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 私が口を開いた時、外から人がなだれ込んだ。

「きれーい! みてみて!」
「ここが、有名な大聖堂かぁ。……まぁ、悪くないよな」
「えー? 感動しない? ここで結婚式したぁい!」
「まじかよ、俺はちょっと堅苦しいかなー」
「しーっ、あなた達、静かにしなさいよ!」
「お前の声のがうるさいよ」

 友達同士で楽しそうにはしゃぐ学生達の姿をみて、リーヌス様が立ち上がった。
 私達の間に流れていた、特別な空気が途切れる。

「カリン、出よう」
「……はい、リーヌス様」

 手をつないだまま、そっと大聖堂を出た。
 ちょうど太陽が真上にあって、とてもまぶしい。さっきまでの時間が夢みたい。
 でも、お互いの指に指輪がある。

「……食事にしようか」

 リーヌス様が案内してくれたのは、少し高級な雰囲気のお店だった。
 私が戸惑わないように個室を選んでくれたみたいで、ふわふわした気持ちのままメニューを眺める。
 
「おすすめはこれと、これ。確か、そう言ってた。……騎士団の連中が!」

 私が首を傾げると、リーヌス様が慌ててつけ足すから笑ってしまう。
 リーヌス様はこれまでモテていたと思うけど、今は私を大切にしてくれる夫だから、気にしないのに。

「えっと、じゃあ、これにしてみようかな。騎士様達はたくさん情報を持ってるね」
「……うん、みんなはいろんな所に出かけるから」
 
 私はこの街の名物、ひき肉とほうれん草をパスタ生地で包んで、スープに浮かべたものにした。
 一つ一つが手のひらくらいの大きさで、意外と食べごたえがある。

 リーヌス様は豚の塩漬け肉の大きな塊をこんがり焼いたもので、マッシュポテトとザワークラウトが添えられていた。

「乾杯」

 私はりんごのお酒、リーヌス様はこの地で作られた銅色のビールにしたら、まるで水のように一気に飲み干してしまう。

「うまい。カリンはどう?」
「甘酸っぱくておいしい」
「先におかわりするけど……もし飲みきれなかったら言って」
「ありがとう」

 お酒も料理もおいしくて、その後石畳の街並みをぶらぶら歩いてお店をのぞき、夕焼けで赤く染まる川を眺めながらベンチに座って休憩した。
 普段よりたくさん歩いたから、脚が疲れてこっそりふくらはぎを撫でる。

「カリン、そろそろ家に帰ろうか」
「はい。すごく楽しかった、リーヌス様ありがとう」
「うん、俺も」

 差し出された手を握り、無意識にリーヌス様の指輪を指で撫でる。

「カリン?」

 くすぐったかったのか、リーヌス様がピクリと指を動かした。

「指輪があるのが嬉しくて。リーヌス様が私の旦那様なんだなぁって、すごく実感して今胸がいっぱいで……」

 顔を上げるとリーヌス様にじっと見つめられて、困ってしまった。

「私、もしかして恥ずかしいこと言ってる……?」
「いや。カリンの素直な気持ちが聞けて嬉しい。……早く帰ろう」







 乗合馬車の中で私達はお互いの手を握り合った。
 私がリーヌス様の指輪に触れたいみたいに、彼も私の指輪に触れていたいみたいだった。

 馬車には疲れて眠るおじいさんと、眠る子供達を抱えた一組の家族だけ。誰も私達のことを気にかける人はいない。

 馬車を下りた後も、暗い道は危ないからと言ってリーヌス様が私を縦に抱き上げた。

「リーヌス様も疲れているでしょ? 私歩けるから……」
「歩けるのはわかっているけど、家までもうすぐだからこのままでいたい。今日は楽しかったから、全く疲れていないんだ」

 そう言って笑うから、私はほっとして体を預けた。正直、馬車に乗っている間にどっと疲れが押し寄せて。
 リーヌス様は騎士様達の中では細身にみえるけど、力も安定感もあって、しっかり鍛えられていると思う。

 意識したら恥ずかしくなってきた。
 今好きって言っていいのかな。
 大聖堂でリーヌス様に好きって言われたのに、私はそれに応えてない。

「カリン……? 眠くなった?」

 リーヌス様が黙る私の背中をぽんぽん叩く。

「大丈夫。……あのね。リーヌス様、大好き。さっき言えなかったけど……結婚してからリーヌス様に恋したの。私ってとても幸せだと思う」
「…………」

 今度はリーヌス様が黙ってしまって、私はこの沈黙が耐えられなくて。

「あの、大聖堂で……すごく嬉しかった。指輪も見るたびに幸せだし、他の人と結婚していたら、こんな気持ちになれなかったと思うから、えっと……リーヌス様?」

 リーヌス様はさっきから少し早足で。
 大股で歩くから揺れて私はぎゅっとしがみついた。

「カリン、やっと着いた」

 朝起きて感じるリーヌス様の鼓動より、今のほうが少し速い。

「約束、覚えている?」

 結婚して1ヶ月後の休みに、私達は本物の夫婦になろうって約束した。

「……はい」

 今夜のことを忘れていたわけじゃない。
 あれ以来このことを口に出すことはなかったけど、今日のデートが本当に楽しくて浮かれていて――それが今、現実味を帯びた。

「この1ヶ月、ずっと楽しみだったよ」

 
 
 


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