上 下
4 / 14

4 船旅

しおりを挟む


 急だったけど、前日まで働いて揉めることなく仕事を辞めることができた。
 よかったらまたおいでーって言われて嬉しい。

 なんだかんだと楽しくお仕事しちゃって、お仕事最終日にランチだというのにチップをたくさんもらった。
 そうして出港の朝、ベルナルドさんと合流して船のチケット代をきっちり払えて一安心。

 ベルナルドさんは一時的に預かりますって渋々受け取ってくれた。
 本当なら私が2人分払わないといけないのに、退職金をたくさんもらったからってすまなそうに言う。

「ベルナルドさん、ごめんなさい。土地勘があれば1人で向かうんですけど」
「いや、俺が行くと決めましたし、このままではアンのことが心配で眠れません」

 ベルナルドさん、優しすぎる!
 勘違いしちゃうよー。

「ベルナルドさん、ありがとうございます。神殿につけば後は大丈夫と思います」

 それほど大きくない船で、不安を感じつつ乗り込んだ。
 案の定というか、ベルナルドさんと隣の部屋だけど、私は5日の間ほとんど横になって過ごすことになった。
 途中で降り出した雨のせいで、船が揺れに揺れたから!

 船酔いして気持ち悪くて、食事も初めての船旅も全然楽しめなかった!
 
「アン……馬車を手配するのでそれで神殿まで向かいましょう」

 最初はベルナルドさんが馬に2人乗りする算段でいたけど、今の私に揺れる乗り物は無理だと思う。
 本当は早く向かったほうがいいし、ベルナルドさんと密着して馬に乗れる機会なんてもうないけど……ベルナルドさんの前で吐きたくない!
 
「馬なら1日半というところでしょうが、馬車なら3日……いや、2日半で……アン、しばらく眠っていてください。なるべく揺れない道を選びますから」

 ベルナルドさんが御者の隣に座って、馬車が走り出した。







 途中で宿に泊まり、3日目の朝には神殿に着いたのだけど――。

「神官長が旅立った?」

 神殿に人気がなく、いたのは神殿とは関係がなさそうな筋肉隆々の男達ばかり。
 嫌な予感しかしない。
 私のことをじろじろ見るから、思わずベルナルドさんの背中に隠れた。

「お嬢ちゃん、そんななよなよしたやつより俺のほうが強いぜ!」

 細マッチョのベルナルドさんをなよなよと呼ぶくらいに、確かにゴリラな方達ばかりだけど!

「だれか神官は残っていませんか?」

 ベルナルドさんは怯むことなく、質問する。

「あー……。えーっと、指示出してくるやつは昼くらいに顔を見せるはずだ。神殿横の建物にやってくる。いつもこんな早くに顔は出さねぇよ」
「わかりました……またあとで顔を出します。ところで神官長はどこへ?」

 気になっていたよ!
 生きているんだよね?
 白髭を貯えていたけど、肌ツヤよくて、そこまで高齢ではなさそうだったし、最後に会った時はピンピンしていたのに……。

「あ~? あんなに派手に旅立ったのに見てないのか。ずいぶん田舎からやってきたんだなぁ。……国中の教会を査察するんだとよ。旅行だ、旅行! 聖女様のおかげで俺達が生きている間は安泰だから、ぞろぞろ神官を引き連れて、長い長い行列でさぁ。みんな白い衣装で白馬と白い馬車、そりゃあ見ものだったぜ!」
 
 何その優雅な旅は!
 神官長や神官達がいない中で私は還れるの?
 なんか心配になってきた。
 ベルナルドさんが私を安心させるように肩をぽんと叩く。

「今は待って、話を聞きましょう。先に朝食にしましょうか」
「はい」





 ベルナルドさんに連れてこられたのは、いわゆるバル――お酒も飲めるカフェみたいな雰囲気の店で、朝から開いてて驚く。
 船を降りた日は胃がぐるぐるしたけど、途中で宿に泊まって回復した後は、馬車の揺れは船と比べたら全然楽で、今はコーヒーの香りにお腹が空いてきた。

「アンは何を食べますか? チュロスとホットチョコレートもありますし、生ハムとトマトをのせたパンもありますよ」

 チュロスとホットチョコレートが、私の中で日本の味噌汁くらい朝の目覚めの定番になってしまったかも。
 でも、コーヒーも飲みたいし、パンもおいしそう。

「ベルナルドさんは?」
「俺は……生ハムとトマトのパンとコーヒーにします。アンが最初に食べたいものから頼んだらどうですか? 時間もありますし、追加で頼めばいいので」
 
