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「さっきの人、誰?」

 ルルの無邪気な問いかけに、混乱したまま答える。

「よくわからない……」
「ふーん……あ、これ大好き!」

 ルルがカゴをのぞいてにっこり笑った。
 
「すっごく甘い匂いがしたら見に行ったらちょっとしかなかったんだよね、夕食の後で食べようね」
「ん~、近づくとおいしそうな匂いがするね!」

 ずっと黙っていたケビンさんが、私を覗き込んだ。

「……さっきの子と何か話したかい?」
「……話す前にルルに呼ばれたから」
「……そう」

 食事中もいつもよりだんまりだったケビンさんが、おやすみの挨拶をした時にちょっと話したいと言う。
 一人残ってテーブルの向かいに座ると、ケビンさんがゆっくり話し出した。

「マミはさっき、甘い匂いがするといったけど、夕食に食べた時も感じたかい?」
「摘んでいる時の方がもぎたてだから香りが強かったと思う」

「そう……じゃあ、さっきの子を見てどう思った?」
「……会ったことないのに知っているような、気持ち? ずっと見つめてくるし、私も目が離せなくて。……なんでかわからないけど」

 何この恥ずかしいやりとり。
 顔が赤くなるのが自分でもわかる。

「どきどきしなかった?」
「……どきどき……した、かな。あー、もう、ケビンさん、恥ずかしいっ」

 これ以上顔を見られたくなくてテーブルに突っ伏した。
 私の頭をポンポンと撫でる。

「多分、マミの番だね」
「ツガイ……」
「そう、番。きっとまた会いにくるよ。その時は家に呼んでたくさん話をするといい」
「……今思い出したけど、私とケビンさんが夫婦でルルが子供に思われたかも」

「何でそんなことに?」
「結婚してたのか、とか呟いていたから……」
「うーん、困ったね。番の幸せを祈ってこないかもしれないし……もう一度くらいは最後にと顔を見せるかもしれないけど」 

 縁があればまた会えるよ、それに番はこの世界に数人いると言われてるから、とケビンさんが優しい顔で笑った。
 私がケビンさんに対してあっさり警戒を解いた理由の一つは番の存在かもしれないなぁと思う。

「ケビンさんも……」

 私はいいかけてやめた。
 亡くなった奥さんのこと、今も大事に思っている人に新しい番が現れたら、なんて何を訊こうとしたんだろう。

「ケビンさんも……私が番に会えると思う?私……」

 この世界の人間じゃないのに。

「人間のほうが番に気づきにくいとは聞くけど、さっそく会えたんじゃないのかな?」

 私の秘密は話していないまま。
 こういう時少し心苦しくなるけど、一生誰にも話すつもりはない。
 私はここで生きていくんだから。

「……番に会えなくてもルルが成人するまでここにいてもいい?」

 マミが望むとおりでいいんだよ、娘なんだからと最初から変わらない優しさで微笑んだ。







***


 いつも通りの日常が始まるとたった一度の出会いも忘れていく……ものだと思ったのに、十日経ってもそわそわする気持ちがおさまらない。
 時々どこからか甘い匂いがするから。

 何度も畑や林をうろうろしてしまった。
 なんでだろうと思ったら、ケビンさんが原因を連れてきた。
 また甘い匂いがする。

「マミ……ちょっと話せるかい?」

 隣にはこの間の男の子がいて、ちらりと見ると真っ直ぐ見つめてくる黒目と出会う。
 目を離せないまま、ケビンさんに訊く。

「うん……お茶入れる?」
「いいから、座って。……これは当てられるな……」

 私はケビンさんの隣、男の子は私の目の前に座った。

「俺はケビン、こっちは娘のマミだ。まず、自己紹介してくれるかい?」
 
 男の子は相変わらず私を見つめていたけれど、ちらっとケビンさんを見て頷く。
 また会えて嬉しい、どきどきして体温が上がる。

「僕はシロ、最近この街に来たばかりのカヤネズミの獣人です。成人したので番を探しにやってきました」

 シロくんの瞳の中に赤くなった自分が映っているのがわかる。
 ふんわり甘い匂いがする。

「マミさん……あなたは私の番です。感じませんか?」

 静かに尋ねてくるシロくんに、私は簡単に頷いていいものか戸惑う。

「マミ、感じたままに言ってごらん?」

 ケビンさんに促されて私はますます赤くなって、小さな声で答えた。

「あの……シロくんの、ことは他の人には感じたことがない気持ちで……もっと知りたいなって思うし、どきどきする……それに、甘い匂いがするの……」

 ぶわっと広がる甘い匂いにむせ返りそう。
 ケビンさんが咳払いしてから席を立つ。

「……隣の部屋にいるからね、隣に。ここでは話すだけだよ?」

 私は俯いて頷く。
 扉が閉まる音がした後、シロくんが動く気配がした。

「マミさん……ヴァニラクリームシュー。僕と生涯を共にしてもらえませんか?」

 ヴァニラクリームシュー私はあなたが好きです
 跪いてプロポーズ、私の人生にそんなことが起こると思わなかったからパニックになる。

 思わず真っ赤になって立ち上がると、シロくんがニコッと笑った。
 柔らかい笑みになぜか涙がこみあげる。
 会って間もないのに、認めてしまえば番の存在がしっくりくる。

「手を握っていいですか?」

 無言で頷いて手を伸ばした。
 指先がふるえる。
 だけど、不思議と握られるとすごくほっとした。
 胸がいっぱいで言葉がでないけど、このままシロくんを待たせるわけにいかない。

「あの……こんな私でよければ……よろしくお願いします。ずっとあなたが気になって、ずっと……考えてたよ……」
「……っ! ありがとう、一生大切にします」

 シロくんに立ってもらい向かい合って両手を握る。
 少しだけ背の高い彼を見上げる。

「夢みたい、です……。実は毎日のぞきに来てました……けど、今日を最後に故郷に帰ろうと思っていたんです」
「そう、なの……? 帰ってしまわないで、よかった……」

 握った手から好きだという想いが伝わってくるような気さえする。
 一歩近づくと甘い匂いが強くなって、気持ちが高ぶる。

 この人が好き、私を満たすその想いに泣きそうになりながらシロくんをみつめた。
 
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