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13 ミルフィーユ

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 王宮のお茶会で、人目だってある。
 私たちが正式な婚約をしたと知っている人はまだ少ない。

「クリステル、まだ足りないだろう?」

 今日のドレスだって、ラファエル様から贈られたもので、彼の髪の色と合わせているから関係が進展していることに気づく人はいると思う。

 妃殿下の姿はあるものの、出席する予定の陛下がまだ現れず、2人揃ったら正式に発表して祝福してもらうつもりでいると聞いた。
 
「今回もイチゴを使ったんだ。ミルフィーユともいう……その場合チェリーのほうがオーソドックスかもしれないが」

 ラファエル様が説明しながら、せっせと私に食べさせようとする。もしかして食べ終えるまでこの時間が続くの?

 周りの令嬢たちの視線を感じて、心地が悪い。気づいたラファエル様が彼女たちに視線を向けると、あちらもにこやかな笑顔に切り替えるのだから怖い。

「クリステル、すまないがきっちりふらぐは潰しておきたいんだ」

 私の耳元でささやくと、真顔で見つめてくる。
 ラファエル様にとって、大切なことなら協力しよう。すごく恥ずかしいけど。

「わかりました」
「あとで好きな菓子をリクエストしてくれ」
「カヌレ、食べてみたいです」

 もともと修道院で作られるお菓子だそうで、王都でも話を聞くようになった。
 見た目はとても地味らしいけど、どんな味なのかとても気になっている。

「それくらい簡単なことだ……なんならシブーストやシャルロットだって作るよ。……さぁ、食べて」

 また聞いたことのない人名みたいなお菓子の名前。
 どんなものか想像しながら口を開けた。
 イチゴの甘酸っぱさが口に広がる。

 イチゴの入ったものがナポレオンパイで、ミルフィーユとも呼ばれていて、チェリーのほうが伝統的なのか……お菓子の種類も名前もよくわからない。

「ナポレオンパイとミルフィーユはどう違うんですか?」
「ナポレオンはミルフィーユの種類の一つでイチゴを使っているものを指すことが多い」

「そんなことも知らないのね」

 私たちの会話に、目の前に座る侯爵令嬢フローレンス様が馬鹿にするように笑った。

「では……フランとファーブルトンとクラフティの違いはわかるのか?」
「……っ!」

 ラファエル様の問いに赤くなって答えられないフローレンス様は、なぜか私をにらむ。
 知らないって言うのが嫌なのかな。

「簡単に言うと、フランは具なし、ファーブルトンは主にドライフルーツが多く、クラフティはなんでもありだ。生まれた地も違うのだが」

 淡々と話すラファエル様を周りがキラキラした目で見つめる。
 フローレンス様の後ろに立つ護衛の従者まで。
 ラファエル様は従者を見て眉をひそめ、私に視線を固定した。

「エルファレス公爵さま、さすがです! 知りませんでしたー! すご~い! えっと……そうなんですね! 私も食べさせて欲しいですぅ」

 今日は丸テーブルで、6人掛け。
 ラファエル様の隣にストロベリーブロンドの男爵令嬢のリラ。
 私も最初から彼と隣同士だったけど、侯爵令嬢も一緒だし、どうしてこの組み合わせなのかと思う。

 聡明そうなモンザン伯爵家の令嬢も一緒で、隣に座った弟さんがこちらを警戒するように見ていた。
 兄は私とは別のテーブルで、大好きな女性と和やかに過ごしているのが見える。うらやましい。

「でたな」

 ラファエル様が私にだけ聞こえる声でつぶやいた。

「私の最愛はクリステルだけだ。あなたはあなたの最愛を探すといい」
「私は公爵様のつがいではありませんか? 絶対そうだと思うんです!」

 明るく澄んだ瞳を潤ませて、ラファエル様を見上げた。私から見てもとても可愛くて無邪気で、守ってあげたくなるけれど……。

「つがいなどと、戯れ言を。私の運命はクリステルただ一人だ」

 ガチャン、と音がして……フローレンス様の後ろの護衛の従者がカトラリーを落とした。

 悲壮感漂う表情を浮かべているのは、護っているお嬢様とラファエル様が結ばれないとわかったからかも。
 対照的に伯爵令嬢の弟はにこやかな笑顔を浮かべ……そっとテーブルの下で姉の手を握るのがみえた。

 そういえばこの2人は血がつながっていないときいたことがある。
 もしかして……ひそやかな恋が生まれているのかも!

