17 / 17
17 月日が流れて
しおりを挟む* ロルフ視点です。
******
これほど賑やかな生活を送ることになるとは思わなかった。
レイチェルと結婚して最初の息子は初めて結ばれた夜に授かったらしい。
子からまっすぐ注がれる愛情にひどく心が揺さぶられて、大切にしたいものが増えた。
話すようになって自分と同じ性質だと気づいてからは、俺の子ではあるが、妻を奪われかねない相手として葛藤があったものの、概ねうまく関係を築けていると思う。
妻との相性がいいのか続けて三人の息子を授かった。
子どもを育てるのに広い本館で過ごすのは何かと便利だった。
ただ、時々妻を愛で縛りつけそうになると、周りから小言を言われてしまうから、結婚記念日の前後だけは離れで二人きりで過ごして、妻を独り占めする。
妻は言葉でも態度でも愛していると示してくれて、俺もそれ以上に愛を返す。
今はこれ以上賑やかにならなくていいと思ったし、妻も三人もいれば十分ね、と笑っていたから、子種の動きを鈍くする生薬を飲むことを二人で話し合って決めた。
今のところ大きな揉め事もなく穏やかに暮らしている。
いや、一つだけ煩わしいことがあった。
結婚して、十年目。
今年社交界にデビューした公爵令嬢が、頻繁に鍛錬場にやって来て、必要以上に話しかけてくるようになった。
俺に何かを重ねて恋した気分になっているのだろう。
美しいとされる少女が熱っぽい視線で俺を見つめてくるが、俺には最愛の妻がいるし、迷惑としか思えない。
いやむしろ、初めて見た時に不快感を感じた。
これまで数回、今とは違う俺と妻が登場する夢を観てきたが、その中で妻の死因に関わった女が、あまりに彼女に似ていたからだろう。
それが現実感のある夢だったから、見かけるたびに、嫌悪感が増して殺意まで湧くようになった。
公爵令嬢は、俺が気づかないとでも思っているのか夜会で妻を睨んできたり、嘲笑を浮かべたりしてきた。
妻も彼女が苦手なようだ。
妻を悩ます女は、この国にいらない。
我が伯爵家は代々騎士の家系で王家に仕えているが、その実、今は父を中心に諜報活動を得意とし、各所に密偵を潜ませている。
俺は騎士という職業柄いろんな場所を訪れることが多く、思いがけない相手と接触することもあった。
不可思議な呪い師のいる裏の世界を覗くこともできた。
呪い師のおばばは時折予言めいたことを言うし、薄ら笑いを浮かべていて気味が悪いのになぜか嫌いになれない。
縁があるんだろうよ、と歯の抜けた口を大きく開けて笑っていたが。
そして今、他国の第二王子が遊学と称してやって来ていた。
女性問題を起こして、ほとぼりが冷めるまで国を出されたのだが、色好みのため、美しい公爵令嬢を気にいることだろう。
二人が知り合うように仕向けた結果、公爵が第二王子を支えることで、めでたく彼女は他国の王族に嫁いだ。
公爵令嬢がいなくなって、俺達はお互いに随分気が晴れた。
しかし時折あの悪夢を思い出して、安心できなくなる。
それを妻に漏らすと、体温が同じになるまで抱きしめてくれて、心も満たされた。
慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、俺の髪を優しく撫でて、囁く。
「ロルフ様、ずっとそばにおります。あなたを愛しています」
俺は深く息を吐いて抱きしめ返す。
妻は俺の唯一だと本当に思う。
「レイチェル、俺も愛している。ずっとそばにいてほしい」
「はい。もちろん……ロルフ様に甘えられるのもいいものですね」
「…………こんな情けない姿、レイチェルにしか見せることはできないよ」
妻が小さく笑い声を漏らすから、顎に指をかけて口づけを落とした。
「……あの約束は守ってくれ」
「鍛錬場に近づかない、ですね。わかっています」
悪夢は夢のままでいい。
俺もあと数年したら、本格的に父の仕事を手伝うことになるだろうし、鍛錬場に顔を出すこともさらに減るだろう。
結婚して十二年目の結婚記念日。
二人きりでじっくり過ごせるように離れを快適な空間に整えた。
ここに二人でやってくるのは年に一度だけだし、だいたい二、三泊が限度だから特別な時間になる。
お互いのことだけを考えて、たくさん会話して笑い合って、触れ合って満たされる。
もちろん普段も毎晩同じ寝台で眠っているし、会話も身体を重ねることもしているが、どうしても雑念が混じる。
だからこうやって離れで過ごすことは初心を思い出すことにも繋がって、十年以上経ってもお互いを思いやれるのではないかと思う。
寝台の横に置いた蝋燭の炎がぱちぱちと音を立て、小さくなった。
「消えてしまうかもしれませんね」
腕の中の妻が、そっと俺に身を寄せた。
その何気ない仕草も愛しくてたまらない。
お互いの身体を繋げた後でしっとりと汗ばみ、気怠げな様子をみせる。
「ロルフ様、このまま眠りませんか……?」
「それもいいが、湯に入りたいだろう?」
「そうですね。……でも、もう体力がありません……」
「俺が連れて行くよ」
蝋燭を吹き消し、暗闇の中で妻を抱き上げる。
ほのかに浴室を照らす灯りを頼りに歩いた。
「見えているのですか? ぶつかりませんのね」
「あぁ。夜目がきくし、浴室の灯りが見える」
レイチェルが笑ってぎゅっとしがみついた。
「ロルフ様はいつも頼りになるのですね」
「そうでありたいと、願っているよ」
妻の額に口づけを落とす。
ずっとずっと大切な宝だ。
もし生まれ変わっても俺はレイチェルを愛するだろう。
妻も同じように考えてくれることを願う。
55
お気に入りに追加
1,537
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(46件)
あなたにおすすめの小説
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【R18】偽りの檻の中で
Nuit Blanche
恋愛
儀式のために聖女として異世界に召喚されて早数週間、役目を終えた宝田鞠花は肩身の狭い日々を送っていた。
ようやく帰り方を見付けた時、召喚主のレイが現れて……
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R-18】虐げられたメイドが、永遠の深愛を刻まれ幸せになるまで。
yori
恋愛
ある日突然解雇を言い渡されたメイドのエイラは、銅貨一枚のみ渡され王城を追い出される。
かねてからメイド長から虐げられており王城を出れたことは喜ばしいものの、生きる希望を失うエイラ。
全てを諦めたその時、密かに想い慕う公爵さまに救われるが――目覚めたら、なぜかベッドの上で拘束され囚われていて……。
「これから存分に私の愛を思い知って、勝手に死なないと誓ったら解放してあげる」
虐げられていたメイド×光属性のヤンデレ公爵の身分差執着愛のお話。
色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました
灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。
恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
すごくよかったです!今日はこれを読もうと一気に最後まで読んじゃいました〜
この短さでも私好みですごいおもしろかったです〜♡
わ〜✨一気読み嬉しいです!
。・:*:・(*´ー`*人)♡
多分初めての逆行もので、ヒロインが乗り移ったみたいな気分で書きました。
(普段は主役たちを横から眺めている感じなのですが)
himo2さま、コメントありがとうございました🤗
重すぎますよね〜😅
私も思います!
公爵令嬢のくだりはやっぱり書かないとかなぁと。
ようやく一区切りつきました( ^▽^)♪
ありがとうございます〜🤗
10年後も姿を現す公爵令嬢の執念が恐ろしいですね。
それも夢のおかげで悲しい事件を繰り返すことなく、上手く回避できて良かったです😊
逆行前と同じ流れで、登場してもらいました〜😅
幸せな甘い二人を書くはずが、甘さってなんだっけ⁇という感じになってます〜
ありがとうございます〜🤗