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1 雨とピアノ
3 顔を合わせるたびに
しおりを挟む「今日もいた」
「あ、おはよう」
島根が私を見つけて話しかける。
こうして顔を合わせるのは何度目だろう。
「どうしたの?」
「なんとなくここを通るたびにいるのかなって、のぞく癖がついた」
「委員長、やっぱり今も面倒見がいいんだ」
「……ばーか」
そう言いながら、保険医がいないのを確認して丸椅子に腰かける。
「時間大丈夫?」
「うん、一時間自習。今日六時間授業なんだけど、そっちは?」
「六時間だね……」
でも雨も降っているし、憂鬱な気分になっちゃうし早退しようかなって思っていた。
「じゃあ、今日一緒に帰ろうか。雨だから電車なんだ」
「そうなんだ」
七校時じゃないなんて珍しいなと思って眺めていると島根が苦笑する。
「帰り、ここにいる? それとも普通科の玄関まで迎えに行こうか?」
「あー、えーと」
クラスメイトに島根を紹介したくない。
真っ先にそう思って言葉を濁す私に、
「方向おんなじだし一緒に帰るくらい、いいじゃん」
「あ、えっと、帰るのが嫌とかじゃなくて。玄関まで島根が来ると女子に質問攻めにされるよ。……私はそっちがやだなって……」
そこまで言って、一瞬で顔が赤くなる。
まるで、島根を独り占めしたいって言ったみたいで恥ずかしくなった。
赤くなったらますますそれを認めたみたいで慌てる。
「あー……そっか……。えーと、じゃあ……講堂の入り口にする? あそこなら雨に濡れないし、目立たないから……」
島根まで赤くなっていて、ますます恥ずかしい。
「うん。いいよ。……じゃあ、あとで」
「うん、あとで」
島根は首も耳も赤くしたまま部屋を出た。
今もドキドキして困る。
なんだろ。これ。
島根のことは友達として好きで、他の女の子に紹介したくないって考えるのがへん。
最近、彼と会うことが学校で唯一の楽しみに……そこまで考えて、それってやっぱり特別な好きなのかも。
「うわぁ……どうしよう。帰り、意識しちゃうよ」
前よりクラスで過ごす時間がつらくない。
私の心を大きく占めていた友達と合わせなきゃいけないって気持ちが、島根との交流でほんの少し肩の力が抜けたのもある。
相変わらず気疲れはするけど、あと一月ちょっとで春休みになるし、SNSに私抜きで出かけている写真が上がっていてもこれまでほど気にならない。
今ならそれにいいねもできるけど、揉めるのも嫌だしこのままでいい。
それに私の部屋にやってきた電子ピアノは、買いたいと思っていたものよりかなりランクが上のもので憧れていたもの。
ピアノの買取は大した金額にならなかったけど、お姉ちゃんの旅行代と同じだけ出してもらえることになったから。
好きなアーティストの譜面を買ってひたすら弾く。
ヘッドホンして夜中にだって弾くこともできてすごく楽しい。
この曲が弾けるようになったら、もう少し難易度上げてもいいかも。
それに……島根と、SNSで会話するのも楽しい。
おはようとか、おやすみとか。
今日学校来れる? とか。
あれ?
友達とだってここまでマメに連絡を取り合わなかった。
なんか、これって特別じゃない?
そんなことを考えていたから、私は赤い顔をしたまま教室へ戻った。
「あれ? まだ熱あるんじゃない?」
「……そうかも。でも、テスト前だしね」
「無理しないでね~」
「ありがとう」
前だったら深読みして疲れていたけど、今は言葉通りに受け取っていいんじゃないかって思うことが増えてきた。
それと、一人に彼氏ができそうで均衡が変わりそう。
休みの日にデートしたとか、放課後にその子と一緒に帰るとか。
女の子ってころころ変わる。
今の私もそうかもしれない。
だいたい夜も週末も部屋の中でピアノばかり弾いていたら、リビングに降りてこない私が気になったのかお父さんまでのぞきにくる。
こうして夢中になってピアノが弾けるのも、電子ピアノ代を半分出してもらえたのもお父さんのおかげでもあるんだよね。
いつも無視してごめんって思う。
ありがと、って言ったらその後すぐにお父さんのおつまみが届いた。
塩のきいたナッツは大好きだからいいけど、ピアノに触れている時にさあ、食べろって言うのはナシだと思う。
だけど休みがちだったから家族みんなにものすごく心配かけちゃっていたんだなぁって実感した。
そんなことを考えながら古文と現代社会、私にとって眠くなる科目を受ける。
意識は窓の外へ。
北時雨ってこういう雨なんだっけ。
北風に乗って降る雨は、このままあっさり止みそう。
傘がないほうが顔を見て話せていい。
だけどこのまま降っていてほしいかも。
傘に隠れたほうが、目立たなくていって思った。
同中の子と会うからと言って友達と別れた後、講堂へ向かう。
特に突っ込まれることもなくあっさり別れた。
さっき、トイレに寄ればよかったかな。
湿気で髪の毛、変になってるかも。
でも今さらかな?
保健室だともっと気を抜いていたから。
どうしよう、どきどきしてきた。
「福島!」
講堂から傘を差して飛び出して来た島根を見上げる。
「……そんなに大きかったっけ?」
「えー? 今頃? やっと175超えた」
「そうなんだ……。ほら、私いつも座っているか、寝ていた、から、かな?」
なんだろ。
そう答えて恥ずかしくなる。
「そう言えばそうだった。福島、結構休んでいたけど勉強大丈夫なの?」
「……だいたいは。保健室でも勉強したし、その分余計にレポート出されたし」
「何が苦手?」
のぞきこまれてどきっとする。
心臓に悪いよ、こんなの。
「もしかして委員長、教えてくれるの?」
「教えようかと思ったけど、委員長とか呼ぶからやめる」
「えー、ひどい。化学はあまり好きじゃないかな。島根は苦手な科目あるの?」
「なあ、もう名前で呼んでもいいんじゃない?」
今の流れでそうなる?
「えーと、銀?」
「ははっ。顔真っ赤」
さらっと答えたつもりなのに。
困って傘で顔を隠す。
「ちょっ……、傘当たる。しずく」
慌てた声が上から聞こえて。
それに、しずくは私の名前だけど、雨のしずくなのか私の名前なのか。
そっと傘をあげる。
いつもの顔で笑っていて、ドキドキして損した。
「ほら、濡れた」
「あ、ごめん……」
彼の腕におもいきり雨がかかった。
ハンカチを渡そうとしてポケットを探る。
「気にしなくていいよ。今って化学持ってる?」
「持ってる」
テスト前じゃなければ、持っていなかったけど。
「じゃあ、寄り道して帰ろう」
「いいよ、お腹すいたし」
「勉強メインだよ」
ちょっと呆れた声にわかってる、ってこたえて私達は乗り換え駅のファーストフード店に入った。
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