 そう言われて私はチュロスとホットチョコレートにした。神殿で暮らしていた時に出されたものより、どろりとしてとても甘くて濃い。
 チョコレートが残ったら指ですくって舐めたいと思うくらい危険なおいしさだった。

「……ベルナルドさん、すごくおいしいです」
「よかったです。この店は人気があって護衛の奴らも気に入ってました」

 そう言いながら顔くらいあるサイズのパンが、ベルナルドさんのお腹の中へ消えていく。
 護衛騎士の皆さんは神官長について行ったんだろうな。

 私の視線に気づいて、少し首を傾げてから彼が皿を差し出した。

「味見、してみますか?」

 思わずパンとベルナルドさんを交互に見てしまう。相手が女友達だったらためらわずに一口もらうけど、ベルナルドさんだとやっぱりちょっと……ためらっちゃう。

「どうぞ」

 ベルナルドさんがナプキンで手を拭いてから、一口ちぎって私の前に差し出した。

「おいしいですよ。半分のサイズで頼むこともできますから」

 これは口を開けて食べるべき⁉︎
 ベルナルドさん、あ~んになってることに気づいてないのかな?
 じゃあ、私が変に意識しなければいいのかも。

「いただきます」

 エイッと勢いをつけたら、ベルナルドさんの指ごと噛みそうになったけど……多分セーフ。

「…………おいしいです」
「ですね。……もっと、食べますか?」

 ベルナルドさんがもう一口ちぎって差し出す。
 えーと、えーと、恥ずかしいんだけど、ベルナルドさんは真顔だし真面目だし堅物だし!

「あ~ん」

 ピシ、と音がしたみたいにベルナルドさんが固まった。口を開けて間抜けづらの私は、ゆっくりと閉じて、ベルナルドさんの手からそっと指でパンを抜きとった。

「えーと、これでもう十分です。ありがとうございます」
「……あ、あぁ。失礼した」

 ベルナルドさんが動揺しているのが伝わってきて、パンを飲み込んでから立ち上がる。

「コーヒー、買ってきますね。ベルナルドさんもおかわりしますか?」
「いや、大丈夫、です。代わりに私が……」
「いえ、食べていてください。私が味見しちゃったので他にも何がいりますか?」
「味見……」

 そうつぶやいて赤くなってしまったのだけど、ベルナルドさんの赤くなるポイントがよくわからない。堅物だから……? 純情すぎない……?

「いえ、その、何も……」
「じゃあ、コーヒー買ってきます」

 ベルナルドさんが意識しちゃったら、私だってそのまんまじゃいられない!





 

 少しぎくしゃくとしながらも朝食をのんびりとり、街を歩いて散策した。
 還る前に最後のデートみたいと思いつつ、ベルナルドさんと並ぶ。

「神官長は北の方へ向かったよ! これから暑くなるから寒い地方を先に回るって話だった」
「そうか、どのくらい前に?」
「ちょうど1週間前だよ。街はようやくいつも通りに戻ったところだね」

 ベルナルドさんが馴染みの屋台の店主と話すのを横で聞く。
 私がもっと早く戻っていたら、会えたと思うと悔しい。

「それは見れなくて残念だ」
「まぁ国中を回るって言うから、そのうち目にするチャンスもあるよ。全部の教会を回って修繕するって言ってたからね」
「そんなに資金に余裕があるの?」

 国中ともなると莫大なお金がかかると思うけど。
 思わず私がした質問に、店主がにっこり笑った。

「そりゃあ、清廉な聖女様が一切の金品を受け取らなかったというんで、国が用意していた報奨金の一部を当てることにしたらしい」

 ええ⁉︎
 いいんだけどね、いいことに使ってもらえるのなら。
 でもさ。
 私、もらっておけば良かった! 
 そしたら、あの島で働く必要もなかったし、もっと早く神殿に戻れたのに‼︎

「聖女様は素晴らしい方だから」
「本当、本当! 騎士様もデートを楽しめるくらい平和な国になってよかったな」
「……はい、本当に」

 子供みたいに地団駄踏みたい!
 頭の中がごちゃごちゃのまま、私達は神殿へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました

