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3 それが儚いものだと知ったら
2 儚いもの
しおりを挟む「……鳥取君、無理して来なくてもいいのよ」
保健室の扉をノックしようとした時、岩手先生の声に手が止まる。
「……でも……時間が……あと少し……」
「あなた自身を大切にしてほしいの」
「俺は……残り……ここで……今くらい……自由に……」
先輩の声が小さくて、途切れ途切れに聞こえた。
何となく悪い想像をしてしまう。
これは聞いてはいけない話かも。
でもそんなはずはない、私は扉をノックして声をかけた。
「失礼します……先生……?」
扉を開けて後悔する。
ベッドから身を起こす先輩と、向かいのベッドに腰を下ろした先生。
二人がなんともいえない顔でこちらを振り向いたから。
しいていえば困惑?
「あら、鹿児島さん……頭痛?」
先輩は顔を背けて横になり、先生はすぐに笑顔を浮かべた。
なんだろう、なにかおかしな空気。
「はい……頭が痛くて……」
来なければよかったかも。
さっきの話が悪いものではないかって、つなぎ合わせて想像してしまう。
先輩は細身だし、色も白い。
よくここで寝ているんだから、実はかなり体調が悪いのかも。
それに時間とか残りとか自由とか。
そんなのなんだか余命がわずかみたい……。
だけど、教えて欲しいなんて言えるような明るい雰囲気ではなかった。
「いつから痛いの……? 念のため体温測って」
先生の問いに答えて、そのままほとんど定位置になっているベッドに横になった。
体温もいつもより低い。
先生がベッド周りのカーテンを閉めた後、再び保健室の扉がノックされて体育で怪我をしたという男子達の声で室内が騒がしくなった。
「具合が悪くて寝ている子達がいるから、静かにしてね」
それでもボソボソと話す男子の声が聞こえる。
サッカーの授業中に熱くなってのラフプレー。
わざと足を引っかけられて足を挫いてしまったらしい。
体育教師もやってきて、話し合いの結果岩手先生が病院まで連れて行くことに決まったらしい。
カーテンの隙間から先生がのぞいて小声で言った。
「病院に行ってくるから、授業に出れそうだったら戻ってね」
「……はい」
まだ二時間目だから、四時間目から受けようかな。
そんなことを考えていると、いつの間にかみんな出て行って室内がシンとしていた。
いつもは居心地のいい保健室だけど、今日は少し違う。
凪先輩に話しかけづらい。
さっき、顔をそらされたのが実はものすごくショックだった。
それに私も先輩に対していつも通りに話せるかわからない。
さっきの話はいったい何なのか。
訊きたいけれど、盗み聞きしていたのがバレるのもいやだ。
布団をかぶってしまえばいつもの守られた空間だけど……。
私は寝返りを打って、そっとカーテンに手をかけた。
きっと閉じられたままで、眠っているはず。
音がしないようにそっとめくると、同じようにカーテンをめくる先輩がいた。
「…………」
「…………」
見つめ合ってしまって、先輩の口もとが緩む。
先に口を開いたのは彼だった。
「まいちゃん、具合どう?」
「……少しよくなりました。先輩は……?」
いつもと同じ態度。
だけど注意深く見ればカーテンを握る先輩の手ははっきりと筋が浮かんでいて、白い腕は男の人としては細い。
柔らかく笑う先輩のことが心配になってきた。
「ん、大丈夫だよ。ところでさ……さっきの大変そうだよね。俺、怪我したほうの子の親知っているけど相手の出方次第で大ごとになりそう」
「そうなんですか?」
「おばさんが中学の時PTAの会長やっていて、正義感あふれる人だったよ。もしも謝らないでへらへらしたら……」
そう言ってあいまいににごした。
訴えるとか、そういうことなのかな。
「……怪我、ひどくないといいですね、さっきの人」
「そうだね、先生達も落ち着いていたからそこまでひどくないんじゃないかな」
いつもみたいな雰囲気で話せている。
多分普通に笑えているはず。
頭の片隅に先輩に質問したいことが何度も浮かんでは消えた。
「まいちゃんさ、さっきの……聞こえてた?」
いつもより少し低いトーン。
「なにが、ですか?」
私は白々しく返す。
やましいことは何もないというように私は先輩をじっとみつめた。
「…………いや、なんでもない」
先に視線を外したのは先輩で、その時予鈴が鳴った。
一度何かを言いかけた先輩が小さく息を吐く。
「……俺、授業受けてくる」
「はい。凪先輩、お大事に」
「うん、まいちゃんも」
いつもよりよそよそしい。
やっぱり聞いちゃいけない話だったんだ。
先輩の華奢な背中をじっと見つめて祈る。
どうか神様、お願いです。
先輩の命が消えてなくなりませんように。
私の命と半分こしてもいいから。
先輩が出ていった後、私は目をぎゅっと閉じた。
まぶたの裏に穏やかに笑う先輩が浮かんで、とても悲しくなった。
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