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5 執務室

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 お兄様に言われたとおりの道順で、人気の少ない廊下を歩いた。噂になっても良くないから目立たないほうがいいみたい。  
 カゴの中には食べやすいようにパンに肉や野菜がはさんだものが沢山詰められている。
 ノア殿下の執務室の近くでお兄様が待っていてくれた。

「イーディスの一生に関わることだ。一時の感情に流されてはいけないよ。ちゃんと話を聞きなさい」

 落ち着いた態度のお兄様の言うことは、すごく真っ当で公爵家うちにいる時とは別人みたい。
 
「わかりました」
「もちろん、すぐに受け入れてはいけないよ」
「……はい」

 お兄様が扉の前に立つと、

「どうぞ」

 ノックをする前だったのに、扉の内側から声をかけられた。
 小声だったから会話は聞こえてないはずだけど、足音が聞こえていたのかも?
 
「殿下、失礼します。ちょうど妹がランチを届けてくれたので、一緒にいかがですか?」

 お兄様の言葉に机に向かっていたノア殿下がゆっくりと顔を上げてうなずいた。
 
「いいね、ちょうどキリがいい。ようこそイーディス嬢、ハニガン公爵家の料理はとてもおいしいから楽しみだな」

 ノア殿下は立ち上がると私の目の前まで歩いて来た。
 
「ごきげんよう、ノア殿下。突然押しかけて申し訳ありません」
「いや、こちらから会いにいくつもりだったのにアンドレのほうが行動がはやいね。三人だけだから気楽にしてほしい」

 ソファに案内されて私はお兄様の隣に座る。
 ノア殿下が綺麗な細工の銀器でお茶を入れ始めたから、手伝ったほうがいいのかとお兄様を見た。

「お茶をれるのはノアの息抜きだから、そのまま座っているといい」

 お兄様は私からカゴ取り上げた。
 ますますやることがない。

「その日の気分で茶葉を選ぶことにしているんだ。たまに組み合わせで失敗もするけれど」
「……そうなんですね」

 ノア殿下が和ませようとしてくれているのに、私は気の利いたことが少しも言えない。
 ひと通り学んだのに。
 お兄様も黙ったままカゴの中のものをとりだして、テーブルに並べていく。
 
 殿下が手にしていたのはローズマリー。それから何かをひとつまみ。
 どんなものを出されても飲み干そうと思った。

「今日のは気に入っている組み合わせなんだ」

 緊張がとけないままお茶を口に含むと、ローズマリーの香りの後でさわやかな柑橘の風味。
 もっと野生的でとがった味になるのかと思ったけれど。

「おいしいです」
「好みで蜂蜜もどうぞ」

 無表情で飲んでいるお兄様の横で、カップにそっと蜂蜜を落とした。
 甘さが心を落ち着かせてくれる。

「もっと好きな味」
「それはよかった」

 ノア殿下と向かい合ってお茶を飲んでいるなんて不思議。
 優しくほほ笑んでくれるから私もほっとしてしまった。自然と口元がゆるむ。

「ランチの毒味は」

 割り込むようにお兄様が少し大きな声で言った。
 
「必要ない。耐性はあるし、その目的でやってきたんじゃないだろう?」
「まぁ、念のため?」

 お兄様とノア殿下の会話を聞きながら、王位継承権を放棄しても毒の心配をするなんて本当に大変だと思った。
 後継者が決まるまでは、ほかを蹴落とそうと陰謀や策略がすごかったらしい。

 おしゃべりしながら、たくさんの具材がはさまれた大きなパンを片手に持ってかぶりつく。
 前にもうちの料理長が用意したことがあるのかな。
 
 ハムとチーズをはさんだシンプルなパンをお兄様から渡されていたけど、かたまっていたらお兄様が食べやすいようにナイフで小さく切ってくれた。
 
「おいしいね」
「はい……料理長は何を作ってもおいしいんです」

 ノア殿下が優しい笑みを向けてくる。確かにいつもと変わらない笑い方だけど……お兄様の話を聞いた後ではよくわからない。
 
 とりあえず食べることに集中した。
 二人は二つ目、三つ目へと手を伸ばす。
 私はノア殿下が目の前にいて、胸がいっぱいでなんとか目の前のパンをお腹に収めることができた。
 
「ノア、どうして妹に求婚したんだ?」
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