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しおりを挟むパストラーナ伯爵家の人々はとても優しくしてくれた。私が小柄で見た目よりも幼く見えるから、子供扱いされている気もするけれど、それでも精いっぱいやれることはやりたかった。
「焦らなくていいんだよ、ローラ」
みんながそう言ってくれる。
社交界へのデビューは思った通り、クララ姉様の出産の時期も重なってしまった。
不安がいっぱいの中、たくさんの人にじろじろ見られることに慣れていない私は緊張してダンスも上手に踊れず、飲み物までこぼしてしまった。
くすくす笑う声と陰口がやけに大きく聞こえて逃げ出したくてたまらなくて。
ラウデリーノ様は気にするなと言ってくれたし、パーティはあまり好きじゃないと言っていた……けど先に結婚した元婚約者に会いたくないのだろうなぁと思ってしまった。
パストラーナ伯爵家の人達は天災のせいだと言って、私を責めたことは一度もない。大変な領地に来てくれてありがとうとまで言う。でもなんと言っていいかわからなくて言葉を濁してしまったけど、父のしたことは申し訳なく思った。
ラウデリーノ様は領地を見回り、領民とともに葡萄畑にいることが多い。牧羊業はお義父様がメインで、父とやりとりしているようだった。
私は伯爵夫人に仕事を教えてもらいつつ、屋敷にこもってグロリア姉様から送られてくる本を読む日々。
そうして、私は18歳になってとうとう、結婚の日を迎えた。
綺麗なドレスを着て結婚を誓い、ラウデリーノ様が額に口付ける。
唇ではないのね、そう思ったけれどほっとする自分がいた。
グロリア姉様から送られてきた初夜に身につける寝衣は普段着ているものより、心もとない。
でも、ようやく本当の妻になれる。
寝室にやってきたラウデリーノ様は、幼い私を前に先に進むことをためらった。
急がないからあと2年、このままでもいい、と。
確かに私はいつまで経っても小柄だし、子供っぽいかもしれない。でも、成人した大人だ。
傷つかなかったといえば嘘になる。
「結婚したのですから……本当の妻にしてください。私にできることはそれだけなので……」
子供を産むことが私の生きる道。
その為に生きてきたんだもの。
子供を産めば、お互いに自由になれる。
その夜、ラウデリーノ様はとても私を気遣ってくださった。
物語のようなロマンティックで感動的なものではなかったけれど、大人になるということはこういうものなのだと、その夜、知った。
そしてありがたいことに、すぐに子どもを授かったのだ。だけどいつも気持ちが悪くて食べ物なんて食べられない。ラウデリーノ様も使用人達もいろんなものを用意してくれるけど、たいていのものは見ただけで嫌な気分になる。
これまで特別に好きではなかったのに、オレンジだけはおいしい。季節が終わるまでいつでも食べれるように用意してもらえた。
そうしてとうとう陣痛がきて――。
お姉様はよく2人も3人も産めたと思う。
苦しくてつらくて。
なぜか今、ミゲルの顔が浮かんだ。
どうしているのかな。私、男の子を産んだら自由になれるの。できれば2人。
でも私に2人も耐えられるかな。
痛くて痛くてたまらない。
苦しくて、息ができない。
はやく解放されたい。
何時間苦しんだら終わるのだろう。
夜だったのに、もう太陽が上がっている。
わからない。
明け方? それとも夕方?
先が見えなくて辛い。
だから私は現実逃避をする。
ミゲルと逃げていたら、私はどう過ごしていたんだろう。
本当に楽しく笑い合って暮らせていたのかな。
子供を産むってこんなにへとへとになるなんて思わなかった。私には早かったのかも。
なぜかこれまで起こった出来事がたくさんよみがえって、目の前を流れていく。
私の人生って、なんだったのかな。
楽しいこと、あまりなかったかもしれない。
「ローラ様! 気をしっかり!」
「出血が多すぎる。……旦那様を……、いや伯爵夫人に……!」
「産ぶ声が……」
「ローラ様! ローラ様……!」
私は――。
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