1 / 7
1
しおりを挟む「ローラ、話がある。書斎に来なさい」
「……はい」
父に呼ばれてこっそり息を吐く。
とうとう私の結婚相手が決まったのだろう。
やっとこの家から離れられる。
両親はラギナ子爵家を継ぐ兄だけを愛し、大切に育てた。どうしてこっちを振り向いてくれないのか、幼い頃は寂しく感じたものだ。
それでも貴族らしい両親は、私達3人の娘に保育士や家庭教師をつけてどこに嫁いでも大丈夫なように教育をほどこした。夫に尽くして、子供を産むことが幸せにつながるのだと呪文のように言われながら。
最初に嫁いだ長女のクララ姉様は社交界で影響力のある伯爵夫人の息子の元へ。父が高位の貴族社会でビジネスチャンスを狙ったためだ。
伯爵夫人に子爵家で取り扱っている商品をプレゼントすると、良いものは周りに勧めてくれるらしく、売上につながっているという。
次女のグロリア姉様は父の取引先の大金持ちの商人の元へ嫁いだ。平民だけど、暮らしは小さな国の王様より派手らしく、いつ見ても仕立ての良いドレスを着ている。
「ローラ、来週からパストラーナ伯爵家へ花嫁見習いとして行くように」
「花嫁見習いですか……」
16歳になったばかりで、結婚まであと2年もある。顔合わせもしていないし、そんなに早く相手のところに行くことになるなんて思わなかった。
「葡萄畑は持っているが、あそこは広大な土地でね。これから天候に左右されない牧羊業を始めるんだ。うちに羊毛を卸して貰えば織物として生産量も上がる。今まで通りグロリアの商会に持ちこめばいい。……いやはや、ローラがいてくれてよかった。しっかり努めなさい」
父親に笑顔を向けられたのは初めてかもしれない。
「牧羊業の契約だけでは心もとないからね。年も20歳だというし、好青年だ。ちょうどいいだろう。無理を言ってよかった」
父の言葉に引っかかったものの、私は頷いた。
その後、母にこれで肩の荷が下りたわ、などと言われて愛人の元へ行ってしまった。
両親の指示を受けてやってきたグロリア姉様がドレスなど必要なものを揃えてくれて、クララ姉様が社交界の噂を教えてくれる。
「お父様も酷なことをするわね。パストラーナ伯爵の子息と元婚約者は恋人同士なのよ。それを別れさせてあなたを押し込むなんてね。元の婚約者も別の相手と結婚が決まったらしいし、政略結婚なんてこんなものだけど……」
それを聞いただけで、お腹が痛くなった。
最初からうまくいくかわからない難しい結婚だなんて。
たくさん人がいるところが苦手で、まだ社交界にデビューしていない私だけど、クララ姉様から社交界の話は聞いていたから、きっと色々と言われてしまうのだろう。
「ローラ……こうなったら仕方ないわ。それでも結婚するしかないんだもの。伯爵夫人として子供を産んで、その後は好きにさせてもらうしかないわ」
グロリア姉様がそう言いながら私の頭に帽子をのせた。
「日差しがとても強いところだって聞いているわよ。白いんだから気をつけなさいね」
「そんなに外に出ないと思うわ」
クララ姉様が肩まで届きそうなレースのロンググローブを差し出してくる。心配そうな顔をしているのは私より10歳も歳が上だからだろう。
母よりも母らしい。
「なるべくどのパーティに出るか教えてちょうだい。私も行けたら顔を出すから」
「ありがとう。でも、クララ姉様は体を大事にして」
それほど目立たないけれど、クララ姉様は3人目を妊娠中だから無理して欲しくない。
だけど本音を言えば、不安だから来てほしい……でもそんなことは言えなかった。
「私はそばにいられないけど、ローラの装備は完璧にしてあげる。他に足りないものはないかしら……あぁ大丈夫よ。ちゃんと、お父様に請求するから」
グロリア姉様が見るからに重そうな大きな宝石がいくつもついたネックレスを取り出した。
「グロリア姉様……それはどこにつけて行けばいいかわからないわ。私、本が欲しい。本が読めればどこでも幸せだもの」
本があれば、私はどんな世界へでもいくこもができる。
グロリア姉様は呆れたような顔をした後、すぐに笑った。
「わかったわ、任せて。新しい本が出たらまとめて送ってあげるわ」
「ありがとう、グロリア姉様。とても嬉しい」
「……もう! ドレスや宝石より嬉しそうな顔をするんだから! 大丈夫よ。とにかく男の子さえ産んでしまえば自由になれるから」
先に2人の男の子を産んで楽しく暮らしているグロリア姉様に言われると、そうかもしれないと思う。
「この家にいるよりましだもの」
姉たちが声をそろえて言うから、思わず笑ってしまった。
ひとしきり笑った後で、
「ミゲルに会っておきなさい。きっと最後になるから」
一瞬真顔になったクララ姉様にそう言われて、私は黙って頷いた。
19
お気に入りに追加
723
あなたにおすすめの小説
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】婚約破棄を待つ頃
白雨 音
恋愛
深窓の令嬢の如く、大切に育てられたシュゼットも、十九歳。
婚約者であるデュトワ伯爵、ガエルに嫁ぐ日を心待ちにしていた。
だが、ある日、兄嫁の弟ラザールから、ガエルの恐ろしい計画を聞かされる。
彼には想い人がいて、シュゼットとの婚約を破棄しようと画策しているというのだ!
ラザールの手配で、全てが片付くまで、身を隠す事にしたのだが、
隠れ家でシュゼットを待っていたのは、ラザールではなく、ガエルだった___
異世界恋愛:短編(全6話) ※魔法要素ありません。 ※一部18禁(★印)《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
その日がくるまでは
キムラましゅろう
恋愛
好き……大好き。
私は彼の事が好き。
今だけでいい。
彼がこの町にいる間だけは力いっぱい好きでいたい。
この想いを余す事なく伝えたい。
いずれは赦されて王都へ帰る彼と別れるその日がくるまで。
わたしは、彼に想いを伝え続ける。
故あって王都を追われたルークスに、凍える雪の日に拾われたひつじ。
ひつじの事を“メェ”と呼ぶルークスと共に暮らすうちに彼の事が好きになったひつじは素直にその想いを伝え続ける。
確実に訪れる、別れのその日がくるまで。
完全ご都合、ノーリアリティです。
誤字脱字、お許しくださいませ。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる