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3 夜明け

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「街に入ったよ……どこまで行くの?」

 あまりの速さに私は力いっぱい抱きついていて、ジュストさんの声にすぐ反応できなかった。
 明るくなってきたけどまだ太陽は上がっていない。

「……はい、ありがとう、ございます。……あの」

 こんなに朝早くから仕事の案内所なんてやっていないよね。
 これ以上、ジュストさんに迷惑をかけたくないけど、ほかに訊ける人もいない。

「お仕事を紹介してくれる場所へ行きたいんです」
「そうなの? えっと、まだ時間が早いしなぁ……俺の店がすぐそこだから、一緒に来てくれる? とりあえず話を聞くよ」

 人気がないからジュストさんの背に乗ったまま、一軒のお店の前で下された。
 爪の先でちょちょっと鍵を開けて中に入っていく。

「どうぞ」

 ジュストさんがカーテンを開けてくれて、ちょうど窓から太陽が登り始めたのが見えた。
 一日の始まりが、私の人生の再スタートにも感じてなんだか気持ちも晴れた。
 
 それから私は店内を見渡す。
 清潔で家庭的な雰囲気の中、客席は六席程度とこじんまりしていて、カウンターの向こうに調理場が見える。

「とても居心地がいいですね。あ、ごめんなさい、連れてきてもらって、本当に助かりました! ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。ついでだからね」

 そう言ってカウンターの上を指さした。

「そこに果物があるから、のどが渇いていたらどうぞ。支度してくるからのんびり待ってて」
「はい、ありがとうございます」

 手で皮をむけるみずみずしい果物が籠にあって、おいしそう。 
 それにとても甘そうな匂いがする。

「遠慮しないで。悪くしちゃうともったいないからさ。この姿だと傷つけちゃうから、リルが美味しそうなのを選んでよ。好きなところに座っていいから」

 そう言ってジュストさんが奥へと消えた。
 一人になると、そわそわして落ち着かない。
 とりあえず椅子をひいてちょこんと腰かけた。

「……食べたいけど、大きいなぁ」

 片手では持てない大きさだから、一人では食べきれそうにない。
 食べきれなくて残しちゃうのは失礼だし。
 でも食べ始めたらなんとかなるかも?
 そんなことを考える自分に笑ってしまった。

 家出したその日に、果物を食べるかどうか小さなことで迷っているなんて。
 まだこの先のことが全く決まっていないけど、結婚支度金から、しばらく生活費をまかなおう。

 大丈夫、なんとかなる!
 山の中でジュストさんに会って助けてもらえたんだから。
 これからだって、なんとかなる。

 結婚は相手がいないんだから、まだまだ先になるし、少しくらいお金を遣っても問題なし。
 働いて貯めればいいんだもの。
 住まいと仕事を探して、それから友達が欲しい。

「ジュストさん、友達になってくれるかな。なってほしい……そしたら番さんも友達になってくれるかもしれない」

 だけど、ジュストさんって結構年上かもしれないな。
 黒くて大きくてライオンみたいだったけど、たてがみがなかったから、トラかもしれない。
 ヒョウなのかなぁ?
 室内に入ったら模様が見えたから。

「リル、お待たせ。……ん? 食べなかったのか?」
「あ、おかえりな、さい……」

 がっしりした黒髪の大男が立っていて驚いた。
 考えてみたら、大型の動物なんだから当たり前なのに。

 話し方が親しげで穏やかだったから、見た目が硬派……くっきりとした顔立ちに金色の瞳、力強そうな顎で、黙っていると怒っているみたいに見えるから、想像と全く違った。

「……あぁ、ごめん。リルも身支度整えたいよな。俺だけさっぱりして。えーと」

 ジュストさんはシャワーを浴びてきたみたいで、髪からぽたぽたと水が落ちる。
 それをタオルでガシガシとふく、男らしい様子を私はじーっと見た。

「じゃあ、手洗いだけ……」
「うん。まっすぐ歩いて突き当たった場所にバスルームがあるから、好きなように使って」
「……ありがとうございます」

 ジュストさんは、タオルを首にかけたまま、カウンターの中へと入った。
 さっきまで背中に乗せてもらったのに、人型になったら大きくて圧迫感があってちょっとだけ怖い。

 でも口を開くと優しい話し方の大人で、落ち着いていてかっこいいと思う。
 周りにいないタイプの男の人でちょっと緊張しちゃうけど、ジュストさんは頼れるお兄さんみたい。





 洗面台で手を洗った後、ティボーのことを思い出して、顔を洗った。
 それからタオルで頬をごしごし拭く。

 あれはミミズ……。
 ミミズの方がましだもの!

 赤くなるまでこすって、ようやく落ち着いた。
 鍵をかけ忘れた私もいけないけど、夜這いなんて許せない!

 あの村には戻らない。
 この街で頑張るんだ!

 だけど叔母さん達は流行りのものをこの街までよく買いに来ていたと思う。

 馬車を使えばあっという間だし、特に叔母さんは馴染みの店がたくさんあるみたいなことを自慢していた。

 私のことをわざわざ探してまでお金を欲しがらないと思うけど、あまり顔を合わせたくないな。
 せっかくだからジュストさんに目立たない仕事はどんなものがあるか聞いてみたい。

「よっし! がんばろっ」

 ぱんぱん、と頬を叩いて気合いを入れた。

 



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