鳴宮野々花
恋愛
 オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。  その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。  しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。  ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」  一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる────── ※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。 ※※不貞行為の描写があります※※ ※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

この夜を忘れない

能登原あめ
恋愛
* R18シリアス寄りです。タグの確認をお願いします(変更、追加の可能性あり)  ハーヴィー殿下とイライザ様がダンスする様子を見て、婚約者候補のハリエットは自分が選ばれることはないと分かってしまった。  両親は最後まで諦めるなと言うけれど、殿下のことは愛してはいないし、2人の仲を裂く気もない。  ただ、18歳の今まで5年もの間高度な教育を受けてきた時間をむなしく感じた。    そんなハリエットに隣国の公爵令息のエルナンドが近づいてきた。  親の言う通りに生きてきたヒロインと率直で自由、やや口の悪い20歳のヒーローのお話です。 * およそ10話程度。Rシーンには軽めのものにも※印がつきます。 * 感想欄にネタバレ配慮しておりませんのでお気をつけください。 * 表紙はCanvaさまで作成したものを使用しております。

王太子様には優秀な妹の方がお似合いですから、いつまでも私にこだわる必要なんてありませんよ?

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるラルリアは、優秀な妹に比べて平凡な人間であった。 これといって秀でた点がない彼女は、いつも妹と比較されて、時には罵倒されていたのである。 しかしそんなラルリアはある時、王太子の婚約者に選ばれた。 それに誰よりも驚いたのは、彼女自身である。仮に公爵家と王家の婚約がなされるとしても、その対象となるのは妹だと思っていたからだ。 事実として、社交界ではその婚約は非難されていた。 妹の方を王家に嫁がせる方が有益であると、有力者達は考えていたのだ。 故にラルリアも、婚約者である王太子アドルヴに婚約を変更するように進言した。しかし彼は、頑なにラルリアとの婚約を望んでいた。どうやらこの婚約自体、彼が提案したものであるようなのだ。

【完結】愛する人にはいつだって捨てられる運命だから

SKYTRICK
BL
凶悪自由人豪商攻め×苦労人猫化貧乏受け ※一言でも感想嬉しいです! 孤児のミカはヒルトマン男爵家のローレンツ子息に拾われ彼の使用人として十年を過ごしていた。ローレンツの愛を受け止め、秘密の恋人関係を結んだミカだが、十八歳の誕生日に彼に告げられる。 ——「ルイーザと腹の子をお前は殺そうとしたのか?」 ローレンツの新しい恋人であるルイーザは妊娠していた上に、彼女を毒殺しようとした罪まで着せられてしまうミカ。愛した男に裏切られ、屋敷からも追い出されてしまうミカだが、行く当てはない。 ただの人間ではなく、弱ったら黒猫に変化する体質のミカは雪の吹き荒れる冬を駆けていく。狩猟区に迷い込んだ黒猫のミカに、突然矢が放たれる。 ——あぁ、ここで死ぬんだ……。 ——『黒猫、死ぬのか?』 安堵にも似た諦念に包まれながら意識を失いかけるミカを抱いたのは、凶悪と名高い豪商のライハルトだった。 ☆3/10J庭で同人誌にしました。通販しています。

戦略的過保護のち溺愛

恋愛
私は女神様によって物騒な国に転生させられた。 怖いと嫌がったのに、守りの指輪一つ付けられてこの世界に落とされた。 理不尽だ。 私の転生先はキメ王国宰相の娘。両親は私を放置していて私は愛情を受けずに育った。お陰で使用人からも無視され結構悲惨な状況。 そんな中、王国は隣国に攻められ滅びる。殺される寸前に敵である漆黒の騎士に助けられる。 無愛想な漆黒の騎士は帝国の公爵様だった。 漆黒の騎士は私を帝国に連れ帰り婚約した。 不器用なヒーローが少しずつ甘くなっていきます。 最後の方がR18です。 22話 完結

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

処刑された女子少年死刑囚はガイノイドとして冤罪をはらすように命じられた

ジャン・幸田
ミステリー
 身に覚えのない大量殺人によって女子少年死刑囚になった少女・・・  彼女は裁判確定後、強硬な世論の圧力に屈した法務官僚によって死刑が執行された。はずだった・・・  あの世に逝ったと思い目を覚ました彼女は自分の姿に絶句した! ロボットに改造されていた!?  この物語は、謎の組織によって嵌められた少女の冒険談である。

処理中です...