9 / 38
8 わからない
しおりを挟むロゼール・シモンズという女は、男を手玉に取る冷酷な悪女とよばれているのではなかったか?
用済みの男は切り捨てる。
罪に問われていないのは、直接三人の夫の命を奪ったわけではないからと噂されていた。
少なくとも王都で見かける彼女は、冷笑を浮かべることはあっても表情を崩すところは見たことがない。
あの白金の髪と灰色の瞳が余計に冷たく見せているとは思う。
あれだけ美しいのであれば、あの冷たい態度を男達は溶かしてみたくなるのだろうか。
うまくいけば特別な領地も手に入るのだから。
『喜べ、マルスラン・フォスター。シモンズ女侯爵との婚姻を命じる。……特別な領地と若く美しい未亡人だ。放っておくわけにもいくまい』
マルスランの反応を愉しそうに探る王。
王妃からの執拗な誘いに内心うんざりしていたし、それによって王に疎まれているのは感じていた。
どこか辺境の地へと厄介払いされるのではないかと思っていたから、いきなり結婚と言われて驚いた。
あらかじめ呼び出されていたのか、ロゼールは間をおかずやって来た。
謁見の間ほど大きくなく、王族が私的に来客を寄せる閉ざされた部屋へ。
王にマルスランとの結婚を言い渡された時に、彼女は一度だけまっすぐ見つめてゆっくり瞬きをしただけ。
それ以上特別な感情を露わにすることはなかった。
見た目通りの冷たい、感情のない女なのだろうか。
誰と結婚しても同じと考えているのかもしれない。
二人きりになったら苛烈な態度で命令でもしてくるのかと思ったが、淡々としたロゼールから形だけの結婚で自由にしていいのだと、最初から相手にされていないのを感じた。
お前は取るに足りない男だと言われた気がしてなぜか腹が立つ。
無意識に、過去の震えていた彼女の面影を探してしまったからかもしれない。
彼女にまつわる噂の全てを鵜呑みにしたわけではないが、多少なりとも真実が含まれている気がした。
少しでもうまくやれないかと考えた自分が馬鹿馬鹿しい。
そもそも王宮に出入りする貴族の女でまともな人間など見たことがない。
あの世界にいるうちに、染まっていくように思える。
男を手玉に取り、いらなくなったら捨てる。
より高い地位の男を手に入れたいと画策している女や、夫を顧みず暇を持て余し身体の関係を求めてくる女にもうんざりしていた。
そんな女達と関わりたくなどない。
「結婚、か……」
マルスランの母親は平民だった。
物心ついた時には母と二人暮らしだったが、六歳の時に、父だというフォスター伯爵に引き取られた。
息子として迎えられたものの伯爵夫人は冷たく、その生活は馴染めない。
母は以前伯爵家で侍女として働いていて、伯爵に手を出されて妊娠に気づいて辞めたらしい。
俺に同情的な昔を知る使用人がいたのは少しだけ慰めになったが、三年後に彼女が息子を産んだことで俺は、伯爵家を出ることになった。
それからは騎士団に身を置き、どちらの家族とも縁が薄い。
母が幼馴染と結婚して二人の子をもうけた後は、遊びにおいでと優しく誘われても家族の中で疎外感があった。
伯爵に手を出されなければ、初めから幼馴染と結婚できたかもしれない。
フォスター家ともほとんどやりとりがなく、異母弟に子供が産まれて後継ぎにも困っていない。
保守的なフォスター伯爵家はシモンズ侯爵家に関わりたくないだろうし、このまま縁が途切れるのだろう。
もしも自ら結婚相手を選べたなら、平民の、喜怒哀楽がはっきりした明るい女がよかった。
例えば、食堂で働くような笑顔の可愛い元気な子が。
しかし、今、ロゼールの顔が浮かぶのはなぜだろう。
丁寧で他人行儀。
彼女からぞんざいな態度を取られたことは一度もない。
他に男がいるようにも見えないし、領民が働きすぎだと心配している始末。
強いて言えば、ロゼールと執事の距離が近い。
二人の関係を疑ってしまうほどに。
かなり年上の夫もいたはずだから、ないとは言い切れない……が、マルスランの勘は違うと思っている。
最初に出されたお茶には解毒作用のある薬草が入っていて、飲食に気をつけるように注意までされた。
薬草に詳しくなったのは前騎士団長の趣味のおかげで、森に入った時は当たり前のように摘み、具合の悪くなった団員の役に立った。
前騎士団長は、毒草を見つけると団員の舌に少量乗せ、吐き出させると毒下しを飲ませることがよくあった。
当時は意味のない苦行だと思ったが、こんなところで役に立つなんて皮肉だ。
伯爵家に挨拶をして、宿舎でわずかな荷物をまとめていた時は、この領地でこんなに穏やかに過ごせるとは思わないでいた。
早速、聞きつけた同僚が悪意も隠さずに部屋にやって来て笑ったのを思い出す。
『フォスター、お前長生きしろよ。……みんな早死にしているもんなぁ。俺、明日から王妃様につくことになったから』
王妃の護衛なんて気疲れするだけで、休日も呼び出されるからろくに休めたことがない。
