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24 ダンスパーティへ
しおりを挟む王太子夫妻がファーストダンスを踊り、それに続いて皆が踊り出す。
ロゼールとマルスランは会場の片隅でそれを眺めていた。
「……旦那様? 一曲くらい踊るわ」
「あとで、ワルツを。それまではゆっくりしよう」
「ええ、わかりました」
身体にだるさは残っていたものの、化粧をほどこし着飾った美しいロゼールからそんなものは見てとれない。
「一曲踊ると、領主殿に声をかけそうな男達がたくさんいる」
「それはないわ……いつも、すぐ帰るのだけど」
今だって早く帰りたい。
王妃は体調不良とのことで、最初だけ顔を出して引っ込んでしまった。
マルスランのことは、気まぐれに声をかけただけならいいのだけど。
最近の王妃は、彼の同僚だったという護衛騎士がお気に入りで、体調不良と言ってよく公務を切り上げ、部屋に籠るという噂を耳にしてなんとも言えない気持ちになる。
いつもと違うものをつまみ食いしたくなったのかもしれない。そうであってほしい。
王妃はすでに三人の息子を産んでいるし、ある程度の義務から解放されているのだろうけど、王は一途に王妃を見つめているから。
そして、今はコロンブと話をしたかった。
彼は三十歳くらいの女性とやって来て、ずっと彼女と過ごしている。
彼が一人になるのを待つ間、二人でダンスを踊ることにした。
「領主殿、一曲踊りませんか」
「ええ、旦那様」
ゆったりとした曲で、他の曲より密着度が高い。
マルスランと踊るのは楽しくて、自然と笑いそうになったけど、すぐに真顔に戻す。
「あぁ、そのままここでは笑わないでくれ。他の奴らに見せたくない」
「……旦那様と踊るのが楽しいから、こらえているところよ」
「そうか」
マルスランが微笑みを浮かべるのは、ずるい気がして首を傾げる。
きっと、気づいた周りの女性が目を奪われると思うから。それは、嫌だ。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
すこし、やきもちを焼いてしまったらしく、ロゼールの声が低くなる。
「帰ったら話すわ」
「わかった。……可愛く拗ねないでくれ」
「…………」
顔に出たのかとロゼールは眉をひそめる。
「……領主殿、一人になった。このまま移動しよう」
どこかへ向かっているコロンブをつかまえて、そのまま人気のない庭園へ出た。
「……わざわざ何の用だ? 急いでいるんだ、目当ての女性の元へ早く戻りたいんでね」
「そう……。はっきり聞くわね。あなたが私の夫達に手を出したの?」
ロゼールは何も見逃すまいとじっと見つめる。
その言葉にコロンブが一拍遅れて笑い出した。
「ははっ、……そんなわけあるか。まったく……どんなに調べたって証拠は出ないだろう」
「…………今後は、関わらないで欲しいの」
ロゼールの言葉にコロンブが口の端を歪める。
「縁戚だから、どうしようもないだろ。それに俺は、今、忙しい」
コロンブがちらりとマルスランと、ロゼールの腰に回された手を見やり、不機嫌な顔のまま背を向けて会場へと足早に去っていった。
ずっと黙っていたままのマルスランが、ロゼールの背を押して出口に向かい歩き出す。
「……もう帰るだろう?」
「そうね」
悪手だったかもしれない。
正直、彼の表情から何か手がかりになることを読み取ることができず、僅かな証拠さえ消されてしまうかもしれない。
馬車に乗り込んでから、ロゼールが口を開いた。
「コロンブは、さっき一緒にいた女性と上手くいっているということ……?」
「そうだといいな。ただ、彼が結婚するまでは警戒しておいたほうがいいだろう……思ったのだが、彼より高位の、断れない相手を見つけて結婚させてしまうことも可能じゃないのか?」
「……相手を探したことはあるの。何人かいたけど、未婚の若い女性の両親は彼を選ばないし、未亡人の方はすでに嫡子がいて断られたわ」
コロンブの見目は悪くないけど、遊び好きでたまに賭博場に出入りしているのも調べればわかるし性格に難がある。
負債を抱えているという話は聞いたことがないけれど、コロンブ自身は楽をしたいから資産家を狙っているはず。
「さっきコロンブが一緒にいた女性を知っている? 見たことはあるのだけど……」
「彼女は隣国の伯爵未亡人で、王妃様の従妹だ。彼女は商会の会頭をしていて、嫡男を全寮制の学校に入れて国中飛び回っているとお茶会で話されていた」
中身はやり手の商売人だ、とマルスランが静かに付け加える。
「コロンブを気に入るといいけど」
「気に入っているんだろう。好き嫌いのはっきりした女性だから、気に入らなければそばに置かない」
本当にそうであるなら。
これから先何の不安も感じずにマルスランと生きていきたい。
ロゼールは定位置となった隣に座るマルスランに身を寄せた。
「大丈夫。なにも心配することはない」
マルスランに抱き寄せられて、素直に身を任せて、腕を回す。
しばらくすると、マルスランの身体が僅かに揺れて笑っているのだと気づいた。
「マルスラン?」
ロゼールが訝しげな顔でのぞき込む。
「……っ、すまない。……気位の高い猫に、懐かれたみたいな、気がして……っ」
「もしかして、これまでもそれで笑っていた……?」
「愛しているよ、ロゼール」
そのまま唇が柔らかく重なって誤魔化されたのを感じたけど、ロゼールは彼の腕の中が心地よくてそれでもいいと思った。
そんなことが言えるくらいマルスランが気を許しているのだもの。
「私も愛してるわ、マルスラン」
結局二番目の夫に毒を盛ったと思われる侍女も行方知れず、三番目の夫の馬車に細工した相手もわからない。
どちらもコロンブの手の者だと思っているけれど、証拠が一つもないから調べようもない。
いったい何を見落としているのだろう。
過去の夫達のことを考えたら、全て解明して犯人に罪を償ってほしいと思う。もしも……。
残る不安をかき消すように、マルスランの体温を求めて、彼の首に腕を回した。
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