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19 従兄と、王妃と
しおりを挟む礼装のマルスランに手をとられ、ロゼールは賑やかな王宮へ入った。
今日のドレスは見る角度によって銀色に見える生地で異国風に仕立てられている。
クリノリンを使用しなくても程よく膨らんでロゼールの華奢な身体を引き立てていた。
「領主殿、もう少しこちらへ」
マルスランを見上げると不可解な色を浮かべている。
周りから視線を感じるから、警戒しているのかもしれない。
今日の彼は、いつも以上に凛々しくて心惹かれた。
ロゼールのドレスより落ち着いたモスグレーで、派手ではないけれど、元々整った顔立ちに均整の取れた身体が損なわれることなく控えめな色気さえ漂っている。
「旦那様と一緒にいると、目立つのね」
「いや、領主殿を見ているんだろう」
これまでの評判を考えたら、粗探しをされてもおかしくない。
眉をひそめそうになってなんとか堪えた。
マルスランが何か言いかけたけれど、ロゼールが先に口を開いた。
「そろそろ順番かもしれないわ」
侍従に促されて、王族へと挨拶に向かう。
国王夫妻と王太子夫妻が並んで座っており、挨拶を受けていた。
昼間に結婚式があって結ばれたばかりの二人は和やかな笑顔を浮かべていてる。
「ご結婚おめでとうございます」
型通りに挨拶し、その場を下がろうとしたその時、王が口を開いた。
「……シモンズ家も安泰のようで、なにより」
「ありがとうございます」
王妃がじっとりとした視線でマルスランを見つめているのに気づいて、そっと彼を窺う。
表情からは何も読み取れず、そのまま静かに下がった。
「……あとで。ゆっくり話そう」
マルスランが誰にも聞こえないくらいの声で囁いた。
彼も今の王妃の様子に気づいたのかもしれない。
彼女との関係を話してくれるのだろうか。
「わかりました」
晩餐会の会場に入るまで、まだ時間があるらしく、酒が配られる。
「果実水にしてくれ」
マルスランが給仕に言って、ロゼールの飲み物を頼んだ。
「ありがとう」
ロゼールが果実水で喉を潤していると、コロンブがやって来た。
ロゼールの手の中のグラスをじっと見て口の端を下げる。
「やぁ、従妹殿。酒は飲まないのかい?」
「ええ」
ロゼールが答えると、コロンブは隣に立つマルスランに視線を移した。
「へぇ……なんだか、騎士だった頃と雰囲気が違うな。まあせいぜい今のうちに楽しんでおくといい」
マルスランに向かって話すというより、独り言のように呟いて去っていく。
「…………」
こんな人目につくところで、目立つようなことはしたくない。
不躾な態度にロゼールは苛立ちと不安を感じたけれど、背中に当てられたマルスランの手が温かくてそれに支えられた。
「まだしばらくかかりそうだから」
ずっと黙ったままでいたマルスランに促されて歩き出す。
手にしていたグラスを給仕に渡して開け放たれた窓の前に立つ。
静かに佇む二人に声をかけるものはいない。
彼と一緒にいると、退屈な時間もなんとかやり過ごせる。
会話も何もなかったけれど、これまでと違って心強い。
それからしばらくして晩餐会の会場に案内され、厳かな雰囲気で始まった。
今日の日のための特別な料理、酒が振る舞われて王太子夫妻が席を立った後は一層賑わった。
「とある方からです」
マルスランの斜め後ろに小柄な女性が立ち、そっとカードを渡した。
開けて読んだマルスランの眉間に一瞬だけ皺が寄る。
「領主殿、すぐに戻る」
「はい、わかりました」
あのカードは王妃からのものだろう。
噂であってほしいとロゼールは思っていたけれど、そうではなかったのかもしれない。
いつの間にか王妃の姿が見えず、もしかしたらこのまま二人とも戻らないかもと、考えたら食欲も失せたけれど、小さく切って食べる。
機械的に手と口を動かしてその時間を過ごした。
会場内は喧騒に包まれているのに、ロゼールはひどく孤独だった。
一人でいることには慣れていたのに。
「領主殿、出よう」
そっと肩に手を置かれて、震えた。
「……早かったのね」
マルスランは眉を上げてそれ以上何も言わずに、彼女の手を取った。
「今のうちに出よう」
急かせるように手を引かれて二人は会場を抜け出す。
馬車に乗り込むと、マルスランがロゼールの隣に腰を下ろした。
「…………」
「王妃様とは何もない。二人で会いたいとカードに書かれていたから、筆を借りて断りの返事を用意していたんだ」
迎えにきた侍女には腹が痛いから少し待ってほしいと伝えて小部屋に籠り、時間を稼いだという。
体調不良の為大変申し訳ありませんがお会いできません、と通りがかった給仕にこっそり代筆してもらい、侍女に渡したそう。
もちろん宛名も署名もしないし、給仕には心づけを渡したと言うけれど――。
王妃との密会を王に見つかるくらいなら、のらりくらりとかわしていくしかないのかもしれない。
あと数日で領地に戻るのだから、それまで何とかやり過ごせればいいと思った。
「探しにこられても困るし、とにかく見つかる前にあそこから離れたかった」
「そう……」
「愛人だったことなんて、一度もない。根も葉もない噂だ」
ロゼールの手を握り、マルスランは手首に強く唇を押し当てた。
さっきまで感じていた疑念と不安がすうっと溶けていく。
「信じるわ」
マルスランがロゼールの話を正面から受け止めてくれたように。
暗い馬車の中でただお互いがそこにいるのを感じていた。
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