とにかく若く見てくれのいい男を侍らすのが好きな方だ。
『そうか、……お前も頑張れよ』
むしろ王に目をつけられないようにするほうが大事だと思ったが、そこは伝えなかった。
マルスランの反応が予想外だったのか、同僚は拍子抜けした顔をしていたのを思い出す。
そう簡単に死ぬつもりはないし、王都を離れる前に森に入り、役立ちそうな薬草を摘むのは忘れなかった。
シモンズ侯爵家の治めている領地はフォスター伯爵家の領地より小さいが、海があってとても美しい。
領民も生き生きとしていて、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
だが、防備が明らかにお粗末だ。
こんな杜撰な管理では、いつ何があってもおかしくない。
ここでやれることがあるかもしれない、どうせすることもないと腐るよりいい、そうマルスランは思ったのだった。
妻となったロゼールとは食事の時しか顔を合わせない。
会話もまるで仕事の業務連絡をしているようなやりとり。
マルスランにとっては一時的に屋敷に寝に帰っているような気分で、早く離れに移りたいと思う。
なんとも気が休まらない。
彼の部屋に置かれた葡萄酒には遅効性の毒が混ぜられていて、わずかに舌に苦味が残るのだ。
彼女が油断させようと用意したのか?
じわじわと毒に犯されて、病死を装うのを狙っているのだろうか。
気づかないふりをして半量を飲んだふりして捨てているが、毎晩新しく、同じものがそこにあった。
誰が用意しているのか、屋敷にいる時間が少ないためわからない。
では毎食、薬草茶が出される意味は一体なんだというのだろう。
銀器に盛りつけられた食事は大皿から執事が同じものを取り分けている。
食事中に出される食べ物や葡萄酒が無害なのは、領主夫妻が食べきれなかったものは全て使用人達が食すからだと思う。
執事とロゼールの侍女と、その夫の料理人から渡されたもののみ安全だと言いたいのだろうが、本当にそうなのだろうか。
誰一人信用などできない。
ただ、気づいたことがある。
あの灰色の瞳は近くで見ると、やや青みがかっていて、マルスランに気づかれないようにじっと祈るように見ている時があった。
視線が合う前に瞳を伏せることもあるが、視線が絡むとそらしたほうが負けとでもいうようにじっと見つめ返す。
ロゼールの瞳を見ていると落ち着かない。
彼女は一体何を考えているのだろう。
あの瞳に浮かぶのは……。
二人の部屋を繋ぐ扉に目を向ける。
誰もいないところで話がしたい。
マルスランは扉を叩いた。
0
お気に入りに追加
1,002
あなたにおすすめの小説
【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。
水樹風
恋愛
とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。
十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。
だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。
白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。
「エルシャ、いいかい?」
「はい、レイ様……」
それは堪らなく、甘い夜──。
* 世界観はあくまで創作です。
* 全12話
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
愛されることはないと思っていました
能登原あめ
恋愛
* R18甘め、落ち着いた話と思います。(本編【1】と【2】は完結しています。【3】は不定期更新となりますので基本読み切りで完結設定ですが、時々連載中となります)
「お前を愛することはない」
そう、初夜の床で言われるのだと思っておりました。
ただの政略結婚でお互いに再婚同士。
前妻を忘れられないとの噂も聞いています。
それなのに――。
「できることなら、お互いに誠実な関係を築いて、愛し愛される関係になりたい」
本日夫になったブレンダン・コーツ伯爵は私を見つめて言ったのです。
顔に傷跡の残る元軍人と、これまで我慢を強いられてきた伯爵令嬢アリソンが、お互いに向き合っていく話です。
息抜きにお読みいただけると嬉しいです。
* 本編【1】は9話程度、Rシーンは終盤です。(※マーク有り)+【2】は30話程度(旅行やイベントの話が多め)+【3】は未定です。
* コメント欄はネタバレ配慮してませんのでお気をつけ下さい。
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
TS転生⁉︎ 王子様になった前世女子高生の私に、婚約者候補がぐいぐい迫ってくる!
