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17 屋敷に着いて

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「お帰りなさいませ、ロゼール様、旦那様」

 王都にあるシモンズ家の屋敷で、老執事が出迎えてくれた。
 アントワーヌの父親だと言われて、なるほどと思うくらいには似ているが、父親のほうが物腰が柔らかい。経験値の差かもしれない。

「長旅でお疲れでしょう。では、旦那様の部屋へ案内いたします」
「私が案内するからいいわ。お茶の準備をお願いね」
「……かしこまりました」

 老執事が下がり、ロゼールの後をついて歩く。
 花が飾られ、屋敷内は綺麗に保たれているが、人の気配がない。

「旦那様、こちらへ……」

 屋敷の中を案内してもらいながら、気がついた。
 侯爵家の屋敷とは思えないほど使用人の数が少ない。

「……どうぞ。隣が私の部屋なのだけど……」

 そこまで言って、ロゼールが口ごもる。
 彼女は人を寄せつけない雰囲気と美しい外見だが、これまで夫がいたとは思えないほど、うぶなところがある。

 触れるとすぐ緊張するし、瞳が揺れた。
 口元を引き締めて、どうということもありません、といった仮面を貼りつける。
 そんなもの剥がしてしまいたい。

「どっちの寝室がいい? 広いほうにしよう」
「……では、旦那様の部屋で」
「わかった」

 恥ずかしそうに見上げてくるから、彼女の内面を知ってしまった今は、より庇護欲をかきたてられた。

 そんな表情を晒しているなんて、気づいていないんだろうな。
 思わず、髪に手を伸ばす。

 じっと待つ彼女が愛らしく、胸の中になんとも言えない思いが湧き上がって抱きしめたくなった。

 腕の中に閉じ込めて、彼女の不安を全部払ってしまいたい。
 けれど今は髪に触れるだけにとどめた。

「この屋敷には最低限の人数しかいないの。頻繁に使用しないのもあるし、紹介状があっても不安要素が消えなくて……」
「そうか。自分でできることはやれるから俺のことは構わない。バベットがついて来たがったのは、これが理由なんだな」
「そうなの。ここにもベテランの侍女がいるのだけどね」

 この三日、ロゼールを抱きしめて眠るだけだった。
 過去の話を聞いて、それから抱きしめただけで身を固くするから、これまで夫婦の営みを楽しめなかったか、それほど経験がないように感じている。
 
 噂とは全く違う彼女を知るのが楽しいし、怖がらせたくない。
 ようやく心を開いてくれたのだから。
 もっと、こっちを向いて欲しい。
 ほかの何者もこの瞳にうつさないで欲しい。
 マルスランがそんなことを考えていると、

「明日の昼間は私だけ王妃様主催のお茶会があるの。明々後日は結婚式の後、一緒に晩餐会に出席してね。……仕立て屋に頼んでおいたものは、直しが必要かもしれないわね」

 ロゼールがマルスランの全身を眺めて首を傾げた。
 言われてみれば、王宮にいた頃より引き締まったかもしれない。
 夏の塩田は日差しが強く、暑かったから日焼けしてより細く見えるように思う。

「それほど変わってないと思うが……触ってみて」

 つい彼女を揶揄いたくなってそう言うと、マルスランの真意をはかるように見つめてくる。
 やっぱり真面目だ。
 悪女だなんて、そんな性質はひとかけらも見当たらない。

「私にはわからないわ。後で着てみて、仕立て屋を呼ぶか判断しましょう」
「わかった。……夫に遠慮しなくていいのに」

 こちらからも見つめ返すと、視線をさまよわせた後、耳だけが赤くなった。
 顔色は変えないんだな、と思わず彼女の耳たぶに手を添えてしまう。

「……旦那様。あの」

 困ったように見上げてくるから。
 まいった。愛おしい。
 この感情は厄介だと思う。
 
「なに?」

 灰色の瞳に青みが増し、黙ったまま首を横に振った。

 怖がりな彼女の瞳に浮かぶのは、思い違いでなければ未来への希望?
 というより渇望かもしれない。

 それが共に、穏やかに時を重ねることだとしたら、未来に怯えないように備えることだとマルスランは考えた。
 
 
 

 
 
 
 
 

 
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