上 下
1 / 12

1

しおりを挟む
 

 ママと二人でずっと仲良く暮らせたらいいのに。
 ママの恋人が気持ち悪い。

 二人暮らしのアパートに、時々泊まるようになったあの人が、風呂上がりの私をじろじろ見る。
 だから私は黙々とご飯を食べて部屋にこもる。

 反抗期って言われるけど、しょうがない。
 べたべた体を触られるのはがまんできないし、高校受験も控えているからほんとは塾に通いたいけど、ママには言えないからその分勉強をする。

 早く働いて一人暮らししたい。
 ママは一人ではいられないから、三回目の結婚をするつもりでいると思う。
 ほんとに見る目がない。
 私はあの人が怖い。




 その日、部屋の内鍵が外されていた。
 反抗期の娘が何するかわからないからってあの人が言ったのが理由らしい。
 ママはいつも好きな男に逆らえない。

 今夜大好きなお酒を飲んでいる。
 きっと記憶がなくなるまで飲むと思う。
 途中で起きることもない。
 だから。
 きっと、あの人がやってくる。


 私はパジャマの上にパーカーを羽織り、スマホと膝掛けだけ持つと静かに窓を開けてコンクリートに囲われたベランダに出た。
 音を立てないように窓を閉める。
 ママはテーブルに頭をのせて寝ていた。
 あの人はお風呂だから聞こえないはず。
 
 ここは一階だし、玄関から靴も持ってきたからもしもの時は逃げられる。
 きっと外に出たと思うはず。
 あの人が諦めるまでここにいればいいだけ。

 これまでだって切り抜けてきた。
 ひんやりするベランダの隅に体育座りして膝掛けを巻きつけ、フードも被る。
 今夜は冬もまだだと言うのに珍しく冷え込んでいて、風はあたらないけどちょっと寒い。

 でももう戻らない。
 

 
 



***


 サーッと風の通り抜ける音と寒さで目覚めた。
 まわりは薄暗い。
 明け方?
 草原に一人、ベッドでもなんでもないところにぼんやり座る。

「ここ……どこかな」

 ベランダに隠れたところまで覚えている。
 あの後、逃げた?
 こんなところ見たことない。
 後ろから影がかかって振り返った。

「ひっ……」

 体長二メートル超えの黒い熊が覆いかぶさってきた。
 ひょいっと肩に担がれて、口を開けても声が出ない。

 足をバタつかせて逃げようとしたら、その熊が一鳴きして走り出した。
 二足歩行で。
 舌を噛みそうになって口を閉じた。
 






***


 暖かい建物に入ると私はそっと下された。
 逆さまだったから頭がぼんやりする。
 わけがわからない。
 熊が部屋の奥に入っていき、かわりに二人の可愛らしい女の子が近づいてきた。
 四つのくるんとした瞳がじーっとみつめてきて何か話しかけてくる。

「あの、……ここはどこですか?」

 十歳くらいの黒髪の女の子が首をかしげて部屋を出て行き、髪も目元もそっくりの父親らしい男の人を連れてきた。
 熊が入っていった部屋から。

 熊はどこへ?
 そういえば女の子たちも熊に驚かなかった。
 わからないことを聞きたいのに、話しかけられる言葉がわからない。

 もう一人の五、六歳の女の子が、伝わらなくてもどかしいのか泣き出した。
 すると頭の上にピョンと耳が生える。
 
「ん……?」

 カチューシャかな?
 でも動いてるような?
 瞬きしても耳はある。

 一冊の絵本を手にした男が、広げて見せる。
 子供向けの言葉絵本みたい。

 絵のニュアンスを読みながら指差されたことを組み立てる。

 
 父親がケビンさんでお姉ちゃんが十歳のララ、妹ちゃんが七歳のルル、母親はいないみたい。
 あなたここ住むって……なんとなく、捨てられた異国の子と思われてるのかな。
 ケビンさんを信用していいかまだわからないけど、ありがたい……と思う。


 この国の名はマール。
 地図もみたけど、やっぱりというか、日本はなかった。
 自分のパジャマをちらりと見て思う。
 これ、夢じゃないかも?
 夢なら世界観に合わせた服のはず?