「クリステル、どこを見ている? 私以外を見つめてはいけないよ」

 冷たくみえるラファエル様の顔だけど、私には少し心配そうな表情を浮かべているようにみえた。
 モンザン伯爵令息は少し影のある美青年だから、私が惹かれているように見えたとか?

「……私が見つめるのは大好きなラファエル様だけです」
「…………」

 私は心のままに言う。
 ふらぐを潰す協力にもなるかと思って。
 そうしたら――ラファエル様が私の手をとり、真顔のまま立ち上がった。

「クリステル、帰ろう」
「エルファレス公爵、まだ駄目だ」

 いつから見ていたのか、人の悪い笑みを浮かべた陛下が声をかけた。

「さて、ここにいるラファエル・ガブリエル・エルファレス公爵とクリステル・ナナ・ウィンテール伯爵令嬢の結婚が決まった。私たちから祝福しよう……おめでとう」

 周りからも祝福の声をいただいて、私たちもそれに応える。

「では、私たちは1日も早く結婚できるように準備する必要があるため、失礼します」

 陛下は笑って非礼を許してくれた。
 私も両陛下に退出のあいさつをのべて、ラファエル様と一緒に外へ出る。

「クリステル、あんなところで言うなんて、サービス? それとも本気?」

 離宮へ向かって歩きながら、ラファエル様が尋ねた。
 大きくて温かい手が心強くて、真っ直ぐ気持ちを伝える。

「本気です。私、ラファエル様のこと、……好きです」
「……その続きはあとでいい?」
「はい」

 今頃ドキドキしてきたかも。

 いつもの従者が迎えてくれた後は、2人きり。
 ラファエル様が先に口を開いた。
 
「家に帰したくないけど、ちゃんと送るから。できたら1日も早く一緒に領地へ行こう」
「はい、私もそうしたいです。もっとラファエル様のそばにいたいから」
「…………クリステル。あまり素直になると、俺が舞い上がる」

 少し困ったように言うけれど――。

「ラファエル様と一緒にいると、どんどん好きになるんです。だから、私……好きって言いたくなって……っ!」

 最後まで言い終わる前に、ラファエル様に抱きしめられた。

「ちゃんと送る、って……俺は言った」
「……はい」
「でも、撤回したくてたまらない」
「ラファエル様」
「だめだ、誘惑しないで。ちゃんと、花嫁としてクリステルを迎え入れたい」

 ラファエル様の腕の中はドキドキするのに、甘い匂いがして落ち着くなんて不思議。

「はい、好きです」
「…………ちょっと」
「ラファエル様? ちょっとじゃなくて大好きです、すごく」
「いや、ちょっと待ってほしかった……俺も男なんです」

 ラファエル様の心臓が強く、早く打っているのが聞こえて。
 私を抱きしめたまま大きく息を吐いた。

「……クリステル、大好きだよ」



 それから私たちは時々ラファエル様のふらぐを折りながら日々を過ごした。
 結婚するまでは気が抜けないんだって。

 半年の婚約期間の間、私は花嫁修業と領地で学校のお手伝いを始めて忙しい。
 充実した毎日で、疲れたらラファエル様特製のお菓子で回復する。

「ラファエル様、今日もおいしいです」
「クリステルのために作ったからね」
 
 そうして結婚式を迎え、ラファエル様が私の姉に公爵夫人と呼ぶようにしつこく言っていたのは少し困ったけど、両親も兄も笑っていたからいいのかな?

 ラファエル様のご両親は風のようにやってきて、私を歓迎して祝福してくれた後、颯爽と去って行った。
 
「ラファエル様特製のウェディングケーキもまだ食べていないのに……」
「いいんだ。ひさしぶりに会ったが結婚式に顔を出してくれたからね。それにケーキは1人前がその分大きくなる」

 竜人同士の夫婦は、夫婦で過ごすことを最も大切にしているらしい。それなら私がラファエル様を大切にしよう。
 
「今日は特別だから大きなケーキが食べたいです。ラファエル様の作るケーキは全部おいしいから……今日は我慢をやめます」
「わかった。俺も今日から我慢しない」


 その言葉の意味がわかるのは夜になってからで。
 人嫌いの竜人様の裏の顔はどんなお菓子も魔法のように作ってしまうパティシエで、私はこれからも甘い誘惑に負けてしまう予感がした。








              終




******


 お読みくださりありがとうございました。
 この後Rなしのラファエル視点の結婚式のお話、その後R18の予定なので、大丈夫な方はお付き合いいただけると嬉しいです。
 
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