10 / 17
10 移り行く日々
しおりを挟むその後、マイケル様と一度だけ夜会でお会いしました。
「副隊長がご執心みたいだね。俺、釘刺されちゃってさ。今後も友人としてつき合おう……副隊長が許してくれるのなら、かな? ははっ」
笑い事ではありません。
黙り込む私にマイケル様が近づいて囁きました。
「覚悟するしかないよ、これ以上そばに居たら明日叩き潰されるから、失礼するよ。じゃあ、頑張って!」
お母様が言った通り、もしもマイケル様と結婚していたら何か問題があった時に丸投げされたかもしれません。
彼との縁は回避できて良かったのでしょう。
こっそりため息を吐く私の元へ、ロルフ様がやって来ました。
「レイチェル、今日も綺麗だね」
過去と違うのは、こうして私の気を引こうと花を贈ってくださったり、今日のためのパーティのドレスを贈ってくださったり、まめまめしく男爵家に顔を出してくださいます。
正直頂いたドレスを身につけることは抵抗があるのですが、私以外の男爵家全員、使用人達までもが歓迎しています。
ロルフ様は流行りのカフェですとか、最新の歌劇にも連れて行ってくださりました。
私が断ろうとすると、周りが遠慮するなと背中を押すのです。
ロルフ様はその間黙っていて、ここぞという時に困惑する私の手をとって連れ出します。
「レイチェル、俺のことを知って欲しい。知らぬまま、断らないでくれ。……君が嫌がることはしないから」
「……本当ですか?」
過去のロルフ様のことを思えば、疑ってしまうのは仕方ないと思うのです。
それに、彼にも過去の記憶があるのではないかとずっと様子を伺っていました。
今のところ、そのような素振りはなく、戸惑ってしまうことばかり起こっていますが。
「レイチェルの、慎重で貞節なところもいいな。他の男は信用しないでほしい」
「…………」
たまにこのような過去を連想させる発言に、何と答えていいかわからなくなります。
ロルフ様が眉毛を下げて乞うように私を見つめました。
「どうか、嫌わないで。レイチェル」
こんな姿の彼を見たことがないのです。
それに、これでは私が悪いことをしているみたいです。
それでもあえて言いました。
「私、束縛されるのが嫌いなのです。息が詰まりそうになるのです。よそ見をするつもりもありませんし、信頼できる方と添い遂げたいと思っています。……高望みかもしれません。ですが、本心です」
「…………レイチェルは、しっかりしているな」
ロルフ様がそっと漏らしました。
生意気なことを言ってしまいましたが、今さら取り消すこともできず、頭の中でとんでもないことを口にしてしまったかと慌ててしまいます。
なんと弁解したら良いのかと考えましたが、全く言葉が出て来ません。
「わかった。レイチェルの気持ちを尊重する。その代わり、俺のことを知るまでの間、一緒に過ごしてほしい」
「わかりました。……その、期間を決めませんか?」
「……レイチェルの次の誕生日まででどうだろうか?」
「あと半年ほどですね」
私が日付を告げると、ロルフ様がしっかりと頷きました。
まるで予めわかっていたかのようです。
「その間、頑張らせてもらう」
それからは、ロルフ様がこれまで以上に頻繁にいらっしゃるのと、両親がこの縁がうまくいくように私をあちこちに連れ出して一人になる時間がなくなりました。
忙しくて息を吐くのは寝台に上がった時だけです。
こんな状態なのに、なぜかロルフ様のお誘いを断らない私自身の気持ちを考え出すと落ち着きません。
そして、いつの間にか楽しんでいることに気づいてはっとなるのです。
そんな私の様子を両親は温かく見守り、ロルフ様は嬉しそうに笑みを見せました。
私とロルフ様が婚約間近との噂が流れるのも当然かもしれません。
夜会でもロルフ様が常に私に張りついて、続けて二度もダンスを踊ってしまいましたから。
ただの男女が続けて踊るのは一般的ではありません。
例外は婚約者か結婚相手でしょう。
その時のロルフ様はとても満足気でした。
彼と過ごす時間は楽しいので、あとから複雑な気持ちに陥ります。
本音は一人になってじっくり自分と向き合いたいのです。
私は今、流されるままに生きているのではないかと、いえ、それが貴族の令嬢の生き方ではあるのですが……。
「ロルフ様? ほかに挨拶は……?」
「もう済んでいるよ。レイチェルのそばにいるほうが重要だ」
ロルフ様が隣にいるおかげで、高位の貴族の令嬢に嫌がらせなどされることもありません。
私の友人が近くにいる時だけ、挨拶に向かいます。
「レイチェル、ロルフ様に大事にされているのね。今のうちにお花摘みに行きましょう? とにかく一人にしたくないんだって私にまで頭を下げたの。……それに、ずっとレイチェルと仲良くして欲しいっておっしゃったわ」
あのロルフ様が、友人とのつき合いを認めてくださった?
過去には、二人の時間が減らない程度に渋々認めていた様子でしたから心がざわざわします。
にわかには信じられません。
「本当にそんなことを?」
「ふふっ、本当よ……私もとても驚いたけど、愛されているのね……」
「…………」
私はどんどん周りを固められてしまっています。
やっぱり結婚はしませんなどと言うことができるのでしょうか……。
時々、優しいロルフ様に絆されそうになるのです。
本当に無理強いをしてきませんし、見返りだって求められていないのです。
慈しむようなとても愛情のこもった瞳で私を見つめます。
時に熱くて私の体温も上がってしまうような困ってしまう時もありますが。
最近は予定を教えてくださるので、休みの日には必ず一緒に出かけるようになりました。
たいてい観劇や演奏会が多いのですが一度だけピクニックへ誘われました。
馬車で湖の近くまで行き、敷物を敷いて二人きりで食事をしました。
過去、婚約した頃にもこんな風に出かけたのを思い出してなんだかとてもせつなくなりました。
あの頃が一番幸せでした。
そして、今もロルフ様と一緒にいる時間を楽しんでいる自分がいるのです。
この時間が嫌ではないのです。
私は気づいてしまいました。
結局私はまだ彼を愛していることを。
しかし私はまだ一度も好きですとも、お慕いしていますとも言っていません。
気持ちはぐらつきますが、あの最期の時を思い出して踏みとどまるのです。
鍛錬場に近づかなければ済む話なのかわかりませんが、きっとまた、幸せが壊れる日がやって来るのだと思います。
幸せは長く続かないものでしょう。
ピクニックの帰り、これ以上お互いの時間を重ねるのはやめたほうがいいと考えました。
そして、私は手に入れた機会を見逃しませんでした。
48
お気に入りに追加
1,537
あなたにおすすめの小説
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【R18】偽りの檻の中で
Nuit Blanche
恋愛
儀式のために聖女として異世界に召喚されて早数週間、役目を終えた宝田鞠花は肩身の狭い日々を送っていた。
ようやく帰り方を見付けた時、召喚主のレイが現れて……
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R-18】虐げられたメイドが、永遠の深愛を刻まれ幸せになるまで。
yori
恋愛
ある日突然解雇を言い渡されたメイドのエイラは、銅貨一枚のみ渡され王城を追い出される。
かねてからメイド長から虐げられており王城を出れたことは喜ばしいものの、生きる希望を失うエイラ。
全てを諦めたその時、密かに想い慕う公爵さまに救われるが――目覚めたら、なぜかベッドの上で拘束され囚われていて……。
「これから存分に私の愛を思い知って、勝手に死なないと誓ったら解放してあげる」
虐げられていたメイド×光属性のヤンデレ公爵の身分差執着愛のお話。
色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました
灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。
恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる