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11 祈り

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 居室のソファに座り、ロゼールがポタージュスープをゆっくり飲む間、マルスランは銀器に食べやすく盛られた分厚い肉を次々と口に運んでいく。
 
 どちらも話さないけれど、居心地が悪いわけではない。
 今日も無事に彼の顔を見ることができてよかった。
 ロゼールがスプーンを置くのと、マルスランが食べ終わるのがほぼ一緒になった。

「……つき合わせてごめんなさい」

 バベットが苦い薬湯を持ってきて、一瞬だけロゼールの眉間に皺が寄る。
 なんでもないみたいに一息に飲み干して、顔を顰めるのを我慢して水を飲んだ。

「……領主殿は……、いや、いい」

 マルスランが言いかけてやめるから、顔を上げてまっすぐ見つめた。
 まだ口の中に苦味が残っていて、目元が潤む。

「はっきり言ってくださって構いません」

 一瞬、マルスランの口角が上がったように見えたけれどすぐに真顔に戻った。

「…………お大事に、領主殿」
「ありがとうございます、旦那様」

 そのままマルスランが部屋を出ていき、ロゼールはソファの背もたれに寄りかかった。

「……ロゼール様、寝台へ戻りましょう」

 バベットが心配してかけ寄る。

「お腹いっぱいになっただけよ。大丈夫。朝より体調が良いもの」
「はい、はい、わかりました。移動しますよ」

 こんなことなら旦那様に頼めばよかったなんてバベットが言うから、呼び戻されてはたまらないと、ロゼールは脚に力を入れて踏ん張った。







 翌朝には、ロゼールの熱が下がっていて普段通りに起きることができた。
 マルスランと顔を合わせて、挨拶する。
 昨日はなんとなく近づいたような気がしたけれど、朝になったらまた同じ距離感に戻っていた。

 少し残念な気持ちになるなんて、おかしいと気を引き締める。
 近づきすぎない方がいいのだから、これでいいのだと。
 それからお互いに黙々と食事をとった。

「……お先に、領主殿」
「いってらっしゃいませ、旦那様」

 お決まりのやりとり、けれど。
 夜になって、マルスランがロゼールの部屋の扉を二度叩いた。

「どうぞ」
「……体調はどうだ?」
「もう大丈夫よ。ありがとう」

 ロゼールとマルスランはそれから毎晩、ほんの少しだけおしゃべりをしてから眠るようになった。
 それは二人だけの秘密で、人目のあるところではいつも通りに過ごす。

 マルスランが塩田や防備に関して今の状況を話すから、自然とロゼールも領地のことを話すようになっていた。
 迷っていたことも、彼と話しているうちに整理されて答えが出ることもあるし、意見をもらえることもあっていつの間にかロゼールはこの時間が楽しみでしかたない。
 一日の終わりがとても充実して感じられた。









 それから真夏の最盛期を迎えて慌ただしくなった。
 この季節だけ出稼ぎにやってくる人たちも多く、見張りを強化したことや倉庫の鍵を替えたのは、本当によかったのだと気づいたのは秋に入ってからだった。

「領主様、今年は例年通りと思っていましたが、結構な量の塩がとれています。……どさくさに紛れて盗人がこれまで持ち出していたのかもしれません」

 塩田の責任者が笑顔半分、申し訳なさそうな顔半分で言った。

「……そう、旦那様のおかげね。よかったわ」

 ロゼールの言葉に、明るい笑顔を見せる。

「本当に! 旦那様のおかげですなぁ! それに……旦那様がいらっしゃるとみんなの気も引き締まって、きびきび働くんですよ」

 後半は小声でロゼールにだけ聞こえるように言う。

「……それは効果があるでしょうね」

 マルスランはますます日に焼けているし、筋肉もしっかりついているから存在感もある。

「領主様、よかったですな」

 言外に、四人目の夫に恵まれてと言われたようで、恥ずかしく感じたけれど何でもないような顔をして頷いた。

「そうね、ありがとう」







 
 けれど、なんとなくモヤモヤするのを感じて、ロゼールはそのまま教会へと向かった。
 礼拝堂の中には誰もおらず、外と違ってひんやりしている。

 ロゼールは跪いて、胸元からロザリオを取り出した。

「今、とても充実して、幸せなのです。……皆を不幸にした私は、幸せになっていいのでしょうか?」

 マルスランがいて、会話をして。
 ごく稀に浮かべる笑顔に胸がいっぱいになる。
 彼が好きなのだと、いつの間にか愛してしまったことを認めるしかない。

 彼が来てくれたことで、ずっしりと両肩にかかっていた領地経営の負担が楽になったのも事実。
 ずっと、ずっと、このままそばにいてほしい。
 隣で生きていてほしい。
 そう願うのは罪なのかもしれない。

 社交シーズンも残り数ヶ月。
 ずっと静かなままのコロンブが諦めたのなら問題ないけれど……。
 まだ状況がわからない。

 それに、離れは内装を整えたら住むことができる。
 マルスランの好みを訊こうと思いながらも、今の状態が居心地良くて先延ばしにしていたら、アントワーヌに促された。
 結局、青で、と答えてしまったのだけどよかったのかもわからない。
 海が好きみたいだから、似合うと思うけれど。

 このまま一緒に暮らしていたい。
 平和なまま一生を終えたい。
 叶うならば彼と家族になりたい。
 そう思って、欲張り過ぎたと考え直す。

 彼が健康のまま、この地で充実した毎日を送れますように。
 ロゼールは何度も何度も祈った。
 

 
 
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