能登原あめ
恋愛
* R18ギャグ寄りです。TSもののタグ不慣れなため、確認お願いします。
「アリスティド、これ以上待てん。婚約者候補に集まってもらうからその中から必ず選ぶように!」
第二王子の私には、前世の記憶がある。
ごく普通の日本の女子高生だったこと。
無理無理!
だって私、心は女の子だもん。
それって、精神的百合になっちゃうから!
でも、男同士ってのも、物理的に無理。
結婚は無理なんです‼︎
なのに、婚約者候補がぐいぐい迫ってきます、助けてー!
(助けは現れません、逃げられません)
* タイトルからしてアレなので頭を空っぽにして息抜きに読む話です。
* GLでもBLでもありません。ハーレムエンドにもなりません。
* Rシーンは軽めのものにも※つけています。女性(?)優位要素、マイルドな射精管理あります。
* 全18話+おまけ予定。
* コメント欄、解放してます。ネタバレにお気をつけください。すみません!
* 年齢を引き上げて、ささやかに改稿しました(2023.02.11)
* 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。
【書籍化】眠り姫と変態王子
ユキチ
恋愛
【本編終了(ep3まで)現在続編執筆中】
※10月1日に一迅社メリッサにて「眠り姫と変態王子」書籍化に伴い、アルファポリス様の規約にて9月23日を持ちまして非公開とさせて頂きます。
学院での授業中、魔力暴走を起こして意識を失い医務室に運ばれた侯爵令嬢セシリアは、目覚めると婚約者である王太子に看病されていた。
そして家に帰ると何故かノーパンな事に気付いた。
長年理想の王子様だと思い込んでいた婚約者の美形王子が実は変態だと気付いてしまったセシリアの受難の日々。
下ネタとギャグとちょっとファンタジー
※ヒーローは変態です。本当にごめんなさい。
主人公は侯爵令嬢ですが、ツッコミの部分では言葉使いが乱暴になる事があります。
★=R18
ムーンライトノベルさんにも掲載しております。
この夜を忘れない
能登原あめ
恋愛
* R18シリアス寄りです。タグの確認をお願いします(変更、追加の可能性あり)
ハーヴィー殿下とイライザ様がダンスする様子を見て、婚約者候補のハリエットは自分が選ばれることはないと分かってしまった。
両親は最後まで諦めるなと言うけれど、殿下のことは愛してはいないし、2人の仲を裂く気もない。
ただ、18歳の今まで5年もの間高度な教育を受けてきた時間をむなしく感じた。
そんなハリエットに隣国の公爵令息のエルナンドが近づいてきた。
親の言う通りに生きてきたヒロインと率直で自由、やや口の悪い20歳のヒーローのお話です。
* およそ10話程度。Rシーンには軽めのものにも※印がつきます。
* 感想欄にネタバレ配慮しておりませんのでお気をつけください。
* 表紙はCanvaさまで作成したものを使用しております。
姉と妹がそれぞれ婚約者を押しつけてきますが、私の婚約者がおかしくなるのでやめてください!
能登原あめ
恋愛
* R18ラブコメです(多分) タグ、注意書きの確認お願いします。ヒーローに癖があります。
結婚間近で不安になってしまった悲観的な姉、エリザベス。
幼馴染の婚約者がいるけど、社交界にデビュー後ちやほやされてしまった美少女の妹、メロディ。
「リア(お姉様)! 代わりに私の婚約者と結婚して!」
2人ともそう言うけど、
私のことをすごく好き過ぎる婚約者ウォードがいるから無理なの。
これ以上おかしな行動されると大変だから、どうか2人とも彼を刺激しないで!
* ヒーローは変態です。(彼の自慰描写あり、匂いフェチ気味。3話目で合わなければ閉じてください……変態度はそれ以降さほど上がりませんが代わりにヤンデレ要素が増します)
* Rシーンは軽めのものにも※印をつけています。
* 全9話予定
* コメント欄のネタバレ配慮してませんのでお気をつけください。
* 息抜きにお読みいただけると嬉しいです。
* 表紙はCanvaで作成したものを使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる