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18 一陽来復
しおりを挟む翌日の昼過ぎにキノン侯爵家の討伐隊が領地に戻ってきた。
特に問題もなかったようで、半年後まで少し気が抜けそう。討伐に参加した者たちはこれから一週間の休暇となる。
「隣の火災の片づけは待機組に手伝っているから、マルソーも休んで」
「やーっと、娘と会える! じゃあ!」
結局フォレスティエ侯爵家の使用人たちは騎士団の宿舎に泊まったようで、今後について連絡があるまでその場で待機するとのこと。
暇を持て余して宿舎の掃除や料理、洗濯など手伝って和気あいあいとしているというから、キノン侯爵家にいるよりよかったかもしれない。
フォレスティエ侯爵が早馬で駆けつけてくるまでの三日、シルヴェーヌも業務は最小限にしてセヴランとのんびりした。
颯爽と現れたフォレスティエ侯爵とは、結婚した日に慌ただしく挨拶をしただけだ。
昔遠目に見た記憶は大きくてがっちりした騎士様だったけど、子どもだからそう思ったのかもしれない。
落ち着いて見ると、思ったよりすらりとして端正な顔立ちの洗練された貴族だということ。
なんとなく雰囲気がセヴランと似ている。
どこがと言われるとわからないけど、見た目通りでないところとか。
「やぁ、大変だったね。色々手配していただきありがとう。さっそく片づけてしまおうか」
元エスム伯爵夫人が放火した件について、セヴランがどうしたいか意見を求められた。
彼はあの夜に話した通り、処罰についてはおまかせで二度と顔を合わせたくないのだと。
「それだけか? なかなか立派な屋敷だった。領民もショックを受けているだろう。不祥事ばかり起こして……まったく、あの女の命だけでは足りないくらいだよ」
「新しく屋敷を建てるしかありませんね。領民たちは彼女に不満を抱いているでしょうから、その点は考慮していただければ助かります」
フォレスティエ侯爵は目線でシルヴェーヌにも尋ねてきたけど、セヴランと意見はほぼ同じでうなずくだけにとどめた。
「わかった。領主への信頼回復も考えないといけないな。さて、時間がないからこのまま向かう。ついてくるか?」
「俺だけ行きます。シルヴェーヌは待っていてほしい」
きっと彼は決着をつけたいのだろう。
たいていのものは見慣れているけれど、見せたくないと言うのなら今回はおとなしくしていようと思った。
「屋敷で待っています」
フォレスティエ侯爵とセヴランが並んで話している後ろ姿は本当の親子のようにも見える。
セヴランが区切りをつけて戻ってくることを願った。
後学のためにと連れられたマルソーは、元エスム伯爵夫人の処罰を目の当たりにして、席を外して吐いたそうだ。
シルヴェーヌがその話を振っただけで青くなる。
「魔獣より人間のほうが怖いんだな。王都は向かない。俺はキノン侯爵家の騎士団長であることを誇りに思う」
それから少しマルソーの態度がセヴランに対しても改まったし、彼の前でシルヴェーヌのことをシルと呼ぶこともなくなった。
セヴランは元エスム伯爵夫人は最期まで文句を言っていたと漏らしていたけど、気持ちの整理はついたらしい。
「来年、ブラッスール伯爵位とあの領地をいただけることになった。領主としても頑張るが、俺はキノン女侯爵の夫として生きていきたい。子どもが生まれて大きくなったら、向こうの領地をまかせたいと思う」
「ずっと思っていたのだけど、セヴは……わたしに最低二人は産んで欲しいと思っている?」
「負担?」
「少し。もともと養子を迎えようと考えていたから。でも、今はセヴの子どもなら産みたいと思う。きっと可愛い、セヴに似たらとても頭のいい子になるわ」
「シルヴィに似たら強くて勇ましい子になるよ。ただ、子どもは神様次第だろう。昔は神なんていないと思っていたが……。欲張りすぎたかな? このまま二人きりだとしても、俺は幸せだし笑って暮らしたいと思っている」
「私も……。わかったわ、授かりものだからこの先どうなるかわからないけど、頑張ってみてもいいかも」
昔お茶会で、子どもを早く授かるにはどうしたらいいか、なんて話していた記憶がある。細かいことは覚えていないけど、身体にいい食べ物やお茶があったはず。
「シルヴィの頑張るところがみたい。今日はこのまま寝室にこもろうか」
「……え? ああ! そういうこと⁉︎」
誤解を招くようなことを言ってしまって頬が熱い。
「セヴ、嫌ではないんだけど、夜まで待ってほしい」
「夜まで……? まだ午前中なのに? 俺、そんなに待てるかな」
「今夜は頑張ってみるから」
「…………わかった、楽しみにしている」
「うん……?」
もしかしたらとんでもないことを言ってしまったかも。
やっぱり無理だと言いたくなったけど、幸せそうな表情のセヴランを見てしまったら何も言えなくなってしまった。
「楽しみだな」
「うん……セヴも手伝ってくれる? 頑張るけど自信ない」
「もちろん、いくらでも」
シルヴェーヌの手のひらにそっと口づけを落とし、セヴランが柔らかく笑う。
約束を破って初恋の人を失ったと思ったけれど、彼は持てなかったものを手に入れて帰って来た。
二人の間に新しい命が芽生えるのもそう遠くないかもしれない。
終
******
お読みいただきありがとうございます。
一陽来復(いちようらいふく)→冬が去り春が来ること。
「女神様はBL好きを異世界でめあわせたい!」短編集の51話目がジャゾン救済話となってます。主役はJKです。
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