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9 黒い薔薇

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「もしかして、寒いのかい? 天気は良かったけれど、風が出てきたな。家に帰ったら風呂に入って早く休むといい。これからのことはゆっくり考えよう」

 私はいつの間にか両腕をさすっていました。
 鳥肌が止まりません。
 これは本当に寒いからなのでしょうか?
 私の弱った心に、何かの病が入り込んだのかもしれません。

「そう、ですね。少し、風で冷えたのかもしれません。……早めに休ませてもらいますね。今日のことは、改めて……」
「ああ、そうだな。浮かれてすまなかった。本当に、レイチェルに幸せになって欲しいんだよ」

 お父様の声は小さかったけれど、その想いはしっかり私の胸に届きました。
 ただ、万一伯爵家ロルフ様からの縁組の申し込みがあった場合、もっと高位の方から申し込まれているか、すでに婚約が整っていない限り、断るのは難しくなるかもしれません。

 両親は悲しむかもしれませんが、修道院に入るのが一番よいような気がしてきました。
 しかしここまで考えて、深読みしすぎかもしれないと思い至りました。

 きっとロルフ様と会って、興奮しているのです。
 私もお父様と一緒だと、そう思い込もうとしました。
 そうでないと、今夜は眠れそうにありませんから。

 






 その夜、私は熱を出してしまい、大事をとって三日ほど寝台の上にいました。
 卒業した後一週間も寝込んだので、みんながとても心配して甲斐甲斐しく世話をしてくれます。

「お嬢様、薔薇の花が届いていますよ。あまり見かけない珍しい色です」

 お見舞いには全く相応しくない、黒薔薇を見て息を呑みました。
 これは伯爵家の庭で育てられていて、ロルフ様が私に笑いながら教えてくださったものと一緒だったからです。
『永遠の愛』という意味のほかに、『あなたはあくまで私のもの』という意味もあるのだと。
 あの時は愛されていることをより実感してとても嬉しく思いましたが、今の私は混乱しています。
 
「薔薇が四本って、『死ぬまで気持ちが変わらない』って意味でしたよね? この色にも特別な意味があるんですか? きっと素敵な意味なのでしょうね」

 ベティがニコニコしながら訊いてきたので、今度調べてみるわと答えました。

「少し……匂いが強いみたい。やっぱり向こうに飾ってくれる?」

 本当は捨ててしまいたいのですが、なぜかその言葉が出て来ませんでした。
 
「かしこまりました。あ、こちらにお手紙がありますので、体調の良い時にご覧になってくださいませ」
「ありがとう、ベティ」

 私は早速、伯爵家ロルフ様の紋章の入った封筒を開けました。

 一体何が書かれているのでしょう。
 どうして彼はこんなに私の心を揺さぶるのか、深く考えたいのに考えることができません。

 中に入っている便箋を震える手でそっと開きました。

『愛しいレイチェルへ。 
 
 花が慰めになるといいのだが。   ロルフ』

 たったそれだけです。
 愛しい、だなんて一度しかお会いしていないというのにおかしいです。
 これは黒薔薇の花言葉と本数が伝えたいことなのですね。
 私は今後どうしたらよいのでしょう。
 絶世の美女でもないのに、たったあれだけで気に入られるなんて、信じられません。
 やはりロルフ様は過去を思い出したのでしょうか。
 でも、私の周りには誰一人、時間が戻ったことに気づいた人はいません。
 どんなに考えても、今すぐ結論はでそうにありません。

 様子を見にやってきたお母様が、眉を上げて私を見ます。

「レイチェル、そんな顔して嬉しくないの?」

 そんなにひどい顔をしているのでしょうか。
 ものすごく困惑しています。

「私……少ししかお会いしていないのに、意味がわからなくて……正直、マイケル様の方が好ましいと思ったから……」

 お母様には率直に言いました。

「あら……。ロルフ様、素敵じゃない。とても落ち着いて、美丈夫で。……レイチェルに一目惚れしたのだと言っていたの」

 どうやら、お母様はロルフ様の味方になってしまったようです。

「あのね、私達も恋愛結婚ではあるけど、お父様の強い押しに負けたところがあるの。今は良かったと思っているわ……女性は愛された方が幸せよ。外に愛人を囲ったり、子どもを作ったりして揉めているところも多いから。お父様は私の知る限りそんなことはないわ……ロルフ様もこれまでに浮いた噂もないし、真面目できっと大事にしてくれるわよ」
「そうかしら……?」

 愛人は囲わないけれど、妻を息苦しく感じるほどに、囲ってしまうのはどうなのでしょう?

 私の知る限りでは外で子どもは作っていないようでしたが、妻との間にも作りませんでした……信じてもらえそうもないので話すことはできません。

「マイケルもいい子なのだけど、少し頼りないわ。……それに、少し……女の子が好きなのよね。そういう年頃なのかもしれないけれど、今からよそ見をする子を、私はお勧めしないわ」
「…………お父様はなんて?」

 お母様が顔を明るくして喜んでるわよ、と答えます。

「お父様も、ロルフ様との話を?」
「ええ、とてもありがたい話だって。マナー学校に行って良かったわね。こんな良縁に恵まれるなんて」

 本当でしょうか?
 結婚して数年後には一人で男爵家実家に泊まることもできなくなり、ロルフ様と年に一、二度だけ数時間滞在する程度になるんですよ?
 会うたびに両親が老いていくのを実感するのです。
 そしてもっと、顔を見せにおいでって二人は言ったのですよ?

 でも私は口をつぐみました。
 宝石を売り、お金を持って領地にある修道院に駆け込んでしまおうか、と。
 ただの現実逃避かもしれませんが、頭の中で忙しなく計画を立てました。
 
 
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