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13 伯爵家の庭園と薔薇

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 伯爵家で花嫁修業をすることになってから、二ヶ月ほど経ちました。
 その間に両親の元へ顔を出しましたら、叱られると思ったのにうまくまとまってよかったとお父様は笑いました。
 さすがにお母様からはまわりを振り回して良くないと注意を受けましたが、それでも思ったほど叱られませんでした。
 
 どうやらロルフ様が、間に入ってくださったようなのです。
 私が結婚に対して不安を感じているようなのに、こちらの理解が足りなかったからだと。
 ますます彼の株が上がり、結婚式の日取りを決めなくてはと盛り上がりました。
 過去では私の誕生日に結婚しましたが、今回はその日までお互いの理解を深めてうまくやっていけるか確認する日ということになっています。

「ドレスはロルフ様が任せてほしいとおっしゃって、時間もないことだしお願いしたわ」

 結婚式のドレスは人によっては一、二年ほどかけて花嫁側で準備しますが、過去でも伯爵家のつてを使い短期間で用意してくださいました。
 どんどんと周りから固められていますが、今のところお互いの関係は順調で私も納得しています。

 それというのも、気になっていた子供を持つことについて前向きな発言がありました。
 後継ぎになる男の子を生んで欲しいが、私に似た女の子も可愛いだろう、と。
 それを受けて私が二人欲しいです、と言いますとわかった、励むよと笑いながら私の髪に指を絡めてじっと見つめられました。
 私は恥ずかしくてしばらく赤くなった顔を上げることができませんでしたが。

 過去では、結婚前に子供についてじっくり話し合うことはありませんでしたが、もしかしたらどこかの時点で彼の気持ちが変わっていったのかもしれません。
 今回はもっと注意深くいようと思います。
 このまま、滞りなく進めば半年ほどで結婚ということになるのでしょう。

 ロルフ様とは結婚前から語り合う時間が増えましたが、手を握られる程度でそれ以上触れ合うことはありませんでした。
 伯爵夫妻の目があるということもありますが、過去には婚約中に口づけの手解きを受けていたので意外なのです。

 だからでしょうか。
 私は夢の中でロルフ様と口づけを交わします。 
 ただ唇を重ねるだけの優しいものではなく、行為に至る前のような深い口づけです。
 十年の夫婦生活の経験がありますから、それを思い出しているのかもしれません。
 ほぼ毎晩抱かれていましたから。

『レイチェルの初めては誰のもの?』

 ロルフ様が問います。
 もちろん私はロルフ様ですと答えますから、嬉しそうに私の意識が途絶えるまで深くて長い口づけを交わすのです。
 夢の中で意識が途絶えるなんて、ものすごく不思議ですね。

『レイチェル、愛している』
『レイチェル、俺を好きになって』
『レイチェル、もっと俺を求めて』

 その日は朝になっても彼の声が耳に残りました。
 朝食の席でいつも通りのロルフ様を送り出しましたが、視線が彼の唇に吸い寄せられるので、とても困りました。
 私はいつもの朝を過ごせていたでしょうか。

 その後は伯爵夫妻が揃ってお出かけになり、私は部屋でのんびり刺繍をしていましたが、まったくはかどらないので庭に出ることにしました。
 
 やはり薔薇園がすばらしいのです。

「レイチェル様、よろしければこちらにお茶をお持ちしましょうか?」

 私付きの侍女に声をかけられました。
 薔薇を眺められる場所にテーブルと椅子が用意されています。
 伯爵夫人がここで息抜きをされるのでしょうか。

「いいの?」
「はい。……ここはロルフ様のお気に入りの場所ですので、レイチェル様も過ごされたと聞いたら喜ぶと思います」
「そう、ね……」
「では、準備してまいります」

 そっと椅子に腰を下ろしました。
 ロルフ様に合わせてあるからでしょうか、私には体がすっぽりと深く沈んでしまいますが、全体を見渡せるので特等席です。
 
「よろしければこちらもどうぞ」

 薔薇ジャムを添えたバターケーキとお茶をいただいてとても幸せな気分です。
 お腹も満たされて、ついつい私はそこで微睡まどろんでしまいました。






「レイチェル、風邪をひいてしまうよ」

 深みのある声に囁かれ、ゆっくりと目蓋を上げました。
 至近距離にロルフ様のお顔があります。

「……ロルフ様? お帰りなさいませ……お出迎えもせずごめんなさい」

 寝起きの私の声は掠れていました。
 恥ずかしく思っていると、返事の代わりなのか一瞬だけロルフ様の唇が触れます。
 まだ夢を見ているのでしょうか?

「君がここにいるのが、幸せ過ぎて夢みたいだ……」

 うっとりとした声音が響きます。

「レイチェル、まだ一月残されているが、どうかな? 少しは俺を好きになってくれた?」

 私の目の前で片膝をつき、手を取りました。
 真摯な眼差しを向けられたら、正直に答えるしかありません。
 今の彼には初めて伝えますから、心臓が早鐘を打ちます。

「はい。……ロルフ様のこと、好きです」
「結婚、してくれますか?」

 僅かに緊張した面持ちで私の言葉を待っています。
 私は息を吸い込んで、口を開きました。

「……あの、私、嫌なことは嫌だと言いますし、ロルフ様の思い通りに動く妻にはならないでしょう。自由に買い物したり、友達とおしゃべりする時間も大切なのです」
「わかっている。……君が手に入るなら全て受け入れる。……念書を書いてもいい」

 ロルフ様は軽い気持ちで言ったようですが、私は頷きました。

「ぜひお願いします」
「…………わかった」

 ちょっと複雑そうな顔をしながらも頷いてくださいました。

 もう二度と大人しく閉じ込められるつもりもありませんし、約束を破った際には逃走資金にあてられるものを頂くというのもいいかもしれません。

「レイチェル」

 ロルフ様が私の手を引いたので、ゆっくりと立ち上がりました。
 熱っぽい瞳に見つめられて、胸の鼓動がますます速くなります。
 そのまま、壊れ物に触れるようにそっと抱き寄せられました。

「ロルフ様」

 温かい胸に頬を寄せ、静かに息を吐きました。
 大きな手が私の背中をゆっくりと撫でます。
 
「レイチェル」

 甘やかな声で呼ばれて顔を上げると、ロルフ様の顔が近づいてきます。
 息がかかるくらいの距離になった時、私の目蓋は自然と閉じました。
 ゆっくりと唇が押しつけられます。
 十七歳に戻ってから初めての口づけでした。

 数々の想い出が湧き上がって胸がきゅっと締めつけられた私は、頭を後ろに逸らして息を吸い込みました。
 なぜかそうせずにはいられなかったのです。
 ですが、離れた唇を追いかけるようにロルフ様が再び塞ぎ、そのままそっと舌を差し込みました。
 優しく戯れるように私のそれに触れ、誘いかけます。
 こちらからもそっとロルフ様の舌にそれを絡めますと、大きく口を開けて深く深く私の口内を探り始めました。

 思いがけない性急さに驚いた私が目を開けますと、ロルフ様がじっと表情を観察しているようでした。
 過去の初めての甘い口づけとは異なり、混乱している私から官能を引き出すように上顎を嬲り、口内を隈なく蹂躙してくるのです。

 もしかして私は失敗してしまったのでしょうか。

 
 
 
 
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