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しおりを挟む私より1つ年上のミゲルは私にとって親友でもあり、初恋の人でもある。
ミゲルの母親は隣国の生まれで、駆け落ち同然で結婚した夫の伯爵亡き後、前妻の子供が爵位を継いだことで追い出され、縁あってラギナ子爵家に住み込みで家庭教師になったと聞いている。
最初彼は街の学校に通っていたけれど、能力の高さに気づいた先生の推薦で、貴族の子息達が通う学園に通うようになってからは顔を合わせることがだいぶ減った。
彼は母親に似て洗練された雰囲気で、頭もいい。前に隣国へ行って自分の原点を知りたいと聞いたことがあったけど、子爵家で兄の補佐をする話も出ている。
忙しい日々を送っているから学校のない日しかミゲルとゆっくり話すことはできない。だから次に会うのが最後になるかも。
それは考えただけで胸が苦しくなった。
屋敷から出ていく3日前に、ようやくミゲルと会えた。それからすぐに花嫁見習いとして出ていくことを伝える。
「……結婚できるまで、まだ2年あるのに」
「お父様はこのチャンスを逃したくないみたい」
いつも穏やかなミゲルだけど、今日は眉間に皺が寄っていて、怒っているようだった。
「仕方ないわ、お姉様達もそうだったんだもの」
「……俺はラギナ子爵にローラと結婚したいと伝えたことがある。まずは学園で優秀な成績をおさめて、子爵家で働くことが条件だと言われた……だから今、とても悔しい」
思いがけない言葉に驚いていると、ミゲルが続けて口を開く。
「……もし、俺が一緒に逃げようって、言ったら……?」
「ミゲル、私……結婚しなくちゃいけないの。お父様がすごく喜んでいて、初めて笑顔をみせてくれた。だから……」
初恋はミゲルだし、幼い頃は深く考えずに好きだと言っていた。そう、何度も。
彼は勘違いしているのかもしれない。
私の好きとミゲルの好きは違うと思う。
だって、親友の私をこの家から連れ出す為に結婚しようと言ってくれるんだもの。
以前から結婚したらこの家から出ていけるって私が何度も言ったから……。
ミゲルと結婚はできない。
私は貴族だもの、親に言われた相手と結婚しなきゃ。
「仕方ないの。それに、子どもを産んだら自由になれるってお姉様達が言ってるわ」
「……会ったことのある相手なのか?」
「いいえ。ミゲルはあと一年で学園を卒業でしょ? ちゃんと卒業した方がいいわ。もったいないもの」
「……学園なんてやめてもいいんだ。……今みたいな暮らしはできないかもしれない、でも。俺はローラと楽しく暮らしたいんだ」
「だめよ、そんなの……」
「ごめん、焦りすぎた。……俺の言ったこと、少し考えてみて」
それから婚約者の領地へ向かう前夜、ミゲルがやって来た。
一緒に逃げよう、と。
でも、私は頷けなかった。
馬車で5日かけてやってきた場所は、暑さに厳しいと聞いていたのにひんやりと感じた。今年は雨が多かったからだと聞かされたけれど、曇り空も、私の気持ちを表しているみたいに重々しい。
簡単な挨拶をして、父達が仕事の話をする為に書斎に移った後、初対面の婚約者――ラウデリーノ様を前に戸惑った。
覚悟はしてきたはずなのに、全く知らない人の妻になることにじわじわと不安が押し寄せる。あと2年の猶予はあるけれど、それでも明るい気持ちになれない。
クララ姉様が話してくれた噂話を思い出して、2人きりになった今、責められるのではないかとびくびくした。
でも彼は淡々と屋敷を案内してくれて、私を罵ることも蔑むこともなかった。
むしろ――。
「疲れただろう。まずはゆっくり休んで」
「ありがとうございます、ラウデリーノ様」
疲れたような顔をしているのは、彼も同じだと感じた。
父はすぐに帰ってしまって、誰も知らない場所でとても心細い。
でもお姉様達も同じように乗り切ってきたんだ……そう思っても気持ちは沈む。
晩餐もぎこちない雰囲気で、本当は私の座る席に別の方を迎えるつもりだったと思うと落ち着かなくて。食事もあまり喉を通らなかったから、心配されてしまった。
「……はぁ……」
部屋で一人、ため息をついてしまって頭を振る。
初日から、先行きが不安になる。
「はぁ……」
もう一度息を吐き、目の前の本を手にとってその世界に潜った。
物語の中は家族が仲良くて、幸せで、愛にあふれている。私は主人公の気持ちになってそれが自分のことみたいに思えて。
読書の時間は現実のことなんて何も考えないでいいから私は幸せだった――。
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