 わからないけど。
 スマホも膝掛けもない。
 じゃあ、やっぱり夢かな。
 考えだすとこんがらがる。
 とりあえず今を乗り切らないと。
 言葉絵本と身振りで伝える。
 
「私、マミ。ありがとう」
 





***


 何度目が覚めてもいつもの日常に戻ることはなくて私はこの世界を受け入れた。
 スマホも膝掛けも広すぎて見つけることはできなかった。

 毎朝、ケビンさんが食事の準備をして仕事に出かける。
 これはのちに私の仕事になるのだけど。
 子供達と部屋の掃除と洗濯をしたら食事を摂る。

 その後、それぞれの勉強をしながら私に言葉を教えてくれる。
 夕方、薄暗くなるとケビンさんが帰ってきてみんなで食事を作り、順番に風呂に入って寝る。
 それの繰り返し。

 言葉絵本で物足りなくなってきた頃、もっと難しい本をもらった。
 私が来て一年が経ったから記念のプレゼントだと言う。

 私のパパは幼い頃亡くなったから、普通の父親がどういうものか知らない。
 けど、身元も言葉もわからない私を小さな子供たちと一緒においてくれたケビンさんはすごい父親だと思う。

 最初は少し疑ってごめんなさい……言えないけど。
 ママが選ぶ人とは違うってこの一年でよくわかった。

 難しい本のおかげで理解したことは、人間と獣人が共生する世界で、十八で成人になるらしい。
 それから、番がいるということ。
 ケビンさんも私がくる少し前に番の奥さんを亡くして途方にくれていたらしい。

 ケビンさんの仕事には便利な、町のはずれに立つこの家は周りから支援してもらえることもなく。
 仕事をしながら子供たちの面倒をみるから長時間家を開けられない。
 
 ちなみにケビンさん一家は普段は人型をとる熊の獣人で、猟師だという。
 熊の猟師、なんだかシュール。
 初めて出会った時は急いで帰るために熊の姿だったらしい。

 私に、子供たちと一緒にいてくれて助かった、面倒もみてくれてありがとうと言う。
 ケビンさんはほんとに、いい大人、です。

 この世界は優しい人しかいないのかな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【R18】傾国の姫、異世界へ行く

やまだ
恋愛
美しさを武器にチヤホヤされて生きてきた凛。 ところがある日異世界に落ちちゃったからさあ大変! 異世界で快適な環境をゲットするため、凛はとりあえず助けてくれた獣人を籠絡することにした。 性格の悪い女が身体使って良いようにしようとしたら、ちょっと深く落としすぎてそのまま狩られてしまう話。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【本編完結/R18】獣騎士様!私を食べてくださいっ!

天羽
恋愛
閲覧ありがとうございます。 天羽(ソラハネ)です。宜しくお願い致します。 【本編20話完結】 獣騎士団団長(狼獣人)×赤い瞳を持つ娘(人間) 「おおかみさんはあたしをたべるの?」 赤い瞳は魔女の瞳。 その噂のせいで、物心つく前から孤児院で生活する少女……レイラはいつも1人ぼっちだった。 そんなレイラに手を差し伸べてくれたたった1人の存在は……狼獣人で王国獣騎士団のグラン・ジークスだった。 ーー年月が経ち成長したレイラはいつの間にかグランに特別な感情を抱いていた。 「いつになったら私を食べてくれるの?」 直球に思いを伝えてもはぐらかされる毎日……それなのに変わらずグランは優しくレイラを甘やかし、恋心は大きく募っていくばかりーーー。 そんなある日、グランに関する噂を耳にしてーーー。 レイラ(18歳) ・ルビー色の瞳、白い肌 ・胸まである長いブラウンの髪 ・身長は小さく華奢だが、大きめな胸 ・グランが大好きで(性的に)食べて欲しいと思っている グラン・ジークス(35歳) ・狼獣人(獣耳と尻尾が特徴) ・ダークグレーの髪と瞳、屈強な体躯 ・獣騎士団団長 剣術と体術で右に出る者はいない ・強面で冷たい口調だがレイラには優しい ・レイラを溺愛し、自覚は無いがかなりの過保護 ※R18作品です ※2月22日22:00 更新20話で完結致しました。 ※その後のお話を不定期で更新致します。是非お気に入り登録お願い致します! ▷▶▷誤字脱字ありましたら教えて頂けますと幸いです。 ▷▶▷話の流れや登場人物の行動に対しての批判的なコメントはお控え下さい。(かなり落ち込むので……)

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

【R18】純情聖女と護衛騎士〜聖なるおっぱいで太くて硬いものを挟むお仕事です〜

河津ミネ
恋愛
フウリ(23)は『眠り姫』と呼ばれる、もうすぐ引退の決まっている聖女だ。 身体に現れた聖紋から聖水晶に癒しの力を与え続けて13年、そろそろ聖女としての力も衰えてきたので引退後は悠々自適の生活をする予定だ。 フウリ付きの聖騎士キース(18)とはもう8年の付き合いでお別れするのが少しさみしいな……と思いつつ日課のお昼寝をしていると、なんだか胸のあたりに違和感が。 目を開けるとキースがフウリの白く豊満なおっぱいを見つめながらあやしい動きをしていて――!?

処理中です...