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 私の人生はごくごく平凡で、17歳の時にクロフォード伯爵家の3つ年上のアラン様と婚約した。
 それまでにお会いしたのは3回だけ。
 無口で愛想はないけれど落ち着いていて、王宮で文官をされているとても真面目な人。
 
 会話も弾まなかったけど、18歳の誕生日を迎えてすぐに結婚。一緒に暮らすようになってからは何が好きで嫌いか、何をしてほしくてしてほしくないかわかるようになって。
 毎日が同じくり返しだったけど、お互いの距離感をつかめてから暮らしやすくなった。

 すぐに息子のロッドが産まれ、2年後に娘のジェニファーを授かった。
 アラン様は王都に暮らし、私は子どもたちと領地でのんびり過ごしていたけれど政略結婚としてはうまくいっていたと思う。
 ケンカだってしたことがなかったのだもの。

 年に数度、長期休みを利用して夫が帰ってきて家族と過ごす。
 どこかに家族そろって出かけることはあまりなかったし、夫は書斎か私室にこもることが多かった。
 夕食だけはみんなで一緒に食べる決まりがあったら、子どもたちは普段いない父親の姿に戸惑っていたけれど、しばらくしたら慣れる。毎回そのくり返し。

「ロッドは次の社交シーズンから王都のタウンハウスで暮らすように」
 
 背が伸びて声変わりした息子は高度な家庭教師が必要となって夫と王都で暮らすことになり、年頃になった娘ジェニファーが社交界にデビューする頃には私も王都で過ごすことに。
 
 刺激的に感じた王都の街並みも、今の私には長く住むところじゃないように感じた。
 長く暮らした田舎の領地に慣れてしまったらしい。

 ひさしぶりに会った息子は社交界にもまれてずいぶん冷めた顔つきになっていた。
 領地ののんびりした人々と違い、伯爵の後継ぎだということもあって、貴族特有の腹の中を探るようなやりとりで苦い経験をしたのかもしれない。
 明るく素直でまっすぐな子だったのに。

「ジェニファーのエスコートは俺がする。絶対1人になるなよ」
「お兄様がずっと隣にいたら、運命の出会いがなくなるわ!」
 
「そんなこと言っているとだまされるぞ」
「……お母様! やっぱり今からでも従兄弟の誰かにエスコートをお願いしたほうがいいと思うの」

 娘が助けてというように私を見る。
 
「もうみんな婚約してしまったから頼める人がいないわ」

 娘は夢見がちだから、息子がそばにいたほうが親としても安心する。
 1人で夜の庭園やバルコニーに出て出会いを求めそうだし、そんなことをして危険に巻き込まれてほしくない。

「そんなのつまらないわ!」
「ジェニファー、素敵なドレスを用意したでしょう? もう少しダンスの練習をしたら? カードがすべてうまるくらいホールで目立てばいいじゃない。きっと素敵な人と出会えるわ」

 口をとがらせる娘にそう言ってなだめると、ずっと黙っていた夫も口を出す。

「王都の仕立て屋でもまた新しいドレスを頼んだらいい。まだシーズンまで1ヶ月あるんだから」
 
 領地の収入と文官としての給料もあり、豊かな暮らしができているのもあって、夫は娘にとても甘かった。

「お父様、本当⁉︎ ありがとう!」
 
 明るく希望に満ちあふれた娘はとてもきれいでみずみずしい。

「お母様、明日さっそく仕立て屋に行ってみましょう?」
「そうね」
「母様も新しいドレスを買ったら?」

 代わり映えのしないいつもの私のドレスを見ながら言う息子に、首を横に振った。
 地味かもしれないけれど今着ているものも上質なものだし、夜会用、お茶会用と揃えてある。

「十分あるもの」
「気に入ったドレスがあったら買ったらいい」
 
 真面目な顔をした夫に言われて曖昧にうなずく。
 ドレスの試着も案外疲れるもので、娘の分だけで本当によかったのに。

「お母様、仕立て屋の後は流行りのティールームにも行ってみたいわ!」
「そうね、それはいいわね」
 
 そうして娘のデビューに備えたのに、結局私は参加することができなかった。環境の変化で身体の疲れがとれないところに原因不明の高熱で寝込むことになったから。
 
 身体が熱くて節々が痛くて医者の薬はどれも効かなくて、起き上がることもできないのは初めての経験だった。もう長くないのかもしれない、と一瞬頭をよぎる。
 弱気になってはいけない、まだしたいことがあるわ。
 
「……ロッド、移ったらいけないから。会いに来ないで」

 誰も部屋に入れないように伝えてあるのに、大人になった息子はこっそりやって来た。

「身体は丈夫だし、病気なんてしたことないから移らないよ」
「そんなの、わからないじゃない。少し眠りたいの……元気になったら私も夜会に出ないといけないから」
「――父様と?」

 息子が眉間にシワを寄せている。

「ええ、そうね。ロッドはジェニファーをエスコートするでしょ、1度くらいあの人につき合ってもらうわ」
「…………」

 夫は夜会に1人で参加していない。
 ずっと私は領地で暮らしていたから、夫婦で参加するパーティーにいつも決まった女性を連れていることはずいぶん前から聞いていた。
 
 相手は夫の幼なじみで子爵家に嫁いだものの、すでに配偶者を亡くしているナタリー。彼女が3つ年上だったはず。
 子どもの頃からのつき合いで、ナタリーの父親の事業が傾かなければ結婚するはずだった。
 2人とも本妻としての立場を尊重してくれているから私に不満はない。

 多分ロッドは距離の近い彼らの姿を目にしたのだろう。
 私の味方をする潔癖で正義感の強い息子には受け入れがたいのだと思う。
 
 貴族だからといって息子の結婚には無理やり相手を押しつけるつもりもないし、なるべく好ましいと思える相手を本人に選んでほしいと思う。

「あの人のこと、怒らないで」
「…………」

 ずっと黙ったままの息子だったけど、大きくため息をついた。

「わかった。……今日、新薬ができたって聞いた。僕が取りに行くから、母様はそれを飲んで早く治して」
「うん、ありがとう……ロッド」
 
 優しいところは変わっていなくて胸が温かくなった。
 息子が出て行くのを見送った後、額に手を当てる。
 熱のせいか頭が痛い。少しでも動くとズキズキと響いた。
 
 体は相変わらず重くてだるくて、水を飲んだばかりなのに口が乾く。
 起き上がる気力もなく、ゆっくり目を閉じる。
 
 幼い頃の思い出や結婚したこと、子どもの成長する様子が目の前に浮かんでは消え、いつしか暗闇が訪れた。
 
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