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7 一度だけ

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「これに勝ったら準決勝だわ。……さすがに相手も強そうね」
「ええ、本当に……」

 私も彼女も最初は彼がとても人気のある騎士様だと知りませんでした。
 十一年前のロルフ様は若々しいけれど、すでに自信に満ち溢れているように見えます。
 胸がきゅっと掴まれるような、何ともいえない気持ちになりました。
 気づかれないでしょうから、この試合だけは大好きだった頃のあの方の姿を目で追いかけます。
 
 お見かけするのはこれで最後です。
 私もいつまでも思い出すようではいけないですから、ここを区切りに前を向きます。
 
 本当に最初は大好きでした。
 あんな風になるまでは。

「ああ! 今のはとっても痛そうだわ。お怪我してないかしら……」

 過去と同じように、あっさりとロルフ様が勝ちました。

「残念だったわね。きっと体を鍛えているから、大きな怪我にはなっていないと思うわよ」

 私はそう言って、立ち上がりました。
 これ以上ここにいるのは良くないでしょう。

「そろそろ帰りましょう? 心配なら今度軟膏とか滋養にいい食べ物とか差し入れしたらいいんじゃない?」

 そう言いながらも、いきなりそんなものを渡してはおかしいと思って、訂正しようと口を開きました。

「そうね、それはいい案ね! それに負けたところに声をかけに行っても嫌かもしれないし……次の時にするわ。……レイチェル」

 期待するような目で私を見上げます。
 でもこればかりは譲れません。
 私はもうつき合うつもりはないのです。
 それに過去でも、次に一緒に行く約束をしていた日は私は頭痛で行けず、彼女は一人で行って彼に話しかけることができたと嬉しそうに報告してくれましたから。

「一度だけって約束でしょ? 私、お見合いすることになったの。だから、あまりこういうところに出入りするのは良くないと思うの」
「お見合い? まだ学校を卒業したばかりよ! 二十歳になっても見つからなかったらお見合いでいいじゃない!」

 彼女の言葉はもっともですし、まだ具体的なお話はないのですがもう決めてしまいました。
 もっと自由に穏やかに暮らしたいのです。

「悪い話じゃないの。だから、会ってみるだけよ」
「そうなの? 勢いで決めちゃダメだからね!」

 その言葉はなんだか身につまされます。
 勢いだけで結婚してしまった過去を思い出してしまいました。

「わかっているわ。……そうだわ、お礼をするなら、南の商店街の端にあるパン屋のパイとか、いいかもしれないわ。いきなり手作りのものとか警戒されるかもしれないから」

 騎士様に媚薬を盛ろうとする女性が後を絶たないと聞いたことがあります。
 それならば、あの騎士様のご贔屓のお店の品のほうが受け取ってもらいやすいでしょうし、会話のきっかけになるかもしれません。

「そうね! そうしてみようかしら。ありがとう、レイチェル」
「話ならいくらでも聞くわ」

 何事もなく私達は馬車に乗りました。
 過去ではこの後、友人と騎士様の紹介でロルフ様と知り合いましたし、週に二度も三度も鍛錬場に通った為に私達のお目当てが誰かということもすぐに周りに知れ渡りました。
 
 でも、もう行くつもりはありません。
 胸がざわめくのも、きっと今晩ゆっくりと湯船に浸かってたっぷり眠れば治まるでしょう。








 あの日から一週間ほど経ったある日、お父様の紹介で取引先の伯爵と、その令息と食事をとる機会がありました。
 お見合いとまではいかず、たまたま一緒になったから顔を合わせたていです。

 王宮で文官として働いているそうで、口数は少なく表情があまり変わらない方でした。
 一回りくらい年上でしょうか。
 あまり会話も弾まず、次に会うこともないでしょう。
 
「頭はいいし真面目に働くから、将来も有望な奴なんだが、いかんせん女性に気の遣えない奴だな。じっくりつき合えば悪くないかもしれんが……まぁ、レイチェルにはもっと優しさを態度で示せる奴がいいだろう」

 お父様もそんな風に呟いていました。
 私も同じ印象です。
 その後、友人から騎士様との距離を縮めている様子の手紙を何度か受け取り、二ヶ月ほど経ちました。

「レイチェル、今度の相手は王宮に勤める騎士なんだが、生業のわりに穏やかな性質でね。前回みたいに一緒に食事をするのではなくて、植物公園で会うことになっているんだ。少し歩きながら人となりを見てごらん? 今回も形式ばったものではないから気楽に顔を合わせるつもりでいい。私も見える範囲のところにいるからね」
「……わかりました」

 聞いた瞬間、嫌だと思いました。
 でも、騎士の方すべてを一括ひとくくりにしてはいけないですね。
 お父様がせっかく選んでくださったのですから。
 
「同じ男爵家だし、歳もレイチェルの二つ上だよ」

 爵位が同じなのは、こちらも気負わなくてよいですし、二つほどなら話題に困ることもないかもしれません。
 ふと、ロルフ様は七つ歳が上だったことを思い出して、頭の中から追い払うように微かに首を振ってしまいました。

「……焦らなくてもいいんだよ、レイチェル。気が進まなければ断っても」
「いえ、お会いします」

 夜会で出会うのとは違いますから。
 上辺だけではわかりませんもの。
 






 父様と二人乗りの馬車で公園に向かいました。
 今日はよく晴れて爽やかな天気です。
 公園を散歩するのはとても気持ちがいいでしょう。
 これならそれほど会話が弾まなくても間が持つような気がしてきました。
 
「あぁ、いたいた。あの黒髪の子だよ。今日はね、友人が領地のほうで手が離せないから、付き添いで上司の方が来てくださると手紙が届いてね。彼は、有名な騎士だよ。レイチェルも、知っているかい? 何かのご縁だ。せっかくだから顔を覚えていただこう」

 お父様が私に説明してくださるのですが、それどころではありません。
 どうしてここにロルフ様がいらっしゃるのでしょう。



 
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