 ご飯を食べてたのにわけがわからない。
 
「番にプロポーズされるなんて、俺……夢みたいだ」

 私、プロポーズしちゃってた?
 そうだった⁇

「ジュストさん、私……」
「結婚してくれるか? リル。一生、君だけを愛して、どんなことからも守り抜くよ」
「はい……よろしくお願いします。あの……ジュストさんに恋するのはこれからでもいいですか? えっと、今もいいなって思っているんですけど」

「……もちろん。結婚して、恋してくれるなら、これほど幸せなことはない」
「順番が違っても……?」

 胸がドキドキするのに、ジュストさんの腕の中にいるととても幸せで、離れたくないって思う。

「その場合の順番は、重要じゃない、と思う」

 眉間にしわを寄せながら、言うから。

「そうですね! 全部すっ飛ばして子どもができちゃうのは問題かもしれませんが……あれ? でも、私、もう成人してるんでした」
「…………」

 まず、俺から守らないといけないのか、なんて呟いて、私の顔をじっと顔を見つめるから、すごく恥ずかしくなった。

 ジュストさんと一緒にいると本当の自分でいられるし、きっと隠し事ができないんだろうな。
 でも、これからはもう少し考えてから口に出そう……。

「ご、ごはん、食べましょう! それに、ジュストさんのおばあさんが作ったビスケットに興味があります」 
「そうだ、分けるって言ったよな。食後につまむ?」
「はいっ! えっと、一枚だけ……」

 ジュストさんがくすりと笑って、食後にスウスウするさわやかなお茶と一緒に出してくれた。
 甘くて、懐かしい素朴なビスケットは、お母さんの味を思い出して胸がじぃんとする。

「とってもおいしい……。ジュストさんのおばあさんに会ってみたいです」
「今度一緒に行こう。もう一枚、どう?」
「はい!」

 ジュストさんと向かい合っておしゃべりしながら食事をするのは楽しい。
 食事の好みが合うって、すごく大事だって。
 おいしいってお互いに言い合えるのが幸せなんだってずっと忘れていたから。
 
 あっという間に二人でビスケットを平らげてしまった。
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