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現在

辺境の地へ

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 馬車から懐かしい景色を眺める。
 まさか六年も王妃でいるとは思わなかったけれど、あの後アンベールが教会に白い結婚として押し通すから心配するなと囁いた。
 公爵を連れていくからその場で書状を持たせるとも。
 異例のことだけど、お父様が一緒なら確実に手に入れてくれると思う。

 それに、アンベールの態度に心から悔いているのを感じて、意外にもすっと気が晴れた。
 彼は新たな王妃を迎えて、これから王としての勤めを果たさなければならない。
 
 それに、アンベールが侍女のクリステルに恋したのは気づいていた。
 彼女は遠縁の伯爵家の三女で、十四歳という若さで私の侍女としてやって来て、同じ歳のアンベールは明るく溌剌とした彼女に一目惚れしたのだと思う。
 その頃、アンベールには未亡人による閨教育が始まっていた。

 もしも私の寝台に現れたらどうしようと怯えて、不安な夜を過ごしていたけれど、杞憂に終わった。
 アンベールに国政に集中したい、国の発展を優先したいから成人するまでそのつもりはないと言われたから。
 そんなの建前で、クリステルが好き過ぎたからだと思ったけど、すごくほっとした。

 私達は閨事情が漏れないよう近しいものだけに打ち明けることにした。
 私は侍女長とクリステルにのみ極秘でその事を話し、いかに陛下が真面目で誠実かを伝えた。
 クリステルにはアンベールを悪く思って欲しくなかったのだけど、彼女は私を変に崇めるあまり、納得していない様子だった。

 私は彼女をなるべく近くに置いて、細やかに指導した。
 もしかしたら、彼女が私の代わりに王妃になるかもしれない。
 そんな思いも、彼女は五つ年上の文官に恋をしてあっけなく散ったけれど。
 アンベールの気持ちに気づかないまま彼女は私と共に王宮を離れて、公爵家で働くことになった。
 これからは簡単に会えなくなるから、二人の縁が途切れるかもしれないし、それでも愛を深めていくのかもしれない。
 二人もお互いに揃いのものを身につけていたようだったから、うまくいくといいなと思う。

 私も、服の下に身につけているロケットペンダントの存在を確認するために、胸元に手を当てる。
 これだけはいつも肌身離さず持ち歩いた。
 私の気持ちは何も変わっていないけれど、あまりにも気の抜けない環境にずっといたから、昔のままではない。
 今では知らなくていいことまで知ってしまって、純粋で素直だったあの頃の私はいない。

 もしもレオがそんな私を好きだったなら、がっかりするかも。
 それに六年も会っていないから彼の今の気持ちはどうなのか、とても不安に思う。

 レオは、今年二十五歳になっているはず。
 もしかしたら、私との結婚をもう望んでいなかったかもしれない。
 こんな私はもう好きではないかもしれない。
 他に好きな人ができているかもしれない。
 色々なことが頭を駆け巡る。
 
 そんなことを考えているうちに、屋敷が見えてきた。
 指が震えているのに気づいて、両手を組み合わせてぎゅっと握る。それから、深く呼吸をしたいのに逆に浅くなるばかり。
 王妃としての日々を乗り越えてきたくせに、レオのこととなると私の心はこんなに乱れる。お腹に力を入れてもう一度深呼吸を試みた。
 
 今日の輿入れは、私だけでなく両親も別の馬車に乗っている。そのまま式を挙げて結婚生活に入るために。
 お母様はずっと私の味方でいてくれて、時にお父様に対してきつい物言いをしていたからか、この数年でお父様の髪はとても寂しくなった。
 とはいえ、アンベールに王女様との縁を繋いだきっかけはお父様なので、ようやく、ではあるけれど解放されてありがたいと思う。
 家族みんなが喜んでくれて、私も本当に嬉しい。
 
 馬車が止まり、控えめにノックされた。

「どうぞ」

 扉が開かれ、長年辺境伯家に勤めている執事が深々とお辞儀をした。

「……お待ちしておりました」

 彼の手を借りて馬車を降りると、玄関に見知った顔ぶれの侍女や侍従が並んでいて、懐かしさに胸がいっぱいになる。
 それから先に着いた両親とレオが立っていた。
 身体を鍛えたのか、少年らしさが抜けて大人っぽくみえる。
 彼の碧い瞳が私をじっと見つめていた。
 
 同じ人に二度恋することがあるのかな。
 そんなことを思いながら彼の前に立った。
 
「ジュスティーユ、遠いところをようこそ。……慌ただしくてすまないが先に式だけ済ましてしまいたい」

 ジュスティーユ。
 彼の言葉に距離を感じて胸が痛む。

「はい、これからよろしくお願いします。……レアンドル」

 私も同じように答えると、お母様がなんだか堅すぎるわね、と笑いその場が柔らかい空気に包まれた。
 心の中ではレオと呼ぶけれど、これから先レアンドルと呼ぶのは寂しい。
 今回は兄夫婦の間に子供が産まれたばかりだし、突然だったから改めて披露パーティーをやることになると聞いた。

 レオのお義母様は準備に手間取っているそうで、後で会えるみたい。
 急だったからだとわかっていても、みんなが揃わないことも悪いほうに考えてしまって、やっぱり義務で結婚するのかと思えてきて切なくなった。

 両親が旅の汚れを落としている間、私も案内された部屋で湯浴みをすませ、用意されたドレスを身につける。
 ウエストの下から大きく広がるスカートは私にぴったりでとても似合っていると思う。
 急に決まった婚姻だから、袖を通していないドレスを持ってきていたけれど、不本意なものだから、とても手の込んだこのドレスはとても嬉しい。

 けれど真珠色のドレスだなんて、白い結婚だったとはいえ、おこがましい気もする。
 だけど私にとってこれが望んでいた相手との本当の結婚式で、昔、夢見た気持ちを思い出した。
 胸が高鳴る。

 髪を整え、淡い化粧をしてもらって私はベールを被せてもらった。
 私の気持ちは、彼と会う前から変わらず好きでいる。むしろ、六年ぶりに会って再び私の胸はときめいた。今の彼もとても魅力的で惹きつけられたけど、この六年の間の彼を知らない。

「ジュスティーユ様、とてもお綺麗です」
「……ありがとう」

 彼も同じように思ってくれたら嬉しい。
 今の彼のことを知りたい。信じたい。
 それから仲良く手を取り合いたい。
 
 
 



 

 


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