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4 一度目の疑惑、そして。
しおりを挟む* 子供に関してややセンシティブな内容が含まれます。暴力表現、最期を匂わすシーンがあります。苦手な方はご注意下さい。
* 目をつぶって一番下までスクロールしていただければ、簡単にまとめてあります。
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私達は中々子どもを授かりませんでした。
月のものが遅れるたびにもしかしたら今回こそはと期待して、しばらくすると訪れるお腹の痛みと出血に悲しくなり、落ち込みました。
私の後に騎士様と結婚したあの友人から、半年も経たず子供を授かったと手紙が届いた時は喜ばしいことなのに、胸が締めつけられました。
もし、目の前で告げられたら笑顔でおめでとうと、言えなかったかもしれません。
友人と私に何の違いがあるのでしょうか。
ロルフ様にあんなにたくさん子種を頂いているというのに。
これまでロルフ様からも義父母からも一切責められたことはありません。
義母は長い間子宝に恵まれず、諦めた頃にロルフ様を授かったものの、散々周りから責められて辛い思いをしたそうなのです。
そういう訳で伯爵家の家系は子宝に恵まれづらいのかもしれませんし、私に問題があるのかもしれません。
結婚して十年が経ち、私達は話し合って親戚筋の男の子を養子として迎えることを決めました。
とても頭の良い子ですし、次男で爵位も継げないのは惜しいことだと思いましたから。
まだ幼いので、十分な教育を受けさせてから引き取ることになるでしょう。
ロルフ様には何度か謝りました。
本当なら、彼に実子を抱いて欲しかったのです。
けれど、ロルフ様はそんなことを言ってはいけないと、神様が俺達の仲の良さに嫉妬しているのだと、二人仲良く暮らせばいいだろうと私を慰めてくださいました。
新婚でもないのにロルフ様はいつも激しく求めてきます。
いつでも私のそばにいたいと、私だけを見つめてくださいました。
あれだけ肌を重ねても子どもを授からないのですから、私達のもとへはもうやってこないのでしょう。
納得していたのに、ふとした時に彼の小物入れから男性用の避妊薬をみつけてしまいました。
どうしてそれだとわかったのかと言うと、次々と四人の子供をもうけた女性で、ロルフ様の従姉妹にあたる方が旦那様に飲ませていると見せてくれたことがあったのです。
それと全く同じものでした。
私より一回り近く年上ということもあって結婚当初から姉のように親身になってくださっていましたが、現在は領地から出て来なくなりました。
もしかして、あの時彼女は遠回しに伝えようとしてくれていたのでしょうか?
あなたの夫も同じものを飲んでいるのよ、と。
もし今彼女に手紙を送ったとしても、ロルフ様に見られてしまうのでしょうね。
私は二十八歳です。
何も問題がなければ、まだ授かることもできるかもしれません。
相も変わらず月のものがない間は毎晩抱かれているのです。
それにしても一体いつから飲んでいるのでしょうか。
ロルフ様に裏切られていたのだと、これまで我慢していたものが沸々とわき上がりました。
とはいえ、何かの間違いであって欲しいという気持ちも僅かにあって心が揺れます。
今すぐロルフ様の真意が知りたい、そう思ってその薬を胸元にしまいました。
それから私は馬車を用意するように言いました。
使用人もいつもよりきつい口調の私に驚いていましたが、それどころではありません。
詰所に向かうと、鍛錬場にいると言うので私は一人向かいました。
けれどロルフ様が見当たらないので誰もいない高台にある見学席から見下ろします。
どこにもいないようです。
もしかしたら、入れ違いになってしまったのかもしれません。
ここまできて、今の勢いのままではまともに話ができないだろうことに気づきました。
私は心を落ち着けようと何度が意識して呼吸します。
もう夫に丸め込まれるのは嫌です。
「あなたが、ロルフ様の奥方様ね」
突然話しかけられて驚きましたが、去年デビューされた公爵家の令嬢です。
たった一人でいらしたのでしょうか。
お見かけしたことはありましたが、これまで話したことはありません。
夜会は最低限しか出席しませんから。
ただ、お茶会でロルフ様に懸想しているという噂話はありました。
どうやらあれは本当の話だったようです。
私が挨拶をすると、上から下まで眺めて鼻で笑われました。
一回りも年下の華やかで美しい令嬢からしたら、私などロルフ様の隣にふさわしくないと思ったようです。
急いで出て来たので、ドレスは上質ではありますが普段着ですし、優雅さにかけた姿だったかもしれません。
本当に。
ロルフ様のお相手はあなただったらよかったですね。
彼は、見た目ほど爽やかな方ではありませんの。
あの重たい愛に押し潰されそうになるのよ。
代われるなら代わってあげたい。
そう思って皮肉な笑みを浮かべてしまったのが気に障ったのでしょうか。
今の私は感情の高ぶりを感じた後で、繕うことができませんでした。
苛立たしげな表情を浮かべた彼女が持っていた日傘を振り上げました。
「あなたがいなければ! あの方は私のものになるのよ!」
周りに誰もいません。
彼女が何度も何度も日傘を振り回すので避けるためにジリジリ後ろに下がりました。
「おやめ下さいませ!」
「年増の醜女のくせに! 私なら、私なら彼の子供を産めるわ!」
ぎゅっと胸が掴まれるような息苦しさと怒りを感じました。
何も知らないくせに。
それでも相手は高位の令嬢のため、とにかく冷静にならなくてはと、離れなくてはいけないと思ったのです。
しかし、さらに一歩下がった先に地面はありませんでした。
そこはあまり使われていない急な下り階段です。
「……っ!」
バランスを崩した私の身体が傾いて、落ちていきます。
全体が見渡せるように、私達のいた場所はとてもとても高かったのです。
目の前の彼女が恐怖に慄いて、小さく悲鳴を上げました。
なぜか笑みが浮かびます。
きっと私はこのまま死ぬのでしょう。
私の半生の出来事がこの短い瞬間に頭の中を駆け巡ったのですから。
視界の端に焦った様子のロルフ様が駆けて来るのが見えた気もしましたが、きっと気のせいですね。
あの薬について訊くことはできないようです。
幸せな時期も、ありました。
でも、この頃はもう疲れていました。
これであの恐ろしい執着から解放されるのですね。
******
お読みいただきありがとうございます。
今回のまとめ。
束縛された十年もの結婚生活の中、レイチェルは子供を授からないことを受け入れていたが、夫が避妊薬を隠していた。
感情の高ぶったレイチェルが鍛錬場に行くと夫に恋する公爵令嬢に絡まれ、日傘を振り回されて避けるうちに階段の上から落ちて死を覚悟した。
これで夫から解放されると安堵した。
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