14 / 19
13 ミルフィーユ
しおりを挟む王宮のお茶会で、人目だってある。
私たちが正式な婚約をしたと知っている人はまだ少ない。
「クリステル、まだ足りないだろう?」
今日のドレスだって、ラファエル様から贈られたもので、彼の髪の色と合わせているから関係が進展していることに気づく人はいると思う。
妃殿下の姿はあるものの、出席する予定の陛下がまだ現れず、2人揃ったら正式に発表して祝福してもらうつもりでいると聞いた。
「今回もイチゴを使ったんだ。ミルフィーユともいう……その場合チェリーのほうがオーソドックスかもしれないが」
ラファエル様が説明しながら、せっせと私に食べさせようとする。もしかして食べ終えるまでこの時間が続くの?
周りの令嬢たちの視線を感じて、心地が悪い。気づいたラファエル様が彼女たちに視線を向けると、あちらもにこやかな笑顔に切り替えるのだから怖い。
「クリステル、すまないがきっちりふらぐは潰しておきたいんだ」
私の耳元でささやくと、真顔で見つめてくる。
ラファエル様にとって、大切なことなら協力しよう。すごく恥ずかしいけど。
「わかりました」
「あとで好きな菓子をリクエストしてくれ」
「カヌレ、食べてみたいです」
もともと修道院で作られるお菓子だそうで、王都でも話を聞くようになった。
見た目はとても地味らしいけど、どんな味なのかとても気になっている。
「それくらい簡単なことだ……なんならシブーストやシャルロットだって作るよ。……さぁ、食べて」
また聞いたことのない人名みたいなお菓子の名前。
どんなものか想像しながら口を開けた。
イチゴの甘酸っぱさが口に広がる。
イチゴの入ったものがナポレオンパイで、ミルフィーユとも呼ばれていて、チェリーのほうが伝統的なのか……お菓子の種類も名前もよくわからない。
「ナポレオンパイとミルフィーユはどう違うんですか?」
「ナポレオンはミルフィーユの種類の一つでイチゴを使っているものを指すことが多い」
「そんなことも知らないのね」
私たちの会話に、目の前に座る侯爵令嬢フローレンス様が馬鹿にするように笑った。
「では……フランとファーブルトンとクラフティの違いはわかるのか?」
「……っ!」
ラファエル様の問いに赤くなって答えられないフローレンス様は、なぜか私をにらむ。
知らないって言うのが嫌なのかな。
「簡単に言うと、フランは具なし、ファーブルトンは主にドライフルーツが多く、クラフティはなんでもありだ。生まれた地も違うのだが」
淡々と話すラファエル様を周りがキラキラした目で見つめる。
フローレンス様の後ろに立つ護衛の従者まで。
ラファエル様は従者を見て眉をひそめ、私に視線を固定した。
「エルファレス公爵さま、さすがです! 知りませんでしたー! すご~い! えっと……そうなんですね! 私も食べさせて欲しいですぅ」
今日は丸テーブルで、6人掛け。
ラファエル様の隣にストロベリーブロンドの男爵令嬢のリラ。
私も最初から彼と隣同士だったけど、侯爵令嬢も一緒だし、どうしてこの組み合わせなのかと思う。
聡明そうなモンザン伯爵家の令嬢も一緒で、隣に座った弟さんがこちらを警戒するように見ていた。
兄は私とは別のテーブルで、大好きな女性と和やかに過ごしているのが見える。うらやましい。
「でたな」
ラファエル様が私にだけ聞こえる声でつぶやいた。
「私の最愛はクリステルだけだ。あなたはあなたの最愛を探すといい」
「私は公爵様のつがいではありませんか? 絶対そうだと思うんです!」
明るく澄んだ瞳を潤ませて、ラファエル様を見上げた。私から見てもとても可愛くて無邪気で、守ってあげたくなるけれど……。
「つがいなどと、戯れ言を。私の運命はクリステルただ一人だ」
ガチャン、と音がして……フローレンス様の後ろの護衛の従者がカトラリーを落とした。
悲壮感漂う表情を浮かべているのは、護っているお嬢様とラファエル様が結ばれないとわかったからかも。
対照的に伯爵令嬢の弟はにこやかな笑顔を浮かべ……そっとテーブルの下で姉の手を握るのがみえた。
そういえばこの2人は血がつながっていないときいたことがある。
もしかして……ひそやかな恋が生まれているのかも!
「クリステル、どこを見ている? 私以外を見つめてはいけないよ」
冷たくみえるラファエル様の顔だけど、私には少し心配そうな表情を浮かべているようにみえた。
モンザン伯爵令息は少し影のある美青年だから、私が惹かれているように見えたとか?
「……私が見つめるのは大好きなラファエル様だけです」
「…………」
私は心のままに言う。
ふらぐを潰す協力にもなるかと思って。
そうしたら――ラファエル様が私の手をとり、真顔のまま立ち上がった。
「クリステル、帰ろう」
「エルファレス公爵、まだ駄目だ」
いつから見ていたのか、人の悪い笑みを浮かべた陛下が声をかけた。
「さて、ここにいるラファエル・ガブリエル・エルファレス公爵とクリステル・ナナ・ウィンテール伯爵令嬢の結婚が決まった。私たちから祝福しよう……おめでとう」
周りからも祝福の声をいただいて、私たちもそれに応える。
「では、私たちは1日も早く結婚できるように準備する必要があるため、失礼します」
陛下は笑って非礼を許してくれた。
私も両陛下に退出のあいさつをのべて、ラファエル様と一緒に外へ出る。
「クリステル、あんなところで言うなんて、サービス? それとも本気?」
離宮へ向かって歩きながら、ラファエル様が尋ねた。
大きくて温かい手が心強くて、真っ直ぐ気持ちを伝える。
「本気です。私、ラファエル様のこと、……好きです」
「……その続きはあとでいい?」
「はい」
今頃ドキドキしてきたかも。
いつもの従者が迎えてくれた後は、2人きり。
ラファエル様が先に口を開いた。
「家に帰したくないけど、ちゃんと送るから。できたら1日も早く一緒に領地へ行こう」
「はい、私もそうしたいです。もっとラファエル様のそばにいたいから」
「…………クリステル。あまり素直になると、俺が舞い上がる」
少し困ったように言うけれど――。
「ラファエル様と一緒にいると、どんどん好きになるんです。だから、私……好きって言いたくなって……っ!」
最後まで言い終わる前に、ラファエル様に抱きしめられた。
「ちゃんと送る、って……俺は言った」
「……はい」
「でも、撤回したくてたまらない」
「ラファエル様」
「だめだ、誘惑しないで。ちゃんと、花嫁としてクリステルを迎え入れたい」
ラファエル様の腕の中はドキドキするのに、甘い匂いがして落ち着くなんて不思議。
「はい、好きです」
「…………ちょっと」
「ラファエル様? ちょっとじゃなくて大好きです、すごく」
「いや、ちょっと待ってほしかった……俺も男なんです」
ラファエル様の心臓が強く、早く打っているのが聞こえて。
私を抱きしめたまま大きく息を吐いた。
「……クリステル、大好きだよ」
それから私たちは時々ラファエル様のふらぐを折りながら日々を過ごした。
結婚するまでは気が抜けないんだって。
半年の婚約期間の間、私は花嫁修業と領地で学校のお手伝いを始めて忙しい。
充実した毎日で、疲れたらラファエル様特製のお菓子で回復する。
「ラファエル様、今日もおいしいです」
「クリステルのために作ったからね」
そうして結婚式を迎え、ラファエル様が私の姉に公爵夫人と呼ぶようにしつこく言っていたのは少し困ったけど、両親も兄も笑っていたからいいのかな?
ラファエル様のご両親は風のようにやってきて、私を歓迎して祝福してくれた後、颯爽と去って行った。
「ラファエル様特製のウェディングケーキもまだ食べていないのに……」
「いいんだ。ひさしぶりに会ったが結婚式に顔を出してくれたからね。それにケーキは1人前がその分大きくなる」
竜人同士の夫婦は、夫婦で過ごすことを最も大切にしているらしい。それなら私がラファエル様を大切にしよう。
「今日は特別だから大きなケーキが食べたいです。ラファエル様の作るケーキは全部おいしいから……今日は我慢をやめます」
「わかった。俺も今日から我慢しない」
その言葉の意味がわかるのは夜になってからで。
人嫌いの竜人様の裏の顔はどんなお菓子も魔法のように作ってしまうパティシエで、私はこれからも甘い誘惑に負けてしまう予感がした。
終
******
お読みくださりありがとうございました。
この後Rなしのラファエル視点の結婚式のお話、その後R18の予定なので、大丈夫な方はお付き合いいただけると嬉しいです。
5
お気に入りに追加
1,033
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福
ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと
暁
恋愛
陽も沈み始めた森の中。
獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。
それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。
何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。
※
・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。
・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
貧乳の魔法が切れて元の巨乳に戻ったら、男性好きと噂の上司に美味しく食べられて好きな人がいるのに種付けされてしまった。
シェルビビ
恋愛
胸が大きければ大きいほど美人という定義の国に異世界転移した結。自分の胸が大きいことがコンプレックスで、貧乳になりたいと思っていたのでお金と引き換えに小さな胸を手に入れた。
小さな胸でも優しく接してくれる騎士ギルフォードに恋心を抱いていたが、片思いのまま3年が経とうとしていた。ギルフォードの前に好きだった人は彼の上司エーベルハルトだったが、ギルフォードが好きと噂を聞いて諦めてしまった。
このまま一生独身だと老後の事を考えていたところ、おっぱいが戻ってきてしまった。元の状態で戻ってくることが条件のおっぱいだが、訳が分からず蹲っていると助けてくれたのはエーベルハルトだった。
ずっと片思いしていたと告白をされ、告白を受け入れたユイ。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる