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13 専属侍女

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 魔獣討伐まであと一週間という頃、領地内は士気が上がり活気があるものの、ピリピリした雰囲気もあった。

「シル、変な女が来てる」

 ジャゾンが執務室にやってくるのは珍しい。
 今でも女性が苦手な彼が駆け込んできたから。

「どうしたの? 誰?」
「専属侍女希望だって、昔ここで働いていたらしい」

 押したばかりの印章がわずかににじむ。

「どこにいるの?」
「屋敷に入ろうとしたから、ピエールが外で捕まえている。見たことあるって言ってた。俺は知らないけど……」

 そこまで言って身震いする。

「どうしたの?」
「俺を見て美青年になるとわかってた、って。化粧のすごいおばさん……苦手なタイプで」
「わかった、連れてくるように誰かに伝えて。ジャゾンは少し休んできたら」
 
「うん、ありがとう。やっぱり女性で話せるのはおばあちゃんとシル、ヴェーヌ様だけ……えっと、他意はありません。失礼しました!」

 今頃セヴランもいることに気づいてジャゾンが慌てて出て行った。

「彼はなぜ女性が苦手に?」
「あれだけ綺麗な顔だから、小さい頃から貴婦人や令嬢が色仕掛けしてきたみたい」
「なるほど。でもどうしてシルヴェーヌは平気なんだ?」
 
「剣を振り回して男みたいだから? 討伐隊の女弓使いとも話していたはずだから、女性らしさを強調されるとダメなのかも」

「……マルソーと別れた後、彼が婚約者候補だったって聞いた」
「誰から? マルソー? ジャゾンは言わないはずだし、ほかは」
「シルヴェーヌの周りに男が多すぎる」
 
 セヴランがそんなことを思っていたなんて思わなかった。今なら色々話してくれそうだし、誤解していることがありそう。
 シルヴェーヌが口を開いた時、扉がノックされた。

「失礼します」
「どうぞ」

 ピエールが女を抱えて入ってきた。

「ちょっと! 失礼じゃない! 私だって歩けるのに。……お嬢様! おひさしぶりです、ネリーです!」

 専属侍女をしていたネリーが駆け寄ってくる。

「結婚おめでとうございます! 私のおかげで二人が結ばれましたよね?」
「…………」
「…………」

 勢いがすごくてシルヴェーヌもセヴランも黙り込む。

「私が言わなかったら、二人が結ばれることはなかったと思います! だから、もう一度専属侍女にしてください。あれから三回結婚したんですけど、私には向いてませんでした。侍女仕事は給金もいただけますし、私を雇って損はさせません」

 ネリーは得意げに言った。

「……セヴラン殿、私が当時専属侍女だった彼女に秘密を話してしまったのです。ごめんなさい」

 この話はしたくないのだろうし言い訳みたいでいやだったけど、状況を説明しなくてはと思った。

「だいたいわかった。俺が人前で治癒の力を使えばいつかは知られることだったんだ。……それで、彼女を専属侍女にする気?」

「私はしっかり務められる自信があります! 市井の流行りも知っていますし! おじょ、いえ奥様を今より綺麗にして差し上げます」

 ネリーが口を出してきて、シルヴェーヌは無言のまま首を横に振った。
 彼女がいたら、屋敷の中が乱れそうな気がする。

「シルヴェーヌは今も綺麗だよ。……屋敷の侍女は全員弓使いじゃなかった?」

 前半はともかく、後半のセヴランの言葉にうなずく。

「ネリー、残念だけど専属侍女は必要としていないの。それよりここでは弓や剣を使えたほうがいいわ。そうね、侍従長がいいと言ったらどこか推薦状でも……」

 そこまで話して、これでは前回と同じだと気づいて口ごもる。

「ジャックがいるんですか? 昔のよしみで頼み込めば書いてくれるかも……」

 ぶつぶつとつぶやくネリーにあきれた。

「君には俺から推薦状を用意するよ。王都の騎士団の知り合いに使用人を探している人がいる。行くかい?」
「いいのですか?」

 シルヴェーヌはネリーが迷惑をかけるのではないかと心配になって訊く。

「あぁ。商いをしている子爵家で商人気質だ。最初は安いが頑張り次第で給金が上がる。契約内容に初めの一年間は途中で辞めると違約金を払うように決まっているが、辞めなければ問題ない。十年働けば退職金ももらえるし大切にしてもらえるだろう。十歳くらいの娘がいておしゃれに興味があるそうだ」
 
「昔のお嬢様くらいの……やります! よろしくお願いします!」
「今書こう」
「…………」

 セヴランはその場で書状を用意して彼女に渡す。
 笑顔で乗合馬車の賃金まで渡したから、ネリーは王都の男をつかまえるわ、などと楽しそうに言って去っていった。

「……よかったの? 相手に迷惑がかからない?」
 
「いや。薬草の研究にも熱心な子爵で、屋敷に半日いたら独特な匂いがついて風呂に入ってもとれないらしい。使用人たちが続かなくて困っていてね。娘はドレスにも匂いがつくから一日に十回は着替えるそうだ。それと、一年の契約だったはずがしばらくすると書類は十年になっているらしい」

「それって詐欺じゃ……」
「さあ? 匂いがつく以外は悪い職場じゃない。独身者は結婚が難しくなるようだけど」

 セヴランと顔を見合わせて同じタイミングで笑い出した。

「王都の男をつかまえるって意気込んでたのに」

 ひとしきり笑った後、シルヴェーヌはあらためてごめんなさいと言った。
 
「昔のことは本当に気にしていないんだ。いつか家を出ようと思っていたから。それが少し早まっただけだ」

 セヴランの静かな声は嘘をついているようには聞こえない。

「本当に? それでも約束したのに……」

 突然会えなくなってさみしかった。

「俺こそすまない。そこまで気にしているとは思わなかった。あの後騎士団に駆け込んだんだ、治療師が不足していると聞いていたから。最初は見習いとして働き始めて認められて、たまたま運良く陛下の怪我を治す機会があった。寮生活も案外のびのびできたよ」

 セヴランの義母はシルヴェーヌに対しても感じの悪い人だったし、少しも尊敬できるところがなかった。
 昔のエスム伯爵家がどれだけセヴランにとって居心地の悪く安全じゃない場所だったか考えると胸が痛む。

「昔のことはもう本当にどうでもいいんだ。これから先が大事だから」

 そう言って笑うセヴランは何かを決意したような目をしていた。

